第16話 第二王女は退屈しない
ルクレツィア・マリアンナ・ディ・ヴァレリアはヴァレリア王国の第二王女である。
子どもには一切関心を持たない父王、従順で物静か、自分の意思など持たぬかのような母、いつも悲嘆に暮れてただ周りの言いなりになるしかない姉を目の前にしながら、ルクレツィアは王女として生まれたからにはそういうものだと思って、自分なりに王女の生活を楽しんでいた。
たとえば。
王城に遊びにきた貴族の子どもに、当時飼っていた珍しい南国のヘビをけしかけて怖がらせたり、ガリ勉の姉と比較してルクレツィアを見下した教師は悪評(襲われた、あいつは幼女趣味だなど)を喧伝して辞めさせたり。
十代になってからは同世代の貴族の女の子たちとつるんで、毎日遅くまで賭けカードをしながら酒や水煙草で語り明かし、王族の通えない学院に潜入して当時の婚約者であった侯爵子息を数日間に及んで監視してみたり、宮の門番と良い仲になってみたり、果ては聖職者に手を出して還俗させてから捨ててみたり。
挙げればキリがないけれど、誰かに咎められない限り、可愛らしい悪行は思いつくままに試した。
そんなルクレツィアでも手を出さなかった人物がいる。
正妃と、正妃が産んだ王唯一の男児である第一王子。そして第二側妃とその娘である第三王女だった。
第一王子は至って平凡な男児であった。王宮唯一の男児である、という一点で、大人たちの期待は彼に集中した。それはもう多大なストレスだったのだろう、八歳にして世の中の全てを憎んでいるのに、何がそんなに憎いのかすらわからないようなくすんだ目をしていた。
彼がいたから、ルクレツィアは自由に振る舞えていたとさえ思う。
そして問題は、第三王女だった。
第三王女の母である第二側妃は隣国の由緒ある貴族の出身だった。彼女はその身に、多大な魔力を宿していた。
ヴァレリア王国を含めた大陸の各国は、半世紀前の大戦をきっかけに魔法の使用を禁じていた。
それでも、魔力を持つ者が消えるわけではない。彼らはその身の魔力を封じ、魔法を決して使うことなく生きていく。
ヴァレリア王国の王族は全員魔力を持って生まれるが、母親の力を継いだ第三王女は別格だった。
彼女は生まれてすぐに魔力の封印を施された。
それだけならいざ知らず、第三王女は他を圧倒するほどに賢い娘だった。第一王子よりも。
第一王子は、自分より小さい第三王女に嫉妬を向けた。
違う宮に住んでいても、メイドが噂をするようになったほど、第一王子による第三王女への折檻は酷いものだった。
けれど、ルクレツィアにとってはなんの関係もないことだった。
住んでいる宮も違えば歳も離れていた彼らを、きょうだいだと感じたこともなかった。
父親が同じなだけ。二人が可哀想だと思いはしても、そこに何かをしようという気は起きなかった。
そして彼らの問題など耳にも入らなくなった頃、ルクレツィアは成長した第三王女を見た。
美しい金の髪と白い肌が、初めて見たときの第二側妃とそっくりであった。
彼女は後ろに近衛の制服を着た美丈夫を従えて、光り輝く御伽噺のお姫様のようだった。
*
「ルーお姉さま。この度はご助力に感謝いたします」
ルクレツィアはジュイエの住む宮に来ていた。相変わらず輝く美貌と、若くてプルプルツヤツヤの肌を目の前にし、ルクレツィアは目を瞬く。
ルクレツィアがジュイエだったら、肩も腕もデコルテも全部見せる勢いのドレスを着るのに。当の本人は慎ましく首も肩も大きく露出しないドレスを着ている。
ルクレツィアは自身の赤毛をなんとなく撫でやった。
「本来なら私がお姉さまの宮へ出向かなければならないのに、申し訳ありません」
「あ、いやいや。全然良いのよ。ほほ」
姉が結婚して宮を出て行って以降、ルクレツィアの宮にはいつも男が複数人暮らしている。とてもではないが、十七になったばかりの娘を入れられる環境ではない。
ジュイエの後ろにはぴったりと美男騎士が控えている。ルクレツィアはこっそり、ああ、こういう生き方もあったのだなぁ、と思った。自分とはかけ離れた生き方。
「アディお姉さまはお元気ですか」
「あーうんたぶんね。連絡がないのが元気な証拠でしょう。あの人が結婚して国を出て、もう七年になるわね。そうそう、成人おめでとう。贈り物を用意したわ。あとで届けさせるから受け取ってね」
「あ、ありがとうございます」
ルクレツィアは姉、アデライーダの話題を避けつつ、妹の成人を祝った。
末のきょうだいが成人だなんて、ルクレツィアはすっかり忘れていた。今回の連絡を受けてそういえばと思い出し、慌てて贈り物を用意したのだった。もうそんな歳か。どおりでルクレツィアに結婚を迫る話がなくなってきたと思っていた。女性の結婚適齢期を間もなく過ぎようとしている。
「それで、お茶会を開きたいんでしょ? 構わないけど、どうして?」
「従姉弟であるモンテヴェルデ公爵の嫡男、レオナルドがこの度婚約したんです。それで、お相手のご令嬢と親交を深めたいと思いまして」
「ああ、あそこの息子と歳が近いんだっけ」
ルクレツィアはふぅん、と興味なさそうに頷いた。そういえば、そんなのもいたなぁ、程度の記憶である。
「招待客の希望は?」
「成人前後のご令嬢と、あとは王家の親族の女性が好ましいかと。少人数でできれば話がしっかりできると望ましいです」
「じゃあ、南宮の温室で開催しましょ。準備は任せて」
「ありがとうございます。お礼は……」
ジュイエが律儀にお返しの話を出したので、ルクレツィアはついいつものノリで返してしまった。
「そうね、じゃあ後ろのそれを味見させてくれる?」
長く整えた爪先をジュイエの騎士に向けると、騎士は露骨に軽蔑の表情を浮かべた。ジュイエはきょとんとしている。
「……冗談よ。相変わらず堅物ね、ダニエル」
「……火遊びもほどほどにお願いします。殿下の宮に誘われて帰って来られなくなった近衛の身にもなってください」
「私のせい? ジュイエももう成人したんだし、そんなガチガチに拒絶しなくてもいいでしょうよ」
そういえば、近衛の男が最近ひとり、ルクレツィアの宮に住み着いている気がする。仕事してないのか……追い出そうかなぁ。
ルクレツィアは肩を竦めてから立ち上がった。
「見送りは結構よ。それじゃ、ジュイエ。また連絡するわ」
*
豊満な体を惜しげなくさらしたドレス姿の姉を見送って、ジュイエは気まずく立ち上がった。呼び鈴を鳴らして、メイドに部屋の片付けを頼む。
ルクレツィアの座っていた辺りに、甘い残り香が漂っていた。
「……味見だって」
「おやめください。あの方の振る舞いは王族としては失格です」
ジュイエは、じゃあ身分を考えないのならいいのか? と思ったが、黙っていた。
面倒な人だとわかっていたが、たしかに第二王女の交友関係は非常に広く、社交はお手のもの。頭の回転も早くて余計なことは聞かないところも、使い勝手のいい人である。
まずはひとつ、準備が整った。あとは、本人には誤魔化されたが何かお礼を考えておかないといけないな、とジュイエはひとりで思案した。ダニエルを差し出す以外で。
それから三日後。ジュイエのもとに、ルクレツィアから一通の招待状が届けられた。




