第65話 突然の手紙
騎士団長セルジオに手紙が届いたのは、昼過ぎだった。
差出人を見た。
ガイウス・ノアと書いてあった。
農家と書いてあった。
「……久しぶりだな」と俺は思った。
三週間、何も連絡が来なかった。
黒龍との一騎打ちが決まったと聞いてから、三週間、本当に本当に、何も来なかった。
生きているとは聞いていた。
カインの使いから「農家が勝ったらしい」という信憑性の低そうな情報は届いていた。
ただ、本人からは何も来なかった。
来た、本当にようやく来た。
我慢できず、震える手で封を開けた。
読んだ。
「……」
読み返した。
「……」
三回読んだ。
三回とも、同じことが書いてあった。
(それはそうか)
深呼吸をした。
もう一回読んだ。
「三週間前、黒龍ヴェルダと一騎打ちをして、勝ちました」
勝った、これはまぁ良いとしよう。
「一週間前から、黒龍との戦いで生まれた跡地を開拓しています」
‥開拓?
「魔族のカイン殿たちも参加しています」
‥魔王軍と共同で?
「収穫の四割を魔族領に回す予定です」
‥農業協定?
「報告が遅れたことをお詫びします」
‥三週間遅れで?
「農家として元気にしています。薬草畑も順調です」
‥薬草畑?ナニソレ。
追伸がもう一つあった。
『ヴェルダです。ガイウスは元気です。わらわが毎日確認しているので大丈夫です。』
ヴェルダ‥黒龍の名前らしい。
つまり黒龍から追伸が来たという事だ。
俺は手紙を机の上に置いた。
そして椅子の背にもたれた。
天井を見た。
「……そうか‥もういいや宰相に投げよう」
それだけ言った。
立ち上がった。
宰相ハーヴェル・クロス閣下の執務室に向かった。
扉をノックした。
「入れ」と言う声がした。
入った。
「なんだ、セルジオ。顔色が悪いぞ」と宰相が言った。
「閣下、手紙が来ました」
「誰からだ」
「ガイウス・ノアからです」
宰相が少し止まった。
「……農家か」
「農家です」
「‥それで何が書いてあった?」
「三週間前に黒龍と一騎打ちをして勝ったと書いてありました」
「おお!そうか勝ったか」
「はい、勝ったそうです」
宰相は前のめりに聞く。
「話はそれだけか?」
「実は一週間前から跡地を開拓していて、魔王軍と共同で農業協定を結んだと書いてありました」
宰相が「農業協定?」と繰り返した。
「そうです」
「魔王軍と?」
「そうです」
「農家が?」
「農家がです」
宰相がしばらく黙り、机の上の書類を見た。
(えーっと‥)
窓の外を見た後、セルジオを見た。
「他にはあったか?」
「二つありました」
「二つか。何が書いてあった?」
「一つ目は農家として元気にしていて薬草畑が順調だと書いてありました」
(や、薬草畑‥?)
「ふ、二つ目は?」
「黒龍からでした」
宰相が「こ、黒龍から」と繰り返した。
「厄災の黒龍はヴェルダという名前で、ガイウスは元気で毎日確認しているので大丈夫と書いてありました」
宰相がしばらく動かなかった。
「……セルジオ」
「はい」
「今日は早く帰っていい、仕事は明日に回そう」
「はい」
「私も少し、一人になりたい」
「わかりました」
「後ドアを閉めていけ」
「閉めます」
俺は扉を閉めた。
廊下に出た。
扉の向こうで、宰相が深いため息と机を蹴る音がした。
廊下を歩いていたら、ロスベルク侯爵と鉢合わせた。
「セルジオ殿、顔色が悪いですね」と言った。
「ガイウスから手紙が来ました」
ロスベルクが「今回は何ですか」と聞いた。
「黒龍との一騎打ちに勝ったという報告です」
「それは——おめでとうと言えばいいですか」
「それが、三週間遅れの報告なんですが」
「三週間」
「そうです。それと、跡地を魔王軍と共同で開拓しているそうです」
ロスベルクが少し間を置いた。
「……セルジオ殿、聞かなかったことにします」
「それが賢明です‥」
((はぁ‥))
「ああ、そういえば宰相閣下は?予算について話をしたかったのですが」
「それが執務室で一人になりたいとおっしゃっていました」
「そうですか。では私も少し、一人で考えます」
「そうしてください」
ロスベルクが「ガイウスに先を越され続けていますね、王国が」と言った。
「勝手に進められても困りますけどね‥」
ロスベルクがため息をついた。
「とりあえず返事を書かなければなりませんね」
「何を書きますか」
俺は少し考えた。
「……わかりました、とだけ書こうと思います」
「それだけですか」
「それだけです。ガイウスはそういう人なので、俺もそういう返事にします」
執務室に戻り、椅子に座った。
紙を一枚用意して筆を持って書いた。
『ガイウス殿、わかりました。
追伸:黒龍から手紙が来るとは思っていませんでした。あと宰相から連絡が行くと思いますのでよろしくお願いします。
セルジオ』
更に追伸を書こうとして、やめた。
書きたいことは色々あった。
なぜ三週間も報告しなかったのか。
一騎打ちの前に一言なかったのか。
黒龍と追伸を書き合う間柄になったのはいつからか、などなど。
だが全部書くのはやめて、封をした。
窓の外を見た。
王都の空は、今日も晴れていた。
それで——十分だった。
十分なんだと思うことにした。
疲れた顔で、俺は茶を飲んだ




