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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第93話 村へ戻ろう!と思ったら‥


「ガイウス殿、本当に行ってしまうのですね……。せめてあと一ヶ月、いや一週間だけでも……」


今朝、王都の北門には、魔術師団の面々がずらりと並んでいた。


代表して声をかけてきたマルティンは、今にも馬車に取りすがらんばかりの悲壮な顔をしていたが、俺は丁寧にお辞儀をしてそれを辞退した。


「引き継ぎはすべて完了しました。これ以上私が残っても、皆さんの自立を妨げるだけですから。……あ、ミミちゃんの術式が万が一誤作動したら、書き残したマニュアルの十六ページを読んでくださいね」


「最後まで猫の心配……。分かりました。ガイウス殿、あなたのことは忘れません!」

そうして送り出された俺たちの馬車は、今、王都の城壁を遠くに臨む街道を走っている。


「ようやく終わったね、ガイウス」

向かい側の席で、ヴェルダが窓の外を眺めながら欠伸をした。

「ええ。長かったですが、これでようやくエーデル村に戻れます。

やはり私には、石造りの王宮より、土の匂いがする畑の方が合っているようです」


「わらわも同感だ。王都の飯は悪くなかったが、やっぱりガイウスの作る野菜が一番だからな。……それにしても、行きとはずいぶん景色が違って見える。行きはなんだか、嫌な予感しかしなかったけれど」

ヴェルダの言う通りだった。 行きの俺たちはこれから始まる「理不尽な要求」への警戒心で、この景色を楽しむ余裕などなかった。


だが今は違う。

視界に広がる草原も、遠くに見える山並みも、すべてが「平和な村への道しるべ」に見える。


「色々なことがありましたね。防御結界の詰まりを直したり、宰相閣下と猫を追いかけたり、王子に農業を教えることになったり……」


「最後のは余計だった気もするけれど。あやつ、本当に来るのか?」

「殿下の目は本気でしたよ。まあ、カイン殿もいますし、若者が増えるのは開拓地にとって良いことです」


俺たちはそんな話をしながら、のんびりと馬車を走らせていた。

だが、その平穏は、街道が深い森へと差し掛かったところで唐突に破られることになった。


森の入り口で、行く手を阻むように数人の男たちが現れた。

一目でカタギではないとわかる。

使い古された革鎧、手入れの行き届いていない剣、そして何より、獲物を見定めた時の下卑た笑い。


「おっと、そこの馬車。止まってもらおうか」

先頭に立つ、顔に大きな傷跡のある男が声を張り上げた。 御者が怯えて馬を止めると、男たちは獲物を取り囲むように距離を詰めてくる。


俺はため息をつき、ヴェルダに視線を送った。

「ヴェルダ、どうやら『雑草』のようですよ」

「ふん、せっかくの食後の昼寝を邪魔しおって」


ヴェルダは面倒そうに馬車から降りた。

見た目は可憐な小娘だ。

盗賊たちの目には、これ以上ない「高く売れる獲物」に映ったのだろう。


「ほう、上等な馬車だと思えば、中にはこんな極上の出物がいやがったか。おい、小娘。大人しくついてくれば、痛い目には合わせねえぞ」

「わらわを拐おうというのか? ……ガイウス、こやつら、自分の立場が分かっていないようだな」


「そうですね。農作業の邪魔をする害虫と同じです。駆除しても良いですが、あまり汚さないでくださいね」


盗賊の一人が、ニヤニヤしながらヴェルダの腕を掴もうと手を伸ばした。 その瞬間。

「ぎゃあああッ!?」

凄まじい衝撃音が響き、男の体が森の奥へと吹き飛んだ。

ヴェルダが軽く裏拳を見舞っただけなのだが、龍の力の一端が乗った一撃は、人間にとっては大岩が衝突したのも同然だ。


「な、何だ今の!? お前ら、やっちまえ!」

パニックに陥った盗賊たちが一斉に斬りかかる。

だが、ヴェルダは踊るような足取りでそれらを回避し、一人、また一人と地面に埋め込んでいった。


三十秒もかからなかった。

街道には、呻き声を上げる盗賊の山が出来上がっていた。


♦︎


「ガイウス、これ、どうしようか。ここで炭にしても良いけれど」


ヴェルダが手のひらに小さな火球を転がしながら聞いてきた。

「いえ、それは止めておきましょう。せっかく王都を出たばかりですし、法に則って処理すべきです。……引き継ぎの際、騎士団の治安維持コストについても話をしましたからね。ここで彼らを野放しにするのは、私のやってきた事に傷がつきます」


俺は地面に転がる盗賊たちを、魔導糸で手際よく縛り上げた。

「……やはり、王都に引き返して引き渡すのが最善でしょう」

「ええーっ、また戻るのか? せっかく出たのに」


「急がば回れ、です。村への街道が危険なままだと、今後の物流にも響きますから」


一時間後。

王都の北門を守る衛兵たちは、我が目を疑う光景を目にすることになった。

今朝、感動の別れを告げて旅立ったはずの農家ガイウスが、馬車の後ろに十数人の盗賊を数珠繋ぎにして戻ってきたのだ。


「ガ、ガイウス殿!? 何があったのですか、その……その行列は!」

衛兵が狼狽しながら駆け寄ってくる。

「すみません、門を出てすぐの森で彼らに絡まれまして。治安の改善も引き継ぎ案件の一つだと思い、捕まえて参りました。騎士団の方へ引き渡したいのですが」


「い、今すぐ担当を呼びます!」

知らせを聞いて駆けつけてきたのは、騎士団の副団長だった。

彼は捕らえられた男たちの顔を見るなり、驚愕に目を見開いた。

「こ、こいつらは……『黒い森の牙』か!? ガイウス殿、正気ですか。

こいつらはこの数ヶ月、我々騎士団が総力を挙げて追っていた、組織的な強盗集団ですよ。

神出鬼没で、手練れの傭兵上がりも混ざっていて、我々も手を焼いていたのですが……」


「そうだったのですか?」

副団長は、縛り上げられた盗賊たちが、まるでおもちゃのように無力化されているのを見て、複雑な表情を浮かべた。


「騎士団が数十人で包囲しても逃げられていた連中を、たった二人で……。あなたの能力は、やはり農家という枠に収まるものではないな」


「いえ、私はただの農家です。害虫がいたので駆除したまでですよ」

だが、副団長が盗賊たちの人数を数えているうちに、不審な点に気づいたようだ。


「……待ってください。幹部クラスは揃っていますが、首領である『隻眼のザバル』の姿が見えません。部下を見捨てて逃げたのか?」


俺は地面で震えている盗賊の一人を、少しだけ冷たい目で見下ろした。

「彼に聞けば、教えてくれると思いますよ。

……首領はどこにいますか? 正直に答えれば、ヴェルダがこれ以上『遊ぶ』ことはありませんよ」

ヴェルダが横でニヤリと笑い、拳を鳴らした。


「ヒ、ヒィッ! 答える、答えるから! カシラは、森の奥にある古い廃砦にいる! そこで次の獲物を待ってるはずだ!」


副団長が即座に動こうとしたが、俺はそれを制した。

「副団長殿、今から騎士団を編成して向かっては、首領に逃げられる可能性があります。彼らは非常に警戒心が強いのでしょう?」


「それはそうだが……しかし、我々だけで行かせるわけには……」

「いえ、私が蒔いた種です。最後まで刈り取るのが農家の責任というものです」


俺はヴェルダに向き直った。

「ヴェルダ、少しだけ寄り道になりますが、構いませんか?」

「構わないぞ。どうせなら根こそぎやってしまった方が、後腐れなくて良いからな」

副団長は唖然としていた。


「……ガイウス殿、あなた、まさか……」

「農家は、害虫の親玉を見逃したりはしません。根を絶たなければ、またすぐに芽が出てきますから」


俺は馬車を衛兵に預けると、ヴェルダと共に再び森へと足を踏み入れた。

王都の騎士団が手を焼いていた賊の首領。

それを「雑草の根っこ」と称して、俺は静かに魔力を練り上げた。


「さあ、ヴェルダ。サクッと終わらせて、今度こそ本当に村へ帰りましょうか、予定よりも帰るのが遅くなりましたが」


「賛成だ。お腹も空いてきたし、一気に片付けるぞ!」

王都の城壁の向こうでは、沈みゆく太陽が空を赤く染めていた。


帰還前夜の宴会で「財政効果抜群だ」と笑っていたが、どうやら俺は、王都の「治安維持コスト」まで劇的に改善して帰ることになりそうだ。


スローライフは、今日も――害虫の根絶を決意しながら――順調だ。


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