第十一話 転校生の話〈前編〉
長くなったので前後編に分けています。
これから少しリアルが忙しいので更新が遅れると思います。(いつも遅筆ですみません。)
加筆修正 2026/06/03
第十一話 転校生の話〈前編〉
「今日は、転校生を紹介したいと思います。宿泊学習も近いから、仲良くなるんだぞ!」
……転校生イベントが来てしまった。高確率でこの人も魔法が使えるじゃん。知ってるよ。私。読んだことあるもん。ここがラブコメの世界なら、許嫁とか前世からの恋人とかだったかもだけど。あいにく、ここは普通の現代で。でも一応魔法界が存在しているってことは、そういうことでしょ。
いったい、どんな人なんだこれ。
教室のドアが開かれる音が、教室中に響いた。どうやら皆、物珍しい転校生に興味津々なようで。隣にいる紫乃も、じっと前だけを見つめていた。
入ってきたのは、とても容姿の整った女の子だった。
珍しい、白髪。いわゆるアニメ髪ってやつでは、と思ったが、今までそんな人はあまり見かけていないので違うかもしれない。
「白宮明音です。髪が白いのは、生まれつきです。みなさん、仲良くしてくれると嬉しいです。」
私はそんなことないが、多感な小学生にこの美貌は毒なのでは。青空のように澄んだスカイブルーの瞳で、彼女が教室を見渡す。彼女と目が合った男子が次々に頬を染めて下を向いてしまう。
(転校生で超美人って……2次元じゃないんだから。)
「ひとまず今日は後ろの空いてる席に座ってくれ。もう少ししたら、席替えするからな。じゃ、皆、仲良くするように!」
先生から指定された座席に彼女が移動する。
これが小説やアニメの世界なら、転生者の隣の席だったんだろうけど、あいにく、私の席は教室のちょうど真ん中あたり。両隣はすでに埋まっている。
歩く彼女の髪が靡く。どんな所作からもオーラが出ているようだ。
ふと、彼女と目が合う。転校初日だから仕方がないが、なんだか難しい顔をしていた。それでも整って見えるのは、もうそういう人なのだろう。
「……むー。」
少し見惚れていると、何やら視線を感じて急いで振り返る。隣を見ると、紫乃の頬が少し膨れていた。
「瑠璃ちゃん、早く次の授業の準備しようよ。」
「う、うん。」
紫乃……怒ってる?転校生と知り合いとか?
「どうしたの?紫乃。なんか強引じゃん。」
「……なんでもなーいっ!」
あ、可愛い。ほっぺを膨らましてぷいっと向こうを見るやつ、現実でやっても可愛いのか。
♦︎♦︎♦︎♦︎
違う。コイツじゃない。やっとここまで来たんだ。もう、あんな寂しい思いはおしまい。
私の、探している人。運命の人。
私が、愛している人。私を救ってくれた人。
魔力探知を身につけるのに、20年もかかってしまった。でも、やっとあの人と再会できる。
昔から、変身魔法は得意だった。だから、小学生に化けている。少し、美人すぎたかしら。と言っても、大昔の自分に完全に寄せているのだけれども。
『凄い!魔法っていろんなことが出来るんだね!』
『……怖くないの?』
『……?怖くないよ!だってアカネさん、すっごく綺麗ですもん!それに優しいし!』
一度、魔法界と非魔法界で戦争が起こった。魔法は、兵器だ。簡単に人の命を失わせる。だから、仕方がなかった。
結局、戦争は魔法界側が折れることで決着とした。だが、後処理があった。魔法、というものが非魔法界から恐れられ、人々は核を持ち出した。こうなると、この国は滅んでしまう。
だから、なかったことにした。
魔法なんてものはないし、そもそも、戦争も起こっていなかった。
間違った常識を植え付けるには、戦争が始まる前と同じ状況にしなければ辻褄が合わなくなる。土地、物資、人間。
この瞬間だけ、禁術とされていた人体蘇生が、合法になった。
優秀な魔術師が、少しずつ、一気に元の非魔法界へと戻していった。
だが、どうしても、これには時間がかかってしまう。いくら魔法といえど、無から有を作り出すことは難しく、労力の消費が激しかった。
それでも、非魔法界をなんとかしなければ、結局自らが危険になる。だから、多くの魔法使いが非魔法界へ滞在した。
自分の家族を殺したかもしれない人が、のうのうと隣で生きている。そんな状況をただ見ているだけの人間は少なかった。人間たちは団結し、魔法使いを排除しようとした。
つい先日まで戦争していた相手が、そこにいるのだ。それは仕方のないことだった。
だから、自分も迫害されるのを受け入れていた。早く仕事を終わらせて、魔法界で休暇を満喫するのだ。
心を無にして土地を整える。この辺りは、最近攻撃を受けたらしい。
土に残るほどの魔力。いったいどれほどの威力で攻撃したのだろうか。
私は、戦場には出ていない。だから、どういった状況だったのかはわからない。戦争には関わらないよう、姿を眩ませていた。だが、今回の収集は避けられなかった。魔術師免許の更新のタイミングで、魔法省に捕まった。あれほど人生で不運な日はないだろう。
土壌を確認していると、人が寄ってくる。
「おい、あいつ……」
「なんか光ってるし……。ああやって僕の父さんを……!」
「なにが『お互いに平和に行こう』だ。アイツらが蒔いた種だろうが!」
誰か一人が石を投げる。それに続いて、2人、3人と。投げられる石と罵声は日に日に増えていった。
ようやく、土地に緑が戻る頃には、5日が経っていた。
誰しもが寝静まった夜中、自分が創った草原に寝転がる。
これでここを離れられる。でも、次の場所でもどうせ同じことの繰り返しだ。
今だけは、逃げ出してしまいたかった。
次々に土地を耕し、転々と移動する。近くには人影ひとつ見当たらないはずなのに、声が聞こえてくる。
『お前たちのせいで……俺だけが残されて……』
『もう姿を見せないでくれ!』
「…………っ!」
いくら慣れてしまったとはいえど、胸が苦しくなる。
でも、これさえ終われば、何もなかったことになる。そうすれば、この人たちの怒りも、治ってくれるだろう。
……それっていいこと、なのかな。
最後の場所は、山奥の寂れた土地。魔法弾の流れ弾が一発、飛んでいったらしい。
「……よし。誰もいない。」
場数をこなすにつれ、人々が少ない夜に活動するようになった。
【この抉れた場所に土を】
何もなかったはずの空中が光り、土となり、穴を埋めていく。最後の仕事が楽でよかった。……そう思っていた。
「すごーいっ!ねぇ!あなた、魔法が使えるんだぁ!」
「……!」
油断していた。そもそも人気のない場所だしこの時間。てっきりもう人はいないかと思っていた。
「お名前、なんていうの?」
……罠だ。子供を使ってこちらの情報を集めているに違いない。もう仕事は終わった。だから、適当な嘘でも吐いておけばよい。
「……アカネ。」
「……!いい名前!」
仕事で目にした、非魔法界らしい名前を述べただけなのに、少女は目を輝かせた。
「親御さんは?」
「うーん。いなくなっちゃいました。私をここに避難させて、そのまま街の方に行ったっきり。」
「…………じゃあ、もしかして……」
「うん。お空に行ったんじゃないですか。」
無邪気な子供かと思ったら、分別のあるタイプだった。こういう子供は、自分の中に気持ちを塞ぎ込みやすい。
かつての自分を見ているかのようだった。だからなのかもしれない。余計なことをしたのは。
「アカネさんってさ、魔法使えるんでしょ?」
「まぁ。」
「どんな魔法が使えるんですか?」
「……少しだけね。」
どうしても断れなかった。簡単な基礎魔法を彼女に見せる。
【水よ、打ち上がって爆ぜろ】
小さな水球が、空へと上がり、細かく散っていく。ただ、それだけなのに、貴方は。
「……!!やっぱり凄い!」
「……そんなことない。」
「だって私、魔法なんて使えないんですよ〜。」
そう言って両手を広げて力む彼女。ただ一点を見つめている。その姿勢も、馴染み深いものがあった。
『うーん。うまくいきませんよぉ。』
『ほら、手の形が変になってる。こうするのよ。』
やっぱり、昔の、魔法を楽しいものとして認識して、たくさん練習していた、あの時の自分にそっくりだ。だから、変な情が湧いてしまう。
「手の形が違う。もっと……こう。」
「こうですか?」
「そ。飲み込みが早いじゃない。そのまま、イメージを作るの。頭の中に。魔法って結局、想いの力なんだから。」
人間には魔法は使えない。魔力が体に存在しないから。それでも、夢を見させてしまった。
無理やりとても小さな水球を、彼女の手の前に創り出す。
1秒程度で、地面へと虚しく落ちていった。しかし、彼女はとても嬉しそうに言った。
「アカネさん!見ましたか!?今の!やったぁ……私でも魔法、使えるんだぁ。」
魔力を体に溜め込めない者は、魔法を使えない。私たちにとっては常識だが、そんなことを彼女が知る由もない。私がいないと、こんな魔法だって使えやしないのに。
彼女たちにとって魔法というのは、馴染みのないものだ。知らないもの。わからないもの。だから、怖がってしまう。ただでさえ人間といういきものはそのように創られているのに、戦争のせいで、このことはもっと顕著なものになってしまった。
もし、戦争が起こっていなかったら。もし、別の形で人々が魔法を知っていたら。彼女みたいに、純粋に魔法を楽しんでくれる人もいたのかな。
でも、やっぱりそれはもしもの話で。目の前にある問題はどれだけ頭の中で考えを巡らせても解決しない。だから、こうして我々一部の魔術師が苦労しているのだけど。
この仕事が終わったら、二度と、此処には来ないつもりだった。
「アカネさん、もっといろんな魔法を教えてくださいよ。」
「そんな初心者がバンバン撃てるようなものじゃないの。」
「じゃあ、アカネさんってすごい人なんですね!」
「へっ?」
「だって、さっきも息をするように魔法使ってたじゃないですか。」
「……まあ。私は……ほら、本職の魔術師だから!」
「やっぱりすごい人じゃないですか。」
「とにかく、使いこなせるようになるには時間が必要なの。」
人に褒められるなんて、何年振りだろうか。もしかしたら数十年、いや、数百年ぶりかもしれない。
そもそも、私の魔力量は大したことはなかったし、むしろ人よりもかなり少ない。だからこそ、魔法学校で死ぬ気で努力して、魔術師になったんだっけ。
「それなら、もっと魔法のことについて教えてください!」
「なんでそんなに知りたいわけ?」
「だって……素敵じゃないですか、魔法って。夢があるっていうか!」
ああ。完全に思い出した。昔の感覚を。
魔法というものを仕事にしてから、そんなこと、思わなくなってしまった。
私も、魔法が大好きだって。夢があるって。誰かにもそう思ってもらえるように、魔術師になりたかったのに。
「だから、そんな魔法を使えてるアカネさんはすごいんです!私の憧れ!いつか、アカネさんみたいになれたらなぁ。」
「なれるよ。きっと。」
「……」
「だってこの私が言ってるんだから。」
「じゃあ、弟子にでもしてくださいよ。」
彼女の言葉で、一瞬ハッとした。そうだ。二日後には、戦争から今までのことはリセットされる。大規模な記憶改ざん魔法によって。
……きっと彼女はこの時間のことも、忘れてしまうのだ。
「……わかった。でも、まずはお試しね。」
「はーい、まあ、どうせできないと……ってえぇっ!?」
「なに。その反応。」
「今までの対応的に、私には絶対使えないのかと。」
「さっきの水球はどうなるのよ。」
「アカネさんが魔法を使ったんじゃないんですか?」
バレないようにやったつもりだったのに、どうしてこの子は――。
「バレてないと思ってました?」
「そんなにわかりやすかった?」
「いいえ。全く。……でも、私、こういうのすぐ気づいちゃうっていうか。可愛げのない子供なんです。」
明るく話しているから、てっきりそういう子だと思っていた。……この子も色々抱えているんだ。
そして蘇る、少し前の会話。
『親御さんは?』
『うーん。いなくなっちゃった。私をここに避難させて、そのまま街の方に行ったっきりなんだ。』
『…………じゃあ、もしかして……』
『うん。お空に行ったんだと思う。』
彼女の両親を殺してしまったのは、私たちが使う魔法だって、気づいていたかもしれない。それなのに、綺麗だ、なんて。
「大体のことは何でもできて、物分かりがいいねって褒められてきました。言っちゃったらアレなんですけど、私、頭もよかったんです。両親がお金に苦しんでることとか、戦争がはじまりそうなこととか、そういう暗いことを私にはわからないようにしてくれたんです。それでも、気づいてしまった。そして、そのことが、もうどうにもならないことも。」
淡々と過去のことを話す彼女の姿は、子供ではないように思えた。
「どうにもならないことってあるじゃないですか。覆水盆に返らずってやつ。過ぎたことはもう、取り返しがつかない。どうしようもないことは、どうしようもない。……本当は私も、両親の後を追おうと思って、夜中にこんな山奥に来たんです。一人だけで避難とか、そんなわけないじゃないですか。そしたら、そんな理不尽を覆せる力を目の当たりにした。ずっと地下に隠れていて、本物を見たことがなかったから、せいぜい攻撃しかできないものだと思っていた。けれど、あなたは自在に土を操っていた。……本当にすごいなって思った。この力ならもしかしたら、変えることができるかもしれないって。だからあんなにも、魔法に興味があったんです。」
「……そっか。……騙してて、ごめん。」
「アカネさんは悪くないですよ。というかむしろ、いい人じゃないですか。」
「そんなことっ」
「私、アカネさんと会えてよかったです。」
「あなたの両親を殺したのは、私かもしれないのに?」
「……ふふっ、変なこと聞くんですね。」
「ちょっ……こっちは真面目に――」
「私の話。ちゃんと聞いてくれたのはアカネさんが初めてだったんですよ。」
「それって、どういう……」
「はい。大体の大人は『気味が悪い』と一蹴しただけなので。普通の人に囲まれた特殊な人間は軽蔑されてしまう。彼らにとっての普通じゃないから。……でもアカネさんは素直に自分の行動を謝っただけで、私については何も言わなかった。」
「……それが、私にとっての普通だから。」
「それでも、嬉しかったんです。アカネさんと話すのだけは……楽しい。」
「!!」
自分にこんなことを言ってくれる人なんて初めてだった。魔力量の少ない私は、魔法界では劣等生で。必死に努力して入った魔術師協会にも自分のような人に居場所はなかった。
「あーあ。ずっと、こんな時間が続けばいいのに。」
ダメだ。そんなことを言われてしまったら。
「でも、そんなことは叶わないんですよね。きっとこれから、復興で忙しくなる。」
そんな顔をしないでほしい。
胸がぎゅっと締め付けられる。
「アカネさんも、活動の一環で来ているのなら、もう会えないんだろうな……。」
「……。」
自分はもう、とっくに大人になったと思っていた。
生きている年数は、この子の何十倍も長いだろう。そのはず、なのに。
私は、子供みたいに我儘だ。ここで、この子と同じ時間をもっと共有したい。そのためにどんな手でも使おうとしている。
(思っていたより単純だなあ。……孤独だった頃は、何も感じていなかったのに。一度、温もりを知ってしまったら、こんなにも弱くなるなんて。)
「でも!きっとまた、会えますよね!……だって、私たちが生きている限り、それは、不可能ではないから。」
「……実は、それすらも難しいの。」
「それってどういう――」
「今から言うことは、2人だけの秘密ね。絶対に他人に言わないこと。いい?」
「うん。」
魔法規約第13条。機密情報を漏らしたものは、皆等しく死罪とする。こんな法はどうせすぐに変わるだろう。どうせ――なんて、言い訳をいくつも並べながら話す。
「あのね、この戦争は全部、なかったことになるの。ううん、なかったことにする。」
「……ああ、なるほど。そういう。」
どうやら、これだけで伝わったみたいだが、説明を続ける。
「何もなかったことにするには、場所とか人間とか、社会を構成していたものを全て元通りにしないといけない。それが出来ちゃうのが魔法何だけど。」
「そして『人間』には、死した者も、生きているものも含まれる。つまり……」
「あなたの両親は生き返るわ。きっと。でも、その代わり……」
「戦争が起こって空の記憶を失う、ということですか。」
本当に賢い子供だ。でも、子供なのだ。あの魔法に目を輝かせていた、この子を満たすことができた時間を、魔法そのものが奪い去るのだ。
あまりにも残酷な現実。
あまりにも大人の身勝手な策。
そんな汚いもので、この子が汚れてしまうのが、嫌だった。だが、自分には、どうすることもできない。運命には、抗えないのだ。
「だったら、思い出します。」
「へ?」
「あなたと、魔法と出会えて、こんな世界でもまだまだ捨てたもんじゃないなって思えたんです。話していたのはたったこれだけの時間ですが、十分、あなたは私の希望になった。」
「でも、あなたもわかっている通り、魔法の力はもの凄くて――」
「勿論、わかってますよ。でも、魔法って想いの力なんでしょう?私の……ううん、私たちの想いでそんなもの、乗り越えちゃいますよ!」
「……なにそれっ。ふふっ。」
「なに笑ってるんですか!」
「なんでもない。」
不思議な子。なんだか本当に、2人でなら乗り越えられる気がしてきた。
「じゃあ、約束ね。」
そう言って、魔力を固めて結晶を創る。ただの魔力の塊で、なんの効力もないけれど。
「これ、お守り。何があっても私たちがまた、出会えるように。」
「……!すっごく綺麗です!ほんと、に……あれ、どうして……」
「貴方はまだ子供なんだから。今日くらい、弱音を吐いたっていいのよ。」
彼女は、泣いていた。
さっきまで、雲で覆われていた月が姿を現し、2人を照らす。明かり一つないこの山奥で、月の光が反射して、彼女の顔が輝いて見えた。
「私っ、アカネさんと、お別れしたくないっ!アカネさんは、唯一、私の話を聞いてくれてっ!私に夢を見させてくれてっ!私に優しくてっ!こんな人っ……初めてで……嬉しかったっ、からっ。」
あぁ、貴方と私は、本当によく似ている。私も、ずっと――
「ずっと、一人でっ、寂しくて……!居場所がなくてっ!でも、アカネさんがぁっ!」
貴方が、優しく寄り添ってくれて。
「隣にいてくれて……こんな時間がずっと、ずぅっと続けばいいのにって!」
そんな、些細なことだけど。
「アカネさんにとってはちっぽけなことかもしれませんけどっ!」
それだけで、すごく。
「生きててもいいんだって、思えたっ、からっ!」
「……うん。」
「……。」
「……落ち着いた?」
「いいえ。もういっそ、二人でどこかへ逃げませんか。」
魅力的な提案かもしれないが、私には、頷く権利などなかった。力がなかった。
「なーんて、冗談ですよ。」
重い雰囲気を一蹴するように彼女が言う。
けれど、どこか無理をしているようだった。
「私がっ!魔法、かけてあげるから!」
「……え。」
「私、こう見えてもすごい魔術師なんだよ。だから、どんな魔法にも負けない魔法をかけてあげる。」
気がついたらそんなことを口走っていた。
でも、この言葉に後悔はなかった。自分が今まで勉強して、練習してきた意味が、ようやく確かになったような気ですらあった。
「……っ。どうして、そんな。私たち出会ってまだ、数時間とかですよ?」
「何を今更言ってんの。」
「だって、まだお互いの名前も知らないじゃないですか。」
「……気づいていたの?偽名だって。」
「そもそも、文化が大きく違うのにありふれた名前なことあるのかなーって気になってましたから。」
「そりゃあ、貴方も名乗っていないものね。」
「ふふ。ようやく気づいたんですね。」
「いや、ずっと『教えてもらってないな』って思ってたわよ。」
「可愛いとこもあるんですね。」
「なっ!?」
ようやく明るい雰囲気になったと思えばこれだ。もう。
「冗談ですってー。そんな拗ねないでくださいよ。ほっぺを膨らませても、可愛いだけですよ。」
「別に拗ねてない。あーあ、とびっきりの魔法、見せてあげようと思ったのに。」
「ああああ、ごめんなさい〜。」
「よろしい。」
ほんと、素直で純粋で子供っぽいのに、変に大人な子。
思わず、笑みが溢れる。が、ずっとこうしてはいられない。あんなに暗かった周りが、少しずつ明るくなっているのがわかった。もうこんなに時間が経ったのか。
気持ちをギュッと引き締め、見つめ合う。
「……り。」
「?」
「……るり。私の名前。全部ひらがなだよ。」
「……いい名前ね。由来はその瞳の色かしら。」
「よくわかったね。」
「少しだけ、明るくなったから。さっきよりも貴方の顔がよく見える。こんな綺麗な瞳をしていたのね。」
「えー、今まで、対してよく見えてなかったんですか?」
「そんなことないわよ。さっきより、って言ったでしょう?」
「ならよし。」
……陽が登るのも、悪くないらしい。
「……もう、お別れですね。」
「そうね。でも、絶対に会えないってわけじゃない。」
「そうなんですかね。」
「そうなのよ。信じることが、力になるから。今はただ。」
「それじゃあ、とびきりの魔法、お願いしてもいいですか?」
「もちろん。」
今の私の集大成。全ての想いを込めて、魔法式を演算する。過去一複雑な式。魔力がかつてない速さで体を回っているのがわかる。
これから、もう、魔法を使えなくたっていい。それくらいの想いを、魔法にぶつける。
【精霊よ、この者を永劫守れ 全ての障壁を取り除け】
細かい光が、るりの体を包む。まるで、そのまま消えてしまいそうだった。
「……すごい。本当に綺麗。魔法も、アカネさんの顔も。」
「最後の時までお世辞を言わないの。」
「お世辞じゃないですよ。本当に、心からの言葉です。」
「……本当にもう、次会って忘れてたら、タダじゃおかないんだから!」
「その時はアカネさんの魔法が悪いのでは?」
「うっさい!想いがあれば乗り越えられるの!魔法ってそういうもんなの!」
「……泣いてもいいんですよ、別に。」
「泣いてない。」
「説得力無さすぎです。ほら、こっち向いてください。……んふふ。変な顔。」
「はあ?もう、魔法なんて教えてあげなきゃよかった。」
「そんなこと言わないでくださいよ。」
そう言って、るりは私の手を握った。
「ありがとうございました。……この温もりを、私も忘れないので、忘れないでください!」
「あったりまえよ。……絶対迎えに行くから。」
「はい。待ってますね。このお守りと一緒に。」
私は箒を手に取り、魔力を込める。
「……またね。」
「はい!また、会いましょう!」
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