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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第78話 農家の教え

引き継ぎ四日目。

俺は魔術師団の執務室へと向かう廊下で、一人の男と鉢合わせた。


かつて俺の直属の部下だった男、マルティンだ。

「……ガイウス殿」

「久しぶりですが。主任になったと聞きましたよ、マルティン」

「お帰りなさいませ。……本当に、引き継ぎのためだけに戻られたのですか?」

「そうです。仕事を放り出したまま去ったのが、農家として少し気にかかっていましたので」


マルティンは絶句した。かつて「王国の守護者」と呼ばれた男が、今は麦わら帽子が似合いそうな佇まいで、至極真面目に「農家としての責任感」を語っている。


「……ガイウス殿らしいですね。農家になっても、未完の仕事という『雑草』が気になって戻ってこられるなんて」


「引き継ぎ書も置かずに去ったのは、申し訳なかったと思っています」

「追放したのはこちら(宰相)の不手際です。ですが……この二年間、あなたの判断を仰げないもどかしさは、どんな術式よりも難解でしたよ」


マルティンは小さく、けれど重い吐息を漏らした。

「……帰ってきてほしいと言えば、農家のあなたを困らせるだけでしょうが。引き継ぎの間だけでも、あなたの『背中』を見られるのは、我々にとって救いです」


「引き継ぎの間なら、いくらでも判断を仰いで構いませんが」

マルティンは「それで十分です」と言ったが、その瞳には、かつて俺が教えていた頃と同じ、捨てられた子犬のような色が混じっていた。

(そんな事いえないけどね)


執務室には、俺の帰還を待っていた十二人の魔導師たちが整列していた。

「お帰りなさいませ、ガイウス殿!」

「……農家として来ましたが」

俺がそう告げると、彼らは一拍置いて「農家として!歓迎致します!」と復唱した。


各々の表情には、混乱とそれ以上の「何でもいいから救ってくれ」という切実な願いが透けて見える。


俺は椅子に座り、一人ずつ面談を始めた。

「今の課題を。……論理的に、かつ現状の『土壌』に合わせて説明してください」

マルティンが横で記録を取る中、俺は次々と解決策を提示していく。


「その術式の乱れは、魔力の供給過多です。種を蒔きすぎた畑のように、互いの根が干渉し合っている。一度、供給路を間引いてください」

「早い……判断の速度が、以前よりも増している?」

驚くマルティンに、俺は淡々と返した。


「農家は常に、複数の要素を同時に考えます。天気、土の湿度、芽の出具合。それらを並行して処理し、一瞬の好機を逃さない。魔術師団の運営も、似たようなものです」


「農業と魔導師の仕事が……似ている?」

「土台を整え、育て、収穫する。順番は同じです」


「マルティンが少しだけ口角を上げた。どうやら俺の知らないところで、俺の口癖は魔術師団の「統計データ」にされているらしい。


昼過ぎ、ヴェルダが紙袋を抱えて執務室に現れた。

「ガイウス、お昼だよ! 市場でパンとスープを買ってきた」

「……一人で行ったのですか?」

「うん。道を教えてもらいながらね。王都の人間は、少し怖がっていたけど、聞けばちゃんと教えてくれた。わらわ、成長しただろ?」


鼻を高くするヴェルダに、俺は少しだけ驚いた。

「よかったですが。迷いませんでしたか?」

「少しね。でも、お前のいる場所は魔力の匂いでわかるからな」


ヴェルダは満足げにスープの蓋を開けた。 それを見ていたマルティンが、真剣な面持ちでヴェルダに問いかけた。

「……ヴェルダ殿。一つお聞きしたい。あなたは、それほどまでにガイウス殿が……『好き』なのですか?」


ヴェルダはパンを齧りかけのまま、黄金の瞳を瞬かせた。

「……まあ、そうだよ。ガイウスがいれば、大体どこでも悪くないからな」

あっさりと言い切った黒龍の言葉に、執務室が静まり返る。

「……ガイウス殿、今の聞きましたか?」

「聞きましたが。このパンは美味しいですね」


「何か言わないのですか! 嬉しいとか!」

「……内心では、かなり嬉しいですが」

ヴェルダが隣で「内心では、ってやつね。わかってるよ」と笑った。

マルティンは頭を抱えた。

(……農家と黒龍の会話、テンポが独特すぎます。これが……今のガイウス殿の『日常』なのですね)


夕暮れ時。

今日の分の引き継ぎが終わり、最後の書類を閉じた。 十

二人の部下たちは、憑き物が落ちたような顔で帰路につき、執務室には俺とヴェルダ、そしてマルティンだけが残った。


「ガイウス殿。……引き継ぎが終わったら、本当に、帰ってしまうのですか」

「帰ります。エーデル村が、俺の畑ですから」

マルティンは窓の外、夕日に染まる王都の街並みを眺めた。

「……幸せですか、農家は。王都を背負っていた頃よりも」

俺は少し考えた。


「幸せかどうかはわかりませんが。……かなり、悪くないですよ」

「……かなり、悪くない。それがあなたの最高評価でしたね」

マルティンは深く頭を下げた。


「……よかったです。あなたが、あなたなりの居場所を見つけられたのなら。我々も、残されたこの『畑』を何とか守ってみせます」


マルティンが部屋を出ていく背中を見送りながら、ヴェルダがぽつりと呟いた。

「みんな、顔が明るくなったね。お前が来て、よかったんだよ」


「引き継ぎが進んだからですかね」 「それだけじゃない。お前という『杭』が一本打ち込まれただけで、みんな安心したんだ。……わらわが、お前の背中を見て安心するのと同じだよ」

「……そうですか?」

「そうなの!」


執務室に差し込む夕日は、昨日よりも少しだけ低くなった書類の山を、静かに照らしていた。


スローライフは、今日も――元部下たちの心に「農家の教え」を植え付けながら――順調だった。


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