第37話 違和感と、近づく脅威
朝、四人で北東の森に入った。
レオ、カナ、アルト、それと俺だ。
出発前、リナが村の入り口まで見送りに来た。
何も言わなかったが少し心配そうな顔をしていた。
俺も何も言わなかった。
今日中に戻ると約束して、歩き出した。
最初の一時間は、特に何もなかった。
鳥が鳴いていて、風が葉を揺らしていた。
木漏れ日が地面に模様を作っていた。
いつもの森だった。
ただ——しばらく入った頃、何かが変わった。
最初に気づいたのはカナだった。
足を止めて、少し上を見た。
それだけで、全員が止まった。
静かすぎる、音が全くなかった。
さっきまで賑やかだった鳥の声が、どこかで途切れていた。
風はある。葉も揺れている。
なのに、生き物の気配がない。
木々は特に変化もなく、地面も気にならない、
何も変わっていないのに、それが逆に違和感となっていた。
そういう場所に、俺たちは踏み込んでいた。
アルトが目を閉じる。
測量魔術を展開した様子だった。
青白い光が、彼の周囲にうっすら広がった。
数秒、誰も動かなかった。
アルトが目を開ける。
顔が少し青かった。
北東、十二キロ先に何かの魔力の発生源がある。
測量魔術の力量超えていると、アルトは言った。
通常、五十キロ先まで感知できるはずの魔術が、十二キロで飽和している。
そのの意味を、しばらく頭の中で考えた。
(感知できないほどの魔力?)
「‥‥」
誰も何も言わなかった。
風が吹いた。葉が揺れた。
それ以外音がなかった。
さらに進む。
更に奥へ入ると、龍の痕跡が増え始めた。
爪の跡が、木の幹に深く刻まれていた。
燃やされた木が、黒く焦げたまま立っていた。 地面が踏み荒らされて、草が無くなっていた。
痕跡は複数だった。丁寧に確認していくと、少なくとも四種類の龍がここを通っていたことが分かる。
大きさも、爪の形も、それぞれ違う。
縄張りを争っているはずの連中が、同じ方向に、同じ速さで移動していた。
全員、“南“に向かっていた。
それに食事の跡がなかった。
龍が食事を取らずに移動するとき、それは本能が理性を上回っているときだ。
縄張りも食欲も関係ない。
ただ逃げることだけが残る。
何年もここで生きてきた連中が、そこまでの事をするとは考えられなかった。
アルトが周囲を見回した。
静かな森だった。今は何もいない。
ただついこの前まで、ここには生き物の気配があったはずだ。
それが全部なくなっていた。
更に奥へ進むと開けた場所に出た。
足が止まる。
かつて草原だったらしい場所が、跡形もなく変わっていた。
地面が抉れていた。直径五メートルほどの窪みが、等間隔に並んでいた。
木が根元から薙ぎ倒されていた。
折れたのではない。根ごと抜けていた。
戦いの跡ではなかった。
何かが歩いた跡だった。
ただ歩いただけで、地面がそうなっていた。
レオがしゃがんで、窪みの縁を触った。
しばらく何も言わなかった。手が少し震えているように見えた。
ガイウスは空を見ていた。
(これは‥?)
風が吹いた。
草原だった場所に、草がなかった。
乾いた土が、静かに風に流されていた。
帰り道は、誰も喋らなかった。
来たときより足が速かった。
意識してそうしているわけではなかった。ただ自然に、全員の歩みが速くなっていた。
森を抜けると、夕焼けが広がる。
橙色の光が、村の輪郭を柔らかく染めていた。食堂の煙突から煙が出ていた。
リナの母が夕飯を作っているのだろう。
グラントのエールの仕込みの音が、遠くからかすかに聞こえた気がした。
アルトが小さく息を吐いた。
緊張が解けた音だった。
レオとカナも、ほぼ同時に肩の力が落ちた。
俺もそうだったかもしれない。
あの足跡を見た後では、村の灯りが違う重みを持っていた。
当たり前にあるものが、当たり前ではないとわかったときの重みだ。
リナが村の入り口に立っていた。
夕焼けの中で、こちらを見ていた。
全員が無事で帰ってきたのを確認して、少しだけ表情が緩んだ。
その顔を見て、俺は今日の約束を守れたと思った。
夕飯を食べながら、今日見てきたものを話した。
足跡の大きさを話すとき、リナは途中から黙った。何も言わなかった。
ただ、話を聞きながら手元のカップを両手で包んでいた。
話し終えた後もしばらく、誰も喋らなかった。
食堂の外で、夜風が吹いていた。
北の空を見ると、山の稜線がある。その向こうに、今夜も何かがいる。
ゴードンが「明日、俺が知っていることを話す」と言った。
それだけ言って、自分の部屋に戻る。
老人の背中が、いつもより少し辛そうに見えた。




