昼休みの交渉、もう一人の中の人
そして昼休み、俺は一人指定された階段へ行く。屋上へと続く階段は、校舎の中央、俺のクラスの隣の階段から続いている。
三階からさらに上、屋上まで続く階段をのぼっていくと、屋上の扉の前で既に彼女たちは待っていた。
南さんの他に、三、四人、落ち着かない様子の女子がその場に立っている。
約束通り来た俺に、彼女達は不安と期待が入り混じった顔をむける。
「ごめん、来てくれてありがとう」
「ええよ別に。それで、呼び出した理由は?」
「私達、水野にお願いがあるの!」
南さんの一言に、その場にいた女子たちの目がすべて俺に向く。期待のこもった瞳に、わかってはいたけれど一歩後ずさる。
「私達を黒川くんに紹介してほしいの!」
「無理!」
予想通りのお願いに、俺は思い切り首を振る。
即答の俺に、彼女達が不満そうな顔をする。
「俺は黒川くんとそこまで仲良くはない!」
あくまでゲームの話しかできひん!
そう胸を張る俺に、しかし彼女達はあっさりと「知ってる」と肯定する。
「そこは大丈夫」
「普通に黒川とは喋るし」
「何だったらLINE知ってるし、グループでLINEしてるし」
ねえ、と頷き合う彼女達に、俺のほうが驚きで口を開けてしまう。
俺より断然好感度高くありません?
それゲームで言ったら何個かイベント済ませたくらいの好感度やで?なんて考える俺に、南さんが真のお願いについて説明する。
「ゲーム内で、私達を黒川くんに紹介してほしいの」
ゲーム、と呟く俺に、周りの女子達も追随する。
「ゲームも始めたの!」
「だから黒川くんとゲーム内でフレンドになりたいの!」
お願い!と口を揃えて俺を見る彼女達に、ようやく俺は呼び出された理由に納得する。
つまりゲーム内で、俺を通して黒川くんに近づきたいわけか。
一晩でアカウント作った彼女達の、恋心からの行動力に感心する。
だが。
「それなら黒川くん、直接言ったらフレンドになってくれるんちゃうん?」
俺の予想に反し、彼女達は暗い顔になる。
「LINEで伝えてみたけど、『そう』のひと言だけ」
「こっちのアカウントに興味なし」
悲しそうにそう呟く子に、俺も黒川くんの意外な対応になんでだろうと首を傾げる。
「レベル低すぎて同じクエスト無理だからって」
「ああー……。彼、古参組やしレベル高いからなあ」
あのやり込み厨。
彼が断る理由に納得する。そもそも彼のレベルだと、彼女達が参加する初級クエストを選択できない可能性すらある。
逆に黒川くんのクエストに参加しようと思ったら、まずそれ相応のレベルが必要になる。
「黒川くんと同じクエストに出るには、レベルってどれくらい必要なの」
それでも努力の姿勢を見せる彼女達に、俺はこれを伝えることを申し訳ない気持ちになる。
「とりあえず三桁は欲しいなあ……」
「三桁って」
「100台。数カ月はかかるやろうなあ」
数カ月……と言葉を無くす彼女達に俺も暗い気持ちになる。
「でもっ、交流なら低レベルでもできるんじゃ……」
「彼、交流メイン層ではないんやないかな……」
俺の分析は皆も考えていたようで、また重い空気がその場に流れる。
ゲームを通じて黒川くんと仲良くなるまでの道のりは長いようだ。
「水野のレベルはいくつなの?」
南さんに聞かれ、俺はどきりとする。
モモ自体はレベル三桁だ。何だったら黒川くんより上だったりする。
だけどこの場でモモの話は出せない。どうしよう、と悩む俺の後ろから、誰かが階段を上がってくる足音が聞こえる。
「水野」
俺を呼ぶ低い声に、南さんたちが反応する。
「黒川くん!」
「なんでこんなとこにいんの。スキルの話するって言ったじゃん」
あれ約束やったんかい。無表情の割に拗ねた声で黒川くんが俺に言う。
「早く」
そう言って南さん達を見ることもなく、黒川くんは階段を降りていく。
頭の中はゲームのことでいっぱいなのだろう。教室に戻ろうとする黒川くんに、俺は隣にいる南さん達を見る。
じっと黒川くんの背中を見つめるだけで、誰も声をかけようとはしなかった。
遠慮を見せるその姿に、俺は我慢できなくなって思わず黒川くんに声をかける。
「黒川くん!」
黒川くんが足を止めて、俺たちを振り返る。
「南さん達もアストラル・ゲート・オンライン始めたんやって!プレイ人口増えるのうれしいなあ」
そう言った俺に、黒川くんが片眉を上げる。南さん達から戸惑った声が漏れる。
「南さん達、これからレベル上げ頑張るんやって!もしかしたらあっという間に黒川くんのレベルに並ぶかもな」
な、っと南さんをみたら、南さんがおずおずと頷く。
「そしたら皆でクエストしたいな。人数が多いほうが進めるの楽になるし。皆で装備話し合って、現実で作戦立てられたら絶対楽しいやん」
なあ、と黒川くんに振ると、黒川くんが南さんたちを見上げる。黒川くんの視線を受けた南さんたちがたじろぐ。
「……南達、そこまでレベル上げするつもりなの?」
声をかけられ南さん達が驚いた顔になる。
じっと見つめる黒川くんに戸惑いながら、それでも彼女達は力強く頷く。
「うんっ、私もレベル上げ頑張る!」
「ゲーム面白そうだし、ちゃんと進めるよ!」
「だから、レベル上げたら、一緒にプレイしてくれる?」
不安そうに口々にそう言う彼女たちに、黒川くんの無表情が反応する。
ふっと柔らかくなった雰囲気に、俺たちは全員息を呑む。
黒川くんが、目元を緩めて彼女達に笑いかける。
「待ってる」
イケメンの微笑みの威力はえらいもんやった。
顔を赤くして言葉を無くした彼女達を放置し、黒川くんは俺に視線を向けるとさっさと来いと促す。
俺も余韻で足が動かなかったが、黒川くんに促されどうにか足を動かす。
「じゃ、頑張ってな」
俺は早足で階段を降りて黒川くんに並ぶ。
それでスキルのことだけど、と話しだした黒川くんに、俺は一つ疑問が浮かぶ。
俺、自分のレベル明かしてない。
なのに何で黒川くんは俺は相手にするんだろ。
「なに?」
「うんっ!?いや、なんで黒川くんは俺は誘ってくれるのかと思って」
俺、モモってことも、レベルも何も明かしてないのに。
改めて考えると、秘密にしている情報が多すぎる。
しかしそんな俺の悩みなど、彼にとっては些末なことだったらしく、黒川くんが呆れ顔でため息をつく。
「水野、レベル三桁はいってるだろ」
「なんで知ってっ!?」
「武器レベルマにしようと思ったら、高難易度クエの素材必要になるだろ」
しかも複数個、と言われて合点がいく。
高難易度クエに参加するには一定以上のレベルがいる。そして俺は朝、武器のレベルマを達成したと宣言した。
つまり、自分はそれなりにやりこみ勢ですと宣言したわけだ。
「なるほどー」
「水野のレベルだと、だいたい俺と同じクエスト難易度だろ」
むしろ上の可能性もある、とまで看破されてしまった。そう言われて、俺は「当たり」と心のなかでかえす。
黒川くんは俺が思うよりずっと推理力が高い。
「だからアバター名教えてほしいんだけど」
「それはちょっと勘弁してほしいっちゅーか」
恥ずかしいやん、と誤魔化す俺に黒川くんは分かりやすくむっとした顔になる。
だが黒川くんはそれ以上追及することなく、機嫌を直して喋り続ける。朝より少し早口で、口角の上がった顔に俺はピンとくる。
「……もしかして機嫌いい?」
「なにが」
「黒川くん。今日めっちゃ機嫌いいな」
不思議そうな顔をする黒川くんに、笑顔やもん、と俺は自分の口元を指す。
にこにこさんやな、と付け加えると、黒川くんの頬が赤く染まる。黒川くんは色が白いから赤い色がよく分かる。
「プレイ人口も増えてゲームも賑わうし、モモさんもよろこんでくれるんちゃう?」
そう言ってから、俺は遅れて自分が口を滑らせたことを自覚する。
なんで俺がモモのレンの会話知ってるんや。
案の定気になったらしい黒川くんが足を止める。
「なんでモモさん?」
切れ長の黒い瞳が、真意を探るように俺を見つめる。俺は冷や汗を流しながら、それはほらっ、と明るい声を出す。
「黒川くんといえばモモさんやん!それに誰だってプレイ人口増えるのはうれしいし、人気ってことはそれだけ長く遊べそうってことやし」
皆考えるやろ!と主張する俺を黒川くんは訝しげな顔で見る。
それに笑みを返しつつ、俺は必死に別の話題を探す。
「そういえば、今回のイベ武器のレベルどこまでいった?」
そう聞けば、黒川くんの表情が変わる。
いそいそと話し出す彼の隣で、俺はさっきまでの会話を思い出し、心にちくりと棘が刺さる。
つまり俺はレベルが高いから相手してもらえてるんか。
もし、俺もモモもレベルが低かったら、黒川くんには見向きもされていなかったんやろうか。
「遠距離近距離調整して作戦考えられるのは楽かも。といっても、南達そこまで続けるのか」
「続けるかもしれへんよ。黒川くんとも語っちゃうかも」
「それは………」
そこで言葉を切ったけれど、黒川くんの顔はうれしそうやった。
やりこみ厨の考察好きだ。そりゃ討論も情報交換も大好きだろう。
もし南さん達のレベルが上がったら、彼女達ともこんなふうに話すんやろうな。
隣の黒川くんを見る。既に心はゲームのことに向かっているらしく、何事か深く考えている。
黒川くんが他の子達に、こんなふうに一生懸命ゲームについて話す。
想像して、またちくりと心が痛む。一方で秘密を抱えている心は、離れるべきだと俺に訴えてくる。
「水野?なんかぼうっとしてるけど」
「んー?別になーんもないで」
これからどうなるかなんてわからない。
ならレベルを上げた誰かがこの席につくまで、もうちょっとだけ俺はここにいさせてもらおう。
「じゃ、また明日」
そう言って俺は車内にいる黒川くんに手を振る。学校からの帰り道、黒川くんの降りる駅は俺の降りる駅よりもう少し先だ。
「ん」
と、黒川くんが小さく反応する。
電車が去っていくのを見送り、俺は改札を抜ける。
家までの道すがら、今日あったことを思い出す。
南さん達は今頃ゲームをプレイしているのだろうか。
追いつくまで時間はかかるが、レベルを上げる方法なんて調べればいくらでもある。
「……もしかしたら早いかもなあ」
彼女達が俺達に追いつくのも。
俺がこの場所を退くのも。
そうはいっても簡単にモモはやられへんよーっなんて考えながら、俺は玄関のドアを開け、そこに並ぶ靴をみて思いなおす。
ちがった、ラスボスは別にいた。
靴を脱ぎリビングへと向かう。そこには、長い茶髪を揺らす一人の女性。女性の手にはコントローラーが握られている。
正面のテレビではアストラル・ゲート・オンラインがプレイされていて、モモが杖片手に微笑んでいる。
「おかえりっ!ねえ湊、モモまた強くなった?」
振り向いた女性が俺に笑いかける。猫みたいに丸い宝石みたいな瞳が輝く。
俺の姉、水野 凪。
モモのもう一人の「中の人」である。




