第17話 温室のお茶会
南宮は先々代の王妃が建てた豪奢な宮だった。
そもそも魔法を使うことを前提に建てられた建造物のため、今は使われていない。
ただ、花を愛した王妃の温室だけは今も人の力のみで手入れされており、季節を問わず美しい花を咲かせている。
温室の中で、ジュイエはルクレツィアの隣で招待客の挨拶を受けていた。
ジュイエの希望した通り、招待客は王族の親族やそれに近い血筋のうら若い女性ばかりである。
王宮内で孤立していたジュイエにとっては、知っていてもほとんど会話したことのない女性たちだ。
そこへ、今回のメインと言っても過言ではない令嬢がやってきた。
「第二王女殿下。ご招待に感謝いたします」
ヴィオレッタ・ベルナール子爵令嬢と、その母マルタ・ベルナール子爵夫人である。
銀髪と紫の瞳がそっくりな母娘だった。
ヴィオレッタは昼の集いに相応しく、デコルテは広く開いているが肩の隠れた年頃の令嬢の流行をおさえたドレスであるのに対し、マルタはモンテヴェルデ公爵が言っていた通り首から手首までしっかりと覆った、色も形も地味なドレスである。
金回りのよさそうな子爵の隣に立つにはあまりに貞淑な妻、という印象ではあるが、そこまで気にするほどでもない。
「第三王女殿下。先日の殿下の誕生パーティーでは大変失礼をいたしました。改めて、お詫び申し上げます」
マルタが言うのに合わせてヴィオレッタも頭を下げる。
問題を起こしたのはレオナルドなのに代わりに謝罪をしなければならない二人を見ると、こう言ってはなんだが、結婚とは実に煩わしいものである。
「こちらこそ、従弟の無礼を謝罪します。子爵家の皆さまには寛大な判断をいただいたと聞き、私も安堵しています。今日はぜひ、親族になる私たちと仲良くしてほしいと思ってお姉さまとご招待しましたの。こちらへ」
ジュイエは温室内の噴水の畔に用意されたテーブルへ二人を案内する。
テーブルにはアフターヌーンティーのセットの他に、南国のフルーツが見上げるほどの高さに盛られている。
招待客が全員集まったところで、主催者であるルクレツィアがテーブルに移動した。それを見て、温室内の珍しい花を眺めたり、噴水の縁でおしゃべりをしていたゲストたちもテーブルへと集まってきた。
いよいよお茶会の始まりである。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。本日は我が妹・ジュイエの成人と、我が叔父であるモンテヴェルデ公爵の嫡男・レオナルドとの婚約が相成ったベルナール子爵息女ヴィオレッタさまのお祝いに、世代の近い王族・親族のご令嬢をお招きいたしました。特にジュイエは、同年代との交流も薄く、ぜひ皆さまと親交を深められればと姉心に思っております。ぜひ楽しんでくださいませ」
姉の口上が済むと、王宮のメイドたちが一斉に並べられたカップに茶を注いでいく。
フルーツの果汁を香り付けに加えた、爽やかな酸味の残るお茶はクリームを挟んだサンドウィッチにとてもよく合う。
ジュイエはこういった洒落たもてなしの知識はゼロだった。
普段は変わった姉だとばかり思っていたのに、こういうところはさすがである。
お茶が全員に行き渡ったところで、ジュイエの周りを囲んだ令嬢たちの視線が一気にジュイエに向いた。
「第三王女さま。先日のパーティーではレオナルドさまへのお叱り、さすがでしたわ」
「女だてらに公爵にさえ物怖じしないお姿、とても凛々しくていらっしゃいました」
「第三王女が公に発言されたのはあれが初めてでしたのに、場慣れされていて尊敬してしまいました。王族たるもの、ああでなければ」
「それに、このお茶会もベルナール子爵令嬢へのお気遣いなのでしょう? フォローまで完璧ですのね!」
同世代とほとんど縁のないジュイエは、令嬢たちの明るく可憐な笑顔と、その邪気のない好奇心に圧倒された。
腹の探り合いではない、心からの賛辞。どう答えればいいのか戸惑って、ジュイエは曖昧に笑った。
「いえ、その……ありがとうございます」
「来年の社交期から本格的にデビューですか? ぜひ我が家の夜会にご招待させてください」
一人の令嬢が言うと、ジュイエは軽く片手を振って言った。
「ありがとうございます。そのつもりですが、その前に、二ヶ月後の兄の立太子の式典がデビューになると思います」
何気なく言ったつもりだったが、急にその場の温度がスッと冷えた。令嬢たちがジュイエを見たあと、そっと視線を交わし合う。
その反応だけで、ジュイエは兄の素行がすでに貴族たちの間では密やかに囁かれているのがわかった。
立太子の式典。つまり、現在の王位継承権一位である第一王子が正式に王太子に任命される。
王位継承権第二位以下は現王の三人の弟、まだ未婚の第二王女、第三王女、そして従兄弟たちと続く。
固まってしまった令嬢のうち一人が、気を取り直すように会話を繋いだ。
「……そ、そうでしたね。もちろん、わたくしたちも参加いたします」
「きっと、近年で最も華やかな舞台になることでしょうね」
「殿下も参加されるのですね。ドレスはすでにお選びに?」
誰かが会話を始めれば、反射のように他の令嬢も会話に乗ってくる。そして徐々に盛り上がっていく。火をくべる薪をバケツリレーのように渡していく彼女たちの団結に、ジュイエは感心した。
「ええ。先日衣裳合わせをしました」
「まあ、どんなドレスですか?」
「これからは第三王女殿下がファッショントレンドになりますね」
ジュイエも徐々に会話に慣れてきた。ひととおり場の会話を盛り上げていると、離れた席でヴィオレッタが席を立ったのが見えた。
ジュイエは後ろで控えていたダニエルに合図をし、令嬢たちに断って席を立った。




