第七話 将来の話
第七話 将来の話
「では、キミは魔法界を見捨てるというのだね?」
自分よりも圧倒的に背の高い、目の前の女性から発されたその声は、聞いただけでも震え上がってしまいそうなほどの圧があった。だが、自分の選択にこれ以上迷いはない――
トントン、と扉が叩かれる。その音と同時に、父さんが椅子から飛び、その場に直立した。今までで一番綺麗な姿勢だ。かくいう私も、父に促されて同じように起立をした。
「失礼する。……この可愛らしい子が?」
「はい。先ほど送ったデータの少女です。」
どうやら本当に飛んできたかのようで、髪は少し暴れていた。それでも、確かに気品を感じるその姿は、いかにもトップの人間といった感じを与えていた。父さんに背中を軽く叩かれ、ハッとする。そのまま、私も彼女へ名乗った。
「ルリ・セレーネ、です。」
まだあまり名乗ったことのない魔法界用の名前は、どこかぎこちなく紡がれた。
「ああ、話は伺っているよ。ルリ、よろしく。」
「はい。よろしくお願いします。」
「はは、とんだ魔力の持ち主と聞いていたから、少し身構えていたが……どうやらとても礼儀正しい子猫だな。」
(ね、猫?本当にそんなこと言う人いるんだ……ファンタジーみたい、というか魔法界は十分ファンタジーなんだけども。)
「長官、子供が困惑しているでしょう。……それに、まだ予定が詰まっているんじゃありませんか?」
「おおっと、すまない。あんまりにも可愛らしい子だったから、つい。」
……わかったぞ、この人、俗に言う『人たらし』ってやつだ。それか、ノンデリ。魔法使いには変な人が多いって話、本当だったんだな……
そんなことを考えていると、場の雰囲気が一気に変わった。魔法……ではないみたいだ。
「まずは自己紹介からかな。おそらく耳にしたことはあるだろうが……私は魔法省長官、ローラ・ディペンドだ。魔法界の統治を行う仕事をしている。そんな私からキミに、頼み事がある。」
先ほどとは打って変わった様子で告げられる言葉を、私はただ、受け止めることしかできなかった。
「義務教育が終わり、16の歳を迎えた時、是非とも、魔法学校への入学をお願いしたい。」
「魔法、学校?」
「ああ。キミみたいに、魔法に関する才能に長けた者たちが、魔法について学び、魔法を極める学園さ。」
私は、困ったように父さんに目を向ける。だが、ボソリと「自分で考えないといけないことだ。」と返されただけだった。
「せっかく持って生まれた才能を伸ばさないなんて勿体無い、ということで、毎年、推薦者を出しているんだ。だが、家庭環境などもあって、すぐには決めかねることもあるだろうから、この魔力測定の場で、スカウトをすることになっているんだ。」
「……」
「つまり、返事は今日じゃなくても良いってことさ。だがキミは数十年、もしかしたら数百年に一度の天才かもしれない。私たちは、キミの活躍を――」
「お断りします。」
「ちょっ、ルリ、おま――」
「確かに、魔法に興味はありますが、魔法に人生を捧げるほど熱意がある訳ではないので。」
「ほう……」
ローラさんの口端がニヤリと吊り上がる。そのまま、ローラさんは私に質問を投げかけた。
「では、キミは魔法界を見捨てるというのだね?」
同じ空間にいた誰もが、汗を流していた。緊張からくるものもあれば、不安からのものも。それでも、私は続ける。
「見捨てると言う訳ではありません。先ほど述べたように、興味はありますから。ただ、同じくらい人間界での生活も私にとって大切なんです。」
思い浮かぶのは、母さんの姿。庭の手入れをしていたり、リビングで本を読んでいたり。他にも、学校生活は、ある意味充実したものとなり、それなりに楽しんでいた。
「なので、今と変わらない生活を望んでいます。」
数秒の沈黙の後、部屋に響いたのは、笑い声だった。
「はっはっは!こんな子供見たことないよ!まだ、10歳だって?無理があるだろ!」
ひとしきり笑い終えた後、
「いいよ。元々、無理強いするつもりなんてなかったし。……それに、今の感じだと、まだ本当は迷っているんでしょ?」
「ま、まあ。」
「論理的な解答は本当に大人みたいだったなあ。もしかしてキミ、誰かの生まれ変わり?」
「!!!!!」
「……なーんて、そんな訳ないか。お父様、こちら、私の連絡先です。ぜひ、彼女に。」
「この度はうちの娘が無礼を……」
「いやいや、実に有意義な時間だったよ。……また、会いたいね。」
ローラさんのさっきの発言は……?私が転生者だって知っている!?……そもそも、なんで転生者だって隠さないといけないんだろう。あの言い分からして、魔法界では転生はよくあることなのかもしれない。だったら、一度、ローラさんに確認してみるのもありかもしれない。
「それじゃ、次の仕事があるので私はここで。……気が変わったら、連絡ちょうだい!大人で可愛い子猫ちゃん!」
なんなんだ最後のは。矛盾しているではないか。……まあ、合ってるんだけど。
「魔法学校……」
手元に残った紙に書かれた電話番号を指でなぞってみる。
もう少し、情報を集めるのも手かもしれない。魔法学校は確か16歳からって言ってたっけ。ならば、あと6年も時間がある。しっかり考えて、後悔のない選択をしよう。




