第84話 閑話 次の一手
——負けた。
いや負けた、というのは正確ではないかもしれない。
ただ——思っていた通りには、いかなかった。
農家定食の店で向き合って、課税の話を出した。
一応切り札のひとつのつもりだった。
農地を大事にする農家なら、農地への課税を脅しにすれば動く、そう思っていた。
しかしガイウスは魔族の皇太子と話すと冷静に反論してきた。
怒らず、慌てなかった。
農地を守るために俺に従う、という顔もしなかった。
農家と魔族が農地の課税について話し合えば、王国としても簡単には動けなくなる。
わかっていたのか、それとも農家として当然のことを言っただけなのか。
どちらかわからなかった。
それが一番厄介だ。
執務室に戻る。
配下のファレルが待っていた。
「いかがでしたか?」
「農家は動かなかった」
「課税の話を出しても?」
「魔族の皇太子カイン殿と話し合うと言った」
「魔族を巻き込むつもりですか、あの農家は」
「巻き込むというより——共同運営の相手に話すのは当然、という顔をしていた」
「当然、ですか」
「農家として当然のことをしただけ、という顔だった。こちらの意図を読んでいるのか、読んでいないのか——そこがわからなかった」
ファレルが「農家としているだけで、こちらの思惑を全部かわしているということですか」と言った。
「そういうことになる、全く忌々しい」
「あちらは怒りませんでしたか?」
「怒らなかった」
「課税の話を出されても?」
「ああ、農家として冷静に対応していた」
ファレルが「農家に正攻法では攻め口がないということですか‥」と言った。
攻め口がない。
ファレルが言った言葉が、頭に残った。
「そうかもしれない」と俺はいう。
農家という人間について、改めて考えた。
怒らず、欲がない。
権力に興味がない。
名声に興味がない。
農地のことしか考えていない。
農地への課税を脅しにしたら、農地を守るために従わせる筋書きだった。
しかし、農家は農地を守るために魔族と話し合うと言った。
俺に従うのではなく、だ。
ここで魔族が出てくると——農家の論理を崩せない。
「別の角度から考えましょう」とファレルが言った。
「別の角度とは?」
「農家が大事にしているものは、農地だけではないはずです」
「他に何がある?」
「黒龍ヴェルダ殿です」
俺は少し止まった。
「黒龍を、どうするんだ」
「直接どうこうするのではなく——黒龍に話しかけてみる、というのはいかがですか」
「黒龍に?」
「農家が動かないなら、農家の周りから動かす。黒龍は農家と行動を共にしています。黒龍が動けば、農家も動くかもしれない」
「黒龍がこちらの話を聞くと思うか」
「聞かないかもしれない。ただ——農家定食の店での様子を見ていましたが、黒龍は農家のことをかなり気にかけていました。農家が困れば、黒龍は動く。その逆も、あるかもしれない」
俺はしばらく考えた。
「縄張りを正式に認めるという話なら、黒龍も興味を持つかもしれない」
「そうです。龍にとって縄張りは全てです。正式に認められれば——」
「ただ、農家の連れだ。農家と同じように動くかもしれない」
「同じように動くかどうか、確かめるだけでも価値があると思いますが」
俺は窓の外を見た。
王都の夕方が広がっていた。
農家は農家として動く。
農家の周りにいる龍は、どう動くか。
「接触してみろ」と俺は言った。
「わかりました」
「ただ——強引なことはするな」
「はい」
「農家が気づいたら、全部終わりだ」
「わかっています」
ファレルが出ていった。
窓の外を見続けた。
農家は農家として動く。
それがわかった。
わかった上で、まだやれることがあると思っていた。
ただ——農家定食の店での農家の顔が、少し頭に残っていた。
そういう人間を動かすことが、正しいのかどうか。
考えたが答えは出なかった。




