第33話 いつもの日常のはずが
朝。
畑の薬草たちに、水を均等に霧状にして撒いていた。
最高級のポーションを作るには、この繊細な作業が欠かせない、これがちょっとしたこだわりだ。
「ガイウスさーん! 大変、来客よ!」
リナが、砂埃を上げて走ってきた。
その背後の広場が、何やら騒がしい。
「……何事ですか。水やりの最中なのですが」
「水やりどころじゃないわよ! 広場に、得体の知れない人たちが十五人も集まってる!」
「十五人? 村の観光にしては多いですね。どなたですか」
「それが、全員バラバラで……。冒険者が五人に、観光客が四人、弟子入り志願の若者が三人、それから貴族っぽいのが二人。あと……」
「あと?」
「『神の使い』を自称する、白い旗を持った人が一人」
俺は一度手を止め、広場の方向を、薄い目で眺めた。
「……旗持ちは、一体何をしに?」
「聞いたら『神託により、生ける伝説を拝みに参った』って。ガイウスさんのことよね、それ」
俺はため息を一つ吐き、ジョウロを置かずに作業を続けた。
「リナさん、対応を任せてもいいですか。薬草が水を待っているので」
「私に押し付けないでよ! ……はぁもう、わかったわ。どう伝えればいいの?」
「冒険者は組合へ、観光客は村の掟を守るなら自由。弟子志願は即座に追い返す、貴族は用件を聞き、神の使いには……『私はただの農家です』とだけ伝えてください」
「それだけ!? ……わかったわよ、やってみるけど失敗してもしらないわよ」
リナが不機嫌そうに、だが責任感からか足早に広場へ戻っていった。
一時間後。
「……死ぬかと思った‥」
戻ってきたリナは、魂が半分抜けたような顔をしていた。
「どうでしたか」
「冒険者は追い出したわ。観光客は村をブラブラとしてる。弟子志願のうち二人は諦めたけど、一人が居座っているわ。貴族たちは『直接会うまで動かない』って高級な椅子を持ち出して座り込んでるし……」
「神の使いは?」
「『農家とおっしゃった?なんと、なんと謙虚な!』って、広場で拝み始めてるわ」
「……謙虚ではなく、事実なのですが」
「直接本人に言ってきて! あと、貴族も! もう私じゃ無理!」
宿屋の娘をこれ以上疲れさせるのも、後でゴードンさんに怒られそうだ。
俺は観念して腰を上げた。
「わかりました、行きましょう」
広場に向かうと、そこはカオスだった。
「ガイウス・ノア殿!」
ケリー伯爵と名乗った貴族が、俺を見るなり立ち上がった。
「和平交渉の英雄に、是非とも我が王国の顧問として——」
「私は農家なので」
「はい?」
「農家なので、農繁期は動けません。どうぞお引き取りを」
「……え、いや、報酬は金貨五百枚……」
「農家なので金貨より、天候と土壌のほうが重要です」
「私たちは諦めませんぞ!」
と捨て台詞を残して貴族は帰っていく。
次に「神の使い」を自称する男に向かう。
「生命の象徴、ガイウス様! 農家とは、万物の母なる大地を司る——」
「売るために育てています。生命の象徴ではなく、商売道具ですよ、私は農家ですからね、私は神でも何でも無い、“農家“です、他を当たってください」
「……商売……? なんと……なんと現実的な……」
男は「理想と違う」という顔で、フラフラと村を出ていった。
最後に残ったのは、弟子志願の青年だ。
アルトと言うらしい。
彼は王都の魔術師団にいたらしいが、組織の腐敗に嫌気がさして出奔したのだという。
「弟子は取りません」
「はい、承知しています」
「承知しているなら、なぜ帰らないのですか」
「帰りたくないからです」
清々しいほどの拒絶無視だ。
「……困りましたね」
「すみません。でも、ここにいたいんです」
俺が眉間を押さえていると、いつの間にか復活したリナが、アルトの背中を叩いた。
「アルトくん、お腹空いてるでしょ。とりあえず食堂に来なさい。話はそれからよ」
「あ、はい……」
「……リナさん、勝手にお母さん属性を発揮しないでください」
「お腹が空いてると、人間はろくなことを考えないの。ガイウスさんもそうだったでしょ」
俺がこの村に来た当初のことを持ち出され、何も言えなくなった。
夕暮れ時。
「ガイウスさん、これ、見てください!」
エリアが誇らしげに一枚の紙を持ってきた。
「観光客が増えたので、村の案内図を作ったんです。……私、迷う人の気持ちは誰よりもわかりますから!」
「エリアが、地図を?」
「はい!」
「……方向音痴の、エリアが?」
「迷わないように、一生懸命描きました!」
広げられた地図を見ると、村の道が迷路のようにのたくっており、宿屋の場所がなぜか森の中にあった。
「……エリア、この村はこんなに歪んでいません」
「えっ!? そんなはずは……おかしいな、描いているうちに道が動いたような気が……」
「それはエリアさんの平衡感覚の問題です」
リナのツッコミが響く。
広場の向こうでは、新入りのアルトがゴードンさんに捕まり、慣れない手つきで薪割りをさせられていた。
「いいか若造、魔術を練るより、腰を入れて斧を振れ!」
「は、はい、ゴードン師匠!」
「師匠と呼ぶな!」
グラントが無言で、重労働に励む一同へエールを運んでくる。
かつては静かだった村に、笑い声と薪を割る音が重なり合う。
「……ガイウスさん、結局断れなかったね、あの弟子」
リナが俺の隣に座り、夕焼けを見上げた。
「リナさんが、勝手にご飯を食べさせるからです」
「だって、寂しそうな顔してたんだもん。ガイウスさんが村に来た時みたいに」
リナがクスクスと笑う。
「賑やかになったね。スローライフからは、どんどん遠ざかってる気がするけど」
俺は、“少しだけ“歪んだエリアの地図と、一生懸命に薪を割る魔術師を眺めた。
「……明日も、また新しい客が来そうですね、憂鬱です‥」
「次は誰かな。魔王様が飲み仲間を連れてきたりして」
「それは勘弁してください、色々大変ですし」
俺はエールを一口飲んだ。
やることは増えたが、薬草は今日も元気に育っている。
スローライフは、今日も人が増えすぎて収拾がつかなくなってきたが概ね、順調だ。




