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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第34話 エリアの手作り地図

翌朝。

エリアが目を輝かせながら、作業場に飛び込んできた。 その手には、震えるような線で描かれた一枚の紙。


「ガイウスさん、見てください!」

「なんですか」

「昨日の観光客の方にこの地図を渡したら、すごく喜んでくれたんです!」


「……そうですか。それは重畳ですね」


「それで、今朝また別の観光客の方が来て、地図をくれないかって言うんです」

「そうですか」


「だから十枚くらい描いて渡したら——」

エリアが少し興奮した顔をしていた。

「お金を払おうとしてくれて、これ受け取ってもいいんでしょうか?」


「エリアが苦労して描いたものですからね。対価を受け取るのは当然です」

「売ります! 私、地図を売ります!」

エリアは鼻息荒く飛び出していった。


入れ違いに入ってきたリナが、その背中を不安げに見送る。

「……ねえ、エリアさんの地図、歪んでたよね、それに宿屋と食堂が逆になってなかった?」

「井戸も少し北にずれていましたね」

「大丈夫なのかな、あれ」

「さあ?」


三日後。

不安は的中し、エリアの地図は村中に広まっていた。

観光客は皆、その「歪んだ地図」を手に村を彷徨っている。


「エリアさん。正直に言うけど、この地図、めちゃくちゃだよ」

リナが呆れたように指摘すると、エリアは自信満々に胸を張った。


「わかっています。修正しようとしたんですが、どこが歪んでいるのか、自分でもわからなくなってしまって」

「描いた本人が迷子なの……?」


「方向音痴ですから。でも、評判はいいんですよ。『手描きの温かみがある』『味がある』『冒険心をくすぐる』と言ってもらえました」


リナがため息をついた。

「食堂と宿屋が逆になっているよ‥」


「あ、逆になってる!」

「あと井戸の位置が少し北にずれています」

「ホントだ‥」


りなが視線を向ける。

「ガイウスさんこれ、いいの?」

「エリアの地図なので」

「でも歪んでるよ」


「観光客が喜んでいるなら」

「迷子が出ない?」

「出ています」とエリアが言った。

「出てるじゃん!」


「おかげで、地図通りに行けなかった方々が村の奥地まで入り込み、隠れた絶景ポイントを発見したと喜んでいまして」

「開き直ったわね……」


そこへ、長老のゴードンが苦虫を噛み潰したような顔で現れた。

「エリア……それはいいが、わしの畑まで『隠れた絶景』扱いで踏み荒らすのはやめろ。腰が浮くだろうが」

「すみません! 次の版では、ゴードンさんの畑に『地雷原』と書いておきます!」

「余計なことを書くな!」


「‥エリアさん、次の版では畑に入らないように書いてください」

「分かりました、書きます」とエリアが言った。


「次の版があるんですね」とリナが言った。

「現在、三版目を作っています」

「何版まで作るの」

「迷子がゼロになるまで」


「その前に正確な地図を作ってほしい」

「正確に作ろうとしているんですが」

「なんで正確にならないの」

「方向音痴なので」

「それが根本的な問題だって言ってるんだよ!」


四版目が出た頃。

観光客が「エーデル村の手描き地図」を目当てに来るようになっていた。


「地図を買いに来たんですが」と言う客が一日に三人来た。

エリアが「需要があります」と嬉しそうに言った。

「需要があるのはいいですが」とリナが言った。

「なんですか」


「五版目は正確にしてよ」

「頑張ります」

「頑張りますじゃなくて」

「努力します」

「努力しますでもなくて」


「あの、俺が修正しましょうか」

横からおずおずと手を挙げたのは、新入りのアルトだった。


「測量魔術が少し使えます。正確な距離と位置関係を出せますが」

リナが椅子から転げ落ちそうになった。

「それ! なんで最初から言わないの!」

「……言う機会がなかったので」


アルトの測量術とエリアの執念が合わさり、ついに『第5版:完全版地図』が完成した。

宿屋は宿屋の場所に、井戸は井戸の場所にある。

極めて数学的に正しい地図だ。

ところが。

翌日、観光客から苦情(?)が届いた。


「前の『味がある地図』はないのか? 新しいのは正確すぎて、ただの資料だ。旅の記念にならない」

エリアは衝撃を受けていた。

「……正確にしたのに」

「正確すぎる地図よりも、あの『どこに連れて行かれるか、わからないワクワク感』がいいんだって」


リナが「どうするの」と聞いた。


「……わかりました。第6版を作ります」

エリアの目に、職人の火が灯った。

「測量魔術で正確な下地を作り、その上から私の『手描きの温かみ(歪み)』を、意図的に加えます!」


「なにそれ、一番難しくない……?」

アルトが隣で「どこを歪ませますか?」

と真剣にサポートし、エリアが「ここらへんに、なんとなく宿屋があるような雰囲気を出します!」と筆を走らせる。

もはや地図作りというより、創作の領域だった。


完成した第6版は、正確でありながら、どこか幻想的な温かみに満ちていた。

観光客は「これだ!」と絶賛し、村の至る所で地図を掲げる姿が見られるようになった。


「……なんだかんだで、アルトくん、馴染んでるわね」

薪割りの合間にエリアを手伝うアルトを見ながら、リナが笑った。

「そうですね。弟子ではないですが、立派な戦力です」


「ガイウスさん、結局断りきれなかった自分の甘さを認めたら?」


「……ノーコメントです」

グラントが無言で運んできたエールを、全員で囲む。

かつては静かだった村が、今は賑やかな活気に満ちている。

「ガイウスさんが来てから、毎日退屈しないわ」


「俺は、もう少し退屈なほうが好みなんですが」 「嘘おっしゃい。目が楽しそうだよ」


「ガイウスさん」とリナが言った。

「なんですか」

「エーデル村って、いつの間にか観光地になってたね」


「そうみたいですね」

「最初は誰も来ない村だったのに」

「ゴードンさんがそう言っていましたね」

「今は毎日誰か来てる」


「賑やかになりましたね」

リナが空を見た。

「ガイウスさんが来てから、ずっと何かが起きてるよ」

「いや、面倒なことが多くて」


「でも、全部なんとかなってるじゃん」

俺は少し考えた。

「まあ——そうですね」

「なんとかなるもんだね」

「なんとかなりますよ」


リナが笑った。

スローライフは、今日も——順調だった。


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