第十一話 転校生の話〈中編〉
第十一話 転校生の話〈中編〉
「瑠璃ちゃーん!」
「うわっ、ちょ、危ないでしょ。」
「えへへ。そう言いながらちゃんと受け止めてくれるとこ好きー。」
「はいはい、良かったですねー。」
「あっ、照れてる〜?耳が赤いよ!」
「揶揄うならもうやりません。」
「うへぇ、そこをなんとかぁ。」
転校生がうちのクラスに来てから数日。いつも通りのやり取り。その中に、今までなかったものが混ざる。
「ちょっといいかしら?」
白宮明音さん。良い意味で小学生らしくない人だ。
なにやら、変な噂をよく耳にする。
それは、放課後にクラスメイトを一人ずつ、呼び出しているというもの。戻ってきた人は皆、「仲良くしましょう」と声を掛けられただけだと言う。わざわざそんなことのために呼び出すのか?と周りの人たちがあらぬ噂を立てているのだ。
「何。転校生が私たちに何の用?」
「ちょっと、なんでそんな喧嘩腰なの……」
「っ!知らないもん!」
そして、1番の問題は、紫乃が白宮さんをよく思っていないことだ。どうやら何故だか分からないが、敵視しているようで。白宮さんへの当たりがきついのだ。
「……」
「いやほんとに何!?……やっぱ白宮さんって――」
「天川さん。」
「は、はいっ。どうかしましたか?」
白宮さんにじっと見られる。私、何かやっちゃったのか……思い当たる節は全くないのだが。
「……この後、お時間いいかしら?」
「まぁ、は――」
「だめ!」
「紫乃!?」
「瑠璃ちゃんは私と予定があるんだよ。」
「あら、とてもそのようには見えないけど?」
「あるよね!ね!瑠璃ちゃん!」
「え、えっと……」
どう答えろって言うんだこれ。戸惑っていると、先に白宮さんが口を開く。
「そこまで時間は取らないから。」
「それなら……紫乃。腕離して。」
「やだ。」
「……。あー私、我儘な人好きじゃないなー。」
「ごめんなさいっ!お願いだから嫌わないでっ!」
「冗談だよ。紫乃の我儘は可愛いし。」
「かわっ……」
「ほら、行きましょう。」
そのまま、白宮さんに手を取られて廊下へと進む。移動している間は、会話という会話はしなかった。
「あの……こんなところまで来て、どうかしましたか?」
「……礼儀正しい。」
「へ?」
「貴方、随分と大人びているのね。」
「いや、白宮さんほどでは……」
「明音でいい。」
「じゃあ、明音も瑠璃でいい、です……よ?」
なんなんだこの子!?絶対何かあるやつじゃん。転校生でこれってさぁ!
人気の少ない、放課後の中庭まで連れて来られた。そこまでして、誰かに聞かれたくないことを話すのか……?
「貴方は、魔法ってどう思う?」
もしかして、この人、魔法使いなのでは……?そうすれば、呼び出された人達の記憶が曖昧なのも頷ける。
……一応、誤魔化しておこう。もしものことがあるし、喋ったところでこちらにメリットはないだろう。
「えっと……どう思うって……?」
「ぼんやりとしたものでいい。『魔法』ってモノに対するイメージを教えて欲しいの。」
「そうですね……。素敵なもの、だと思います。」
「……!と、言うと?」
「その、お話の中とかでは、不可能を可能にしてるっていうか……大体、何でもできるじゃないですか。それって、夢があるなぁ、って。」
「……」
白宮さん……明音は、黙り込んでしまった。まずいことを言ってしまっただろうか。今の話の何処に引っ掛かっているんだ……?
「……るり?」
「は、はい。」
「なるほど、よくわかった。」
「何が、ですか?」
「貴方にも……そのうち、ね。」
明音は難しい顔をして、何かを思い浮かべるように、空を見上げていた。
「もう一つ、いい?」
「まぁ、別に。」
「……これは、もしもの話だけど、大切だと思える人に出会っとする。でも出会ってからは日が浅くて、その人が自分のことを忘れているとしても、貴方は逢いに行く?」
もしもの話だと釘打ちされても、そのことが、明音に実際に起こっているかのように感じられた。それくらい、彼女は真剣な眼差しをしている。
こういう時、小説だったら、何かを試されていることが多い。解答によっては、とてつもない運命を無理矢理に背負わされることも少なくはない。
今は、これ以上悩み事を増やしたくなかった。けれど、この質問には、本心で答えなくては。何故かはわからないが、そんな気がしてならなかった。
「……もし、自分だったら、一から関係を築き直すか、関わること自体を諦めようと思う気がします。」
「……そう。」
「でも、頭ではその方が合理的だとわかっていても、気がついたら駆け出しているような気もします。……その人が、自分にとって本当に大切なら、考えを巡らせて最適解を導けるほど、冷静ではないので。」
「逆の立場だったら?」
「自分が大切な人のことを忘れていたら、ってことですか?」
「ええ。」
明音が食いしばるように、制服を掴んでいるのに気がついた。きっとこの子は、過去にそういった経験をしていて、踏み出せないでいるのかもしれない。だったら、背中を押す方が、いいのかもしれない。
「どれだけ時間がかかっても、絶対に思い出して見せると思います。」
「……!」
「その人と過ごした時間自体は、消えないから。きっと欠片になって日常に思い出が散らばってるんだと思うんです。」
「――そう、ね。」
「だから、その欠片を集めて届けてあげないといけないんじゃないかなって。そのためにも、まず、その相手のことを想う気持ちを大事にしてほしいなって。忘れないでいてほしいなって、思うんです。」
「……っ!」
心からの応援の言葉を口にする。なんだか、自分じゃないみたいに口が勝手に動いていた。
すると、明音の目の端から、雫が一滴、二滴とこぼれ落ちていた。
「……っ!?すすすみません、お前なんかが何をって感じですよね。」
「……違うの。今はまだ、気持ちの整理がついていないだけ。だから、気にしないで。もう用事は済んだから、帰っていいわよ。」
最初に一目見た時には、美人さんだな、と思った。
少しだけ話を聞いたら、大人びているな、と思った。
「……!な、何を――」
でも、その大人は不完全だ。誰にも頼れなくて、孤独で。そんな存在を、私はよく知っていた。
不安定に揺れる彼女は、まるであの時の私のようだった。
誰を頼ることなく、自分の道をただ、進む。そんな過去の私とは、かけ離れているようにも思えるが、案外、近いものなのかもしれない。多分、この子は道標を見失っているのだ。それでも、進まなければならなかった。だから――
「辛い時は、頼ってください。……まだ、出会ってから少ししか経ってないですけど。」
「……どうして。貴方には関係のない他人事なのよ?手を差し伸べる義理なんて――」
「だってもう、友達じゃないですか。名前で呼び合うような仲ですし。義理なんて、理由なんて、後からいくらでもなんとかなるんですから。」
ようやく、腕の中で彼女が寄りかかってくれた。こうやって、少しずつ、甘えられるようになるといいけれど。
「私たちは、まだ子供なんですから。弱音くらい、吐いちゃってもいいんじゃないですか?」
私たちは、しばらく、そのまま2人で抱き合っていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「むぅ……遅いなー、瑠璃ちゃん。」
瑠璃ちゃんが白宮さんに連れて行かれて、もう20分はたっただろうか。
『紫乃の我儘は可愛いし。』
「〜っ!!……あれ、絶対ソウイウ意味では言ってないだろうけど、けどぉ〜」
でもそんな待ち時間も、別に苦ではなかった。
ずっと、瑠璃ちゃんのことが好きだ。クラス替えではずっとおんなじクラスだし、もはや、運命なのでは!?……なーんて、思っちゃってる自分もいて。
この数年間、わたしなりにアピってきたつもりなんだけど、どれも、大して効果はなくって。むしろ、瑠璃ちゃんが歳を増すたびに、なんか、こう……そう!メロくなってきて。それくらい気を許してくれているのは嬉しい。だけどぉ、鈍感にも程があると思うんです。
瑠璃ちゃんのこと、諦めようって思った次の日には、そんな気持ちがどこかに行っていて。だから、なるべく、アピールしてみようって思ったのに。
どれだけスキンシップをしても、軽くあしらわれるか、なんなら、そのまま話をする始末。……やっぱり、友達としてしか見てくれないのかなぁ。
「……の。紫乃?」
「うわぁ!?る、瑠璃ちゃん!?」
「はーい、瑠璃ちゃんですよー。」
なにそれ。可愛い。
一見、クールに見えて、案外ノリがいいところも、最近知った。
「……っじゃなくて、ほら。用事、終わったから。帰るよ。」
「……!うん!」
「今日は遅くなったから寄り道はナシね。」
「でもまだ15時だしさ、瑠璃ちゃんの家に行ってもいい?」
「まあ、別にいいけど……」
「やった!算数の宿題のプリント、わかんなくて。」
嘘だ。もっと一緒にいたいから。わたしは淡々と嘘を吐く。いつから、こんなに狡くなったのだろう。……こんなわたし、瑠璃ちゃんは嫌うかもね。
靴箱で靴を取る瑠璃ちゃんの髪が揺れて、ふと目に入る。
綺麗な黒髪。若干青みがかっているその色は、まさに、名前のような瑠璃色だ。もしかしたらそこから名前が付けられたのかも。……今度、瑠璃ちゃんのお母さんに聞いてみようかな。
「ん。じゃあ、帰ろっか。」
白宮さんもなんだか、瑠璃ちゃんのことが気になっているみたいだけど……
今、この帰り道は、瑠璃ちゃんのことを独り占めしちゃう。
いつか、この想いが実る日が来ますように。
もしもそんな日が来なくても、ずっと瑠璃ちゃんが幸せでありますように――




