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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第95話 村への帰還

馬車の窓から身を乗り出したヴェルダが、深呼吸をしながら目を細めた。


「……帰ってきたね、ガイウス。やっぱりここの空気は、王都のそれとは比べ物にならないね」


「ええ。この湿り気を帯びた土の匂いこそ、農家にとって最高の芳香ですからね」


村の入り口まで来ると、一台の馬車を待ち構えていた人影が見えた。


真っ先に駆け寄ってきたのは、宿屋の娘のリナだった。

「ガイウスさん! ヴェルダちゃん! お帰りなさい!」


リナは弾けるような笑顔で馬車に駆け寄ってくる。彼女の明るい声を聞くと、ようやく王都での慌ただしい日々が過去のものになったと実感できた。


「ただいま戻りました、リナ。留守の間、変わりはありませんでしたか?」


「ええ、みんな元気だったわ。ガイウスさんがいない間、畑の様子を見に行くのが日課になっちゃった」

リナの背後から、村長のゴードンがゆっくりと歩いてくる。


「おお、ガイウス殿。無事の帰還、何よりだ。

それで王都での引き継ぎとやらは、首尾よく行ったかね?」


「はい。少々予定外の『害虫駆除』も入りましたが、概ね順調に終わりました」

「害虫、か。まあ、ガイウスのことだ。また何か凄まじいことをしてきたんだろうが……まずはゆっくり休んでくれ。

今夜はグラントの店で、盛大な帰還祝いをやるからな」


村の広場へ向かう途中、ふらふらとあらぬ方向へ歩いていく影が見えた。

「あ、エリアさん! 広場はあっちですよ!」

リナが叫ぶと、エリアがビクッと肩を揺らして振り返った。


「……あ、あら。ガイウスさん。お帰りなさい。いえ、ちょっと、お迎えに行こうとしたら、いつの間にか地図の上下が逆さまになっていたようで……」


相変わらずの方向音痴ぶりに、俺は思わず苦笑した。

「エリアも変わりないようで安心しました。アルトも元気ですか?」

「ええ。アルトは今、北の開拓地の方へ魔力の循環を確認しに行っていますわ。……おや、あちらから戻ってきたようですわね」


村の北側、魔族たちが開拓を進めている方角から、三人の人影がやってきた。

先頭を歩くのは、魔族の皇太子カインだ。


その両脇を、幹部であるベルグとドリスが固めている。 ……かつては戦場で恐れられたはずの彼らだが、今の姿は、泥にまみれ、手にはしっかりとクワを握った立派な「農夫」そのものだった。


「ガイウス、戻ったか」

カインが、泥のついた手で額の汗を拭いながら不敵に笑った。


「留守の間、北の開拓地は一段と進んだぞ。土の質も、ベルグたちの努力でだいぶ安定してきた」


「カイン殿。……その様子だと、私がいなくても立派にやっていけそうですね」

「馬鹿を言うな。貴様がいないと、肥料の配合の微調整が分からなくて困る。……今夜は飲むぞ。王都の話、聞かせてもらうからな」


夜。グラントの酒場は、かつてないほどの熱気に包まれていた。

店主で無口のグラントが、自慢のエールを樽ごと運び出してくる。

「‥‥!」


「いただきます。……ふう、やはりグラントさんのエールは格別ですね」


宴が盛り上がる中、カインがジョッキを片手に身を乗り出してきた。

「それで、ガイウス。王都はどうだった。あの無能な王族どもは、貴様に土下座でもしたか?」


「いえ、そこまでは。……ですが、少しばかり、村の人口が増えることになりそうです」

酒場が、一瞬で静まり返った。


「……人口が増える? 移住者か?」 ゴードン村長が身を乗り出す。

「はい。王国の第三王子、エリック殿下が、この村に『農業修行』に来ることになりました」


「……はぁっ!?」

エリアやアルトが声を揃えて驚愕した。

「王子が、この村に? あの、プライドだけは高いと評判の、あのお坊ちゃんがですか?」

アルトが信じられないといった顔で聞き返す。


「ええ。本人は本気のようです。王位継承権云々よりも、まずは土に触れて自分を鍛え直したい、と」

「……ははは! 面白いじゃないか!」 カインがテーブルを叩いて大笑いした。

「人族の王子が、泥にまみれて俺の隣で鍬を振るうのか。それは愉快な光景になりそうだ。おいガイウス、歓迎してやるぞ。魔族流の『厳しい』開拓でな」


「殿下、あまりいじめないでくださいね。……まあ、カイン殿ができるのですから、彼にもできないはずはないでしょう。根性は、ありそうでしたから」


宴も終わり、俺はヴェルダと共に、静まり返った自分の家へと戻った。

窓を開けると、夜の静寂の中に虫の声が響いている。

王都の喧騒が嘘のように遠い。


「ガイウス、結局、王都へ行っても、やることは変わらなかったね」

「そうですね。どこへ行っても、やるべきことをやり、整えるべきものを整える。それが私の性分のようです」


ヴェルダが縁側に座り、月を見上げた。

「明日は、エールを飲む約束、実行するんでしょ?」

「ええ。朝から畑を一回りして、昼下がりには縁側で乾杯しましょう」


王子の弟子入りという、新たな波乱の種を抱えてはいるが、今はただ、この平和な村の空気に身を沈めたかった。


スローライフは、今日も――王都からの「お土産(王子)」を仲間に共有しながら――順調だった。


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