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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第77話 休みをください

引き継ぎ三日目の朝。


宿の窓から差し込む光を浴びながら、ヴェルダが伸びをした。

「……ねえねえガイウス。今日は王都を歩きたい」


「引き継ぎの書類がまだ山積みですが……」

「一日だけ、休みにしてよ。わらわ、一人だと迷子になるし……何より、お前と一緒に歩きたいんだよ」

「そうなんですか?分かりました、セルジオ殿に聞いてみますか」


ヴェルダの要望を携えて魔術師団の本部へ向かうと、セルジオは意外にも、食い気味に「ぜひぜひ休んでください!」と頭を下げてきた。

「問題ないですか。まだ全体の半分も行ってないですよ?」


「……ガイウス殿。あなたは三日間で、常人が二週間かける仕事を終わらせました。今のペースで続けられたら、我々の脳が焼き切れます、廃人になります。今日一日、地脈の淀みが消えるのを待つためにも、どうか休んでください、何卒、なにとぞぉぉ!」


「そうですか。確かに農業も土を休ませる時期は重要ですからね」

「今日が、その『休耕日』です」

セルジオ達の必死な説得に、俺は「わかりました」と頷くしかなかった。


ヴェルダが横から「セルジオ、えらいね。この頑固な農家を説得できるなんて」と笑い、セルジオも「農家は、正論ロジックに弱いと学びました」と、三日前より幾分か晴れやかな顔で返した。


朝の市場は、昨日までの「仕事場」としての王都とは違う顔をしていた。

色とりどりの野菜、焼きたての菓子の匂い、そして人々の活気。

「……ガイウス、あの野菜は何? エーデル村にはない形だね」


「あれは王都近郊で採れる『鐘型パプリカ』です。味は淡白ですが、彩りが良い。……俺は芋の方が好きですが」

「芋? なんで?」

「どこでも育つ。腹に溜まる。保存がきく。農家にとって、これほど信頼できる相手はいません」


「……農家すぎる?理由だね」

呆れるヴェルダの視線が、角の花屋で止まった。

色鮮やかな切り花が並ぶ中、彼女は迷わず、太陽を閉じ込めたような黄色い花を指差した。


「これ。二本下さい!」

「白も綺麗ですがいらないですか?」

「白はもう持ってるから。黄色は、なんだか……今のわらわの気持ちみたいに明るいから。はい、これ、ガイウスの分」


手渡されたのは、細い茎に大輪の黄色を咲かせた花だ。

「……俺が持つのですか?」

「一人で持っていたら、ただの花を持った女の子でしょ。二人で持って歩けば、それは『お揃い』になるんだよ。変?」


「変ではないですが。農家が花を持って歩くのは、収穫時くらいなので」


「そ、そうなのか‥農家は奥が深い」

(そんな事ないと思うけど‥)


結局、俺は黄色い花を一本手に持ち、ヴェルダと並んで歩くことになった。

伝説の魔術師と黒龍が、黄色い花を片手に王都を闊歩する。


その光景に、花屋のおばさんが「仲の良いお二人さんだね、お嬢さんかわいいよ!」と声をかけた。 ヴェルダが「また言われた」と、耳を少し赤くしながらも、花の影で嬉しそうに微笑んだ。


続いて足を運んだのは、街で一番大きな書店だった。 静謐な空気が漂う店内には、革表紙の重厚な本が並んでいる。

「……すごいね、ガイウス。これ、全部文字が書いてあるの?」

「知識の集積地ですから。……ヴェルダ、村のみんなへのお土産を探しませんか」


「お土産! それ、いいな。ええと……エリアにはこれがいい」

ヴェルダが選んだのは、精巧な絵で描かれた『世界全土地図』だった。

「エリアはどこかへ行くのが好きだから。これがあれば、わらわの縄張りの外もよくわかるでしょ」


「そうですね。……マルクには、この『幻獣・珍獣図鑑』はどうですか」

「いいね、アイツ、強そうな動物が好きだもんね」


リナには『王都秘伝・薬草調理法』という専門書を選んだ。

「リナ、これを見たらまた新しいスープを作ってくれるかな」

「……きっと、さらに栄養価の高いものが食卓に並ぶでしょうね」


一通り選び終えたところで、ヴェルダが俺の顔を覗き込んだ。

「ガイウス。お前自身のお土産は? 自分の分も、何か買いなよ」

「俺はいいですよ。農家に必要なものは、エーデル村の土の中にありますから」


ヴェルダは少しだけ寂しそうな、それでいて納得したような顔をした。

それから、本棚の隅から一冊の薄い本を取り出した。

『星辰の運行と夜空の記憶』。天文学の入門書だ。

「……はい。これ、わらわからのプレゼント」


「星の本ですか。……農家として受け取りますが、なぜこれを?」

「わらわ、縄張りにいた千年間、ずっと星を見ていたから。星だけが、わらわを怖がらずにずっと空にいてくれた。……農家も、夜は星を見るんでしょ?」

「ええ。天気を読み、季節の移ろいを知るために」


俺の「農家的な理由」を聞いて、ヴェルダが今日一番の笑顔を見せた。

「なら、理屈は合うね。星を見ていた龍が、星を読む農家に、星の本を贈る。……自然な流れだ」


「……そうですね。ありがとうございます、ヴェルダ」



書店を出る頃には、日は高く昇っていた。 俺の手には、黄色い花と、ヴェルダから贈られた星の本。

それを見つめながら、ヴェルダがぽつりと呟いた。

「ねえねえガイウス王都って、悪くないね」

「そうですね。賑やかで、便利です」


「ううん、そうじゃなくて……。最初は人が多くて、みんな怖そうで、居心地が悪かったけど。ガイウスと一緒に歩いていたら、なんだかここも、わらわの居場所の一部になってもいいかなって思えたんだ」


ヴェルダは俺の隣にぴたりと寄り添い、黄色い花を掲げた。

「ガイウスがいれば、世界はどこでも悪くないのかもしれない」


「……縄張りの方が、静かで良いと思いますが」

「もちろん縄張りが一番。でも、お前がいるなら『外』も二番目くらいに好きだよ」


市場を抜ける際、また花屋のおばさんに「またおいで、かわいいお嬢さん!」と声をかけられた。


「……また言われましたね」

「そういう顔なんだよ、きっと。お前もそう思うだろ?」

「……事実ですから。否定はしません」

「……っ。もう。ガイウスはそういうことをさらっと言うんだから」


ヴェルダの耳は、夕焼けよりも先に赤く染まっていた。


王都の真ん中で、農家として、一人の少女と歩いた一日。 手元にある星の本には、これからの村の夜空が、もっと鮮やかに見える予感があった。


スローライフは、今日も――花と星の知識を抱えながら――順調だった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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