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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第90話 引き継ぎもあと少し


「……引き続きはこれで全部でしょうか、マルティンさん」


ガイウスが問いかけると、隣に立つマルティンさんは、どこか言い淀むような、

それでいて深い同情を湛えたような複雑な顔をして頷きました。

「いえ、残された重要案件は二つあります。一つは、『王都外周防御結界の魔力効率化』。そしてもう一つは……」


「もう一つは、何でしょうか」

「王妃陛下がお飼いになっているお猫様、ミミちゃんの捜索対策です」


俺はペンを持つ手を止めました。

「……ミミちゃん、ですか?」

「はい、ミミちゃんです」

「猫、ですよね」

「はい、猫です」


「……それが、魔術師団の公式な引き継ぎ案件に入っているのですか?」

「はい、そうなのです」

俺は少しの間、沈黙した。


一国の王都の、それも宮廷魔術師団の引き継ぎ最終案件に「猫の捜索」が入っている。

普通の魔術師なら激昂するか、あるいは冗談だと笑い飛ばすところだ。

だか、俺は農家。

農家にとって、家畜や動物の管理は、畑の土壌改善と同じくらい優先順位が高いものだ。


「詳しく聞かせていただけますか。どちらから手をつけるべきか判断したいので」

「……どちらから、でしょうか」

「ミミちゃんです。防御魔法より先に、その猫のお話を聞かせてください」

「結界の最適化より、猫ですか?」

「はい。猫の方が、生き物としての緊急性が高いと思われます。防御結界は今すぐ崩壊するわけではありませんが、猫の脱走は一分一秒を争うこともありますから」


ヴェルダが横から身を乗り出し、興味津々に目を輝かせました。

「わらわも気になる。猫がなんだって?」


マルティンさんは諦めたように溜息をつき、一つのファイルを差し出しました。

驚いたことに、そこには「猫一匹」のために作られたとは思えないほど分厚い報告書が綴じられていたのです。


「王妃陛下が寵愛してやまない白猫、ミミ。推定四歳、体重三キロ。好物は魚の干物。……ガイウス殿、驚かないでください。これに関する書類だけで二十ページあります」


「猫に、二十ページですか」

「あなたが王都にいらした頃から続く問題なのですが、このミミちゃん月に一度は必ず王宮から脱走するのですよ」


マルティンさんの説明によれば、俺が追放される前、ミミちゃんの捜索指揮を執っていたの俺だったらしい。

(そんなつもりはなかったですが‥)


俺は魔術を使って彼女の行動パターンを解析し、逃走ルートを先回りして確保していたらしい。

そんなことしたつもりはなかったですが。


「ガイウス殿がいなくなってから、捜索は地獄と化しました。誰にもあなたの術式が再現できなかった。……で、代わりに誰が指揮を執っていたと思いますか?」


「……まさか、セルジオ殿でしょうか」

「いいえ。ハーヴェル宰相閣下、ご本人です」

俺は驚いた。

王国最高権力の執政官が、猫を追いかけて走り回っている姿を想像してしまったからだ。


「閣下は二年間、一度も欠かさず、陣頭指揮を執っておられました。ミミちゃんがいなくなるたびに、重い腰を上げ、汗をかきながら王宮中を……」

「それは……閣下のお体が心配ですね」


「ええ。しかもミミちゃんには特技がありまして。王宮中庭の巨木に登るのです。そして、降りられなくなって鳴く。それを聞いた王妃陛下が涙ぐまれ、宰相閣下が自ら木に登って降ろしに行く……が、宰相閣下が来るとサッと降りてしまうというのが毎月の恒例行事でした」


「……宰相閣下が、木に登られるのですか」

「はい‥」


ヴェルダが「宰相、意外と元気なんだね」と感心したように言った。


しかし俺はは笑えなかった。

あの常に冷徹な判断を下すはずのハーヴェル宰相が、木の上で猫を抱いて立ち往生している。


それが俺の不在によって引き起こされた

「実務の空白」だったのだとしたら申し訳ない。


俺が宰相から「相談がある」と手紙をもらった時、少しだけ違和感があったのだ。

辺境の薬草一つで、あそこまで切実な文面になるものだろうか、と。

ですが、今の話を聞いて繋がった。

宰相が俺を呼び戻したかった真の理由は、国境問題や地脈の修復だけではなかったのだ。


「もう、木に登りたくない」

その限界に近い悲鳴が、あの一通の手紙を書かせたのではないだろうか。


王妃の小言と、猫の鳴き声、そして自分の衰えゆく体力。

それらすべてから解放してくれる「唯一の男」を、彼は求めていたのではないでしょうか。


「……王妃陛下からの要望書も届いています。『宰相もそろそろ限界かと思われますので、何卒よろしくお願いいたします』と」


「……宰相閣下には、申し訳なかったですね。猫一匹の対策を怠ったことが、これほどの人災を招くとは思いませんでした」

「猫の件を、そこまで真剣に謝る人間はあなたくらいですよ」


「動物を困らせるのは農家の恥です。ましてや、それが原因でご老体が木に登っているなら尚更ですよ」

俺は即座にスケジュールを組みました。


午前は防御結界の効率化、午後はミミちゃんの恒例脱走に対する「最終的解決」です。

「農家はマルチタスクが基本ですから。薬草を育てながら、土を作り、家畜の世話をする。それと同じことですよ」


まずは「王都外周防御結界」の最適化に取り掛かる。

王都を囲む見えない壁。

それは巨大な魔導装置によって維持されていますが、俺が前に解析したところ、その効率は劣悪な状態だった。


「地脈の修復協定で魔力供給が制限されているのに、古い大出力時代の設計のまま動かしています。これでは、穴の開いたバケツで水を汲んでいるようなものですよ」


「具体的には、どこを直せばいいのですか?」

マルティンさんが筆記具を構える。

「ここと、ここと、ここの三箇所のバイパスです。魔力の流れが完全に詰まっています。これを間引いて、魔力の指向性を変えるだけでいい。……まぁ二時間で終わりますよ」


「二時間!? これは師団の専門チームが三ヶ月かけても結論が出なかった案件ですよ」

「農家は作業時間の見積もりを外すと、その日の収穫が台無しになりますから。正確に出すのは習慣なんです。……よし、始めましょう」


俺は地脈に軽く手を触れ、結界の基幹部分に最小限の干渉を加えました。

魔力の流れがスムーズになり、王都を包む空気が微かに澄んでいきます。

余計な摩擦熱が消え、結界の強度は維持されたまま、消費魔力は三割以上削減されました。


「……本当に二時間で、数値が安定しました。嘘でしょう……」

マルティンさんが呆然と計器を見つめています。

「言った通りですよ。さて、本番は午後からです」

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