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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第91話 引き継ぎ終わりに向けて

午後。

俺達は王妃陛下の私室へと案内された。

目的は、当事者である「ミミちゃん」との対面だ。


「行く」と即答したヴェルダは、珍しく緊張した面持ちで俺の隣を歩く。

「ガイウス、猫って触れるの? わらわ、あんなに小さな生き物、どう扱っていいかわからない」


「ミミちゃんに聞いてみてください。彼女が決めることですから」


王妃の部屋に入ると、豪華なクッションの上で、一匹の白猫が丸まっていました。

輝くような白い毛並み。

傲慢なほどに澄ました青い目。

彼女こそが、二年間王宮を、そして宰相を翻弄し続けてきた「王宮の支配者」ミミでした。


ヴェルダが、吸い寄せられるように猫へ近づきました。 金色の瞳と、青い瞳が真っ向からぶつかります。

しばしの沈黙。

龍の威圧感に、普通の動物なら逃げ出すか、伏せるところですが――。


ミミちゃんは優雅に立ち上がると、トコトコとヴェルダに歩み寄り、その手に頭をスリ寄せました。

「……触れた」 ヴェルダの声が、驚きで微かに震えます。

「柔らかい。温かい……。ガイウス、なんでこの子はわらわを怖がらないの?」


「ヴェルダの気配が、猫にとっては『絶対的な安心感を与える巨大な避難所』に見えているのかもしれないですね。猫は、自分より遥かに強い生き物の懐に入るのが得意な時がありますから」


ヴェルダの腕の中に、ミミちゃんが収まりました。 「ごろごろ」と喉を鳴らす音が部屋に響きます。

「気に入った。この子、賢い。わらわの格を分かっている」


「そうですね。……さて、その間に術式を仕込みますか」

俺は王宮の脱走ルート三箇所に、特殊な感知魔術を設置した。

ミミちゃんがそこを通ると、宰相の執務室にある専用の鈴が、彼女の逃走ルートを示す音色を奏でる仕組みです。


「これで、もう探し回る必要はありません。どこにいるか一目で分かります。……そして、最大の問題は庭の木ですね」


中庭へ移動し、例の巨木を確認する。

俺は木そのものに、「緩降下」の属性を付与した魔術結界を重ね合わせた。


「登るのを止める必要はありません。猫は登りたい時に登る生き物ですから。ただ、降りられなくなった時に、木の枝から足を離せば、風の魔法が自動で発動して芝生までゆっくりと降ろしてくれるようにしました」


「……全自動降下システムですか」

マルティンさんが感心を通り越して引きつった顔をしました。

「農家は自然に逆らわないものです。登りたいなら登らせる。ですが、怪我はさせない。それが管理の鉄則ですよ」


ヴェルダが、腕の中のミミちゃんを愛おしそうに撫でていました。

「よかったね、ミミ。これで宰相を木登りに付き合わせなくて済むよ」



引き継ぎの全工程が完了した、その夕方。

俺はハーヴェル宰相に呼び出され、彼の執務室を訪れた。

部屋に入ると、そこにはいつもの威厳ある宰相がいた。

その顔には、二年間のあった肩の荷が下りたような不思議な脱力感が漂っていた。


「ガイウス」

「案件のすべて、完了いたしました」

「……ミミの件、聞いたぞ。対策を講じてくれたそうだな」


「はい。引き継ぎ案件にありましたので。感知魔術と、降下補助の術式を。これで今後は、閣下が木に登られる必要はありません」


宰相はしばらく沈黙する。

そして、机に突っ伏すかと思うほど深く、深く頭を下げた。

「……ありがとう。本当に、ありがとう」

「……閣下?」

「二年間……毎月、あの木に登っていたのだ。

王妃に言われるがまま、鳴き続ける猫のために、震える脚で枝を渡っていた……。あの孤独と恐怖が、今日、ようやく終わったのだと思うと……」


「……申し訳ありませんでした。俺がもう少し早く、この事態を想定していれば」

「いや……追放したのは、我々だからな。しかし君は猫一匹のことまで、決して手を抜かずに引き継いでくれた。……君がいた頃の王都がいかに『平穏』だったか、身に染みて理解した」


宰相が顔を上げました。

その目は、少しだけ潤んでいるように見えました。

「君を呼び戻そうと手紙を書いた時、私は自分自身に言い聞かせてた。これは王国の防衛のため、未来のためにと。……だが、心のどこかでは分かっていた。私はただ、君の作ってくれた『当たり前の日常』が、どうしようもなく恋しかったのだと」


「……光栄です、閣下」

「ガイウス殿。君は、もう十分に責任を果たした。……あとは、帰りなさい。君の選んだ、あの豊かな村へ」


「はい。そうさせていただきます」

執務室を出ると、廊下でヴェルダが待っていました。


「あ、終わった?」

「はい。すべて終わりました」

「宰相、なんて言ってた?」


「感謝されましたよ。木に登らなくて済む、と」 「ふふ、やっぱりそれが一番なんだね」

ヴェルダが私の隣に並び、上機嫌で歩き出しました。

「ミミちゃん、また会いに来てもいいかな」

「ミミちゃんが許してくれれば、そうしましょうか。龍に懐く猫など、滅多にいませんし」


「猫が賢いんだよ。誰が本物かわかるからね」

王宮の廊下に、夕方の光が長く差し込んでいる。

長い様で短い引き継ぎが、すべて終わった。


スローライフまであと少し。

順調だ。


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