第66話 三者三様の返事
作業場で薬草の選別をしていたガイウスのもとへ、エリアが血相を変えて飛び込んできた。
その後ろには、今にもその場に倒れ込みそうなほど疲れ果てた三名の使いの者が、幽霊のようにふらふらと立っていた。
「ガイウスさん! 王都から返信が束で来ました!」
「そうですか、随分と賑やかですね」
「賑やかどころじゃありません! セルジオさん、宰相ハーヴェル閣下、そして神官長フォルク様……。王国の政、軍、教会のトップ三名から、同時に個別の親書が届くなんて、建国以来の珍事ですよ!」
使いの三人は、互いに顔を見合わせる気力もないようで、ただ「今日中に返事を……」
「死んでも持ち帰れと言われております……」と、うわ言のように繰り返している。
「わかりました。すぐ読みます。……二人とも、冷たい水と椅子を彼らに」
「……ガイウスさんは、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか」
エリアの呆れ声を背に、俺は三通の手紙を手に取った。
隣には、いつの間にかヴェルダが当然のような顔で座り、黄金の瞳を輝かせている。
俺たちは並んで座り、まず一通目、セルジオからの手紙を開いた。
【親愛なるガイウス殿へ】
わかりました、とだけまずはお伝えします。……いえ、わかってはいませんが、認めざるを得ないというのが本音です。
本来は連名で一通にまとめる予定でしたが、宰相閣下は『行政の立場から』、神官長は『信仰の立場から』それぞれ個別に言いたいことがあると譲らず、このような事態になりました。
追伸:黒龍様からの追伸を宰相閣下にお見せしたところ、閣下は静かに眼鏡を外し、『……少し一人にしてくれ』と仰って執務室に籠もられました。
今はもう、元気に(?)されています。
――セルジオ
「わらわの文章、そんなに効いたのか?」
「効いたみたいですね。一人になりたいほどに」
「なぜだ? 黒龍から直筆で『元気だ』と伝えたのだぞ。光栄の至りではないか」
「……その『光栄』の重みで、胃に穴が空くのが人間という生き物なんです」
「人間はよく分からんな」
俺は二通目へ手を伸ばした。
二通目は、王国の国政を司る宰相ハーヴェル閣下からの、事務的だが「圧」の強い書状だった。
【ガイウス・ノア殿へ】
貴殿の報告に基づき、以下の五点について正式な記録を作成したい。詳細な回答を求む。
1. 黒龍ヴェルダとの一騎打ちの経緯と結果
2. 当該黒龍との現在の関係性
3. 跡地開拓の規模、および長期的計画
4. 魔王軍との協定内容(詳細)
5. 収穫物の分配に関する法的根拠
――宰相ハーヴェル
「うわ、堅苦しい。これ、全部答えるの?」
「答えますよ、仕方ありません」
「お、追伸もあるな?何々‥」
追伸:もう勝手に話を進めないでください。胃薬が足りなくなります。
後、王妃の猫がまた木に登ってしまい、困っています。
他にも話したい事色々あるので一度王都に来て下さい、本当に助けて。
前のことは謝ります。
「どうするの?ガイウス」
「開拓が落ち着いたら行きますか‥」
最後の一通。教会の重鎮からのそれは、独特の熱を帯びていた。
【親愛なる神の使い、ガイウス・ノア殿へ】
驚天動地の情報が届いております。
伝説の黒龍を打ち倒すのみならず、あろうことか『従わせている』とのこと。
これはもはや、人知を超えた神の御業、あるいは貴殿が神の代理人である証左ではないでしょうか。
教会として貴殿を『聖騎士』あるいは『神の愛し子』として公式認定すべく、その真偽を確認したい。
――神官長フォルク
「またそれか! ガイウスは農家だろうに」
「そうですね。俺も、そろそろ『農家なので』以外の説得材料が欲しいところです」
「わらわが証明してあげるよ。追伸で、『こいつはただの土いじり好きだ』って書いてあげる」
「それは証明というより、ただの暴露ですが。……まあ、お願いします」
俺は即座に筆を走らせた。使いの三人が倒れる前に、返事を書かねばならない。
【セルジオ殿へ】
宰相閣下と神官長殿にも返事を書きました。 調整、お疲れ様です。 (農家・ガイウス)
【宰相ハーヴェル殿へ】
1. ヴェルダが戦いたいと言うので応じ、勝ちました。
2. 共に開拓を行う協力者です。
3. 南北に長い平地。五年で一帯を農地にします。
4. 収穫の四割を魔族領へ。それだけです。
5. 追記: 現場の判断です。カイン殿と話し、農家として最適だと判断しました。事後報告になりましたが、ご了承ください。 (農家・ガイウス)
【神官長フォルク殿へ】
農家です。
俺は神の使いではありません。
ヴェルダと仲良くなったのは、毎日様子を見に行き、同じ土の上で作業を共にしたからです。神の力ではなく、ただの『根気』です。 (農家・ガイウス)
追伸:黒龍ヴェルダである。
ガイウスは神の使いではない。
神の使いはこんなに毎日泥だらけになって、嬉しそうにクワを振るわないと思うぞ。こいつはただの、熱心すぎる農家だ、分かったな?
書き終えた手紙を封じ、俺はエリアに手渡した。
横から内容を確認した彼女は、遠い目をしていた。
「使いの方々、まだ休んでいますが……」
「今すぐ出発させれば、今日中には王都に着くでしょう。彼らの体力が持てば、ですが」
三人の使いは、手紙を受け取ると「ひぃっ、返事が早すぎる……!」
「休む間もないのか……!」と悲鳴を上げながら、また馬に飛び乗って走り去っていった。
「使いの人たち、本当に大変そうだね」
「そうですね」
「ガイウスの手紙を届けるのと、王都を往復するの、どっちが辛いんだろうね」
「……両方でしょうね」
スローライフは、今日も――王都の要人たちに限界を叩きつけながら――順調だった。
使者たち(勘弁して‥)




