第31話 魔王襲来(エールを飲みに)
カインたちが北へ帰った翌朝。
俺はエリアを作業場に呼び、一枚の古い地図を広げた。
「エリア、地脈の調査をお願いしたい。……北の土地が死んでいる原因を探る」
「地脈、ですか」
「カインの話では二十年前から異変が起きている。……おそらく、王国側の『魔術開発』が原因だ」
俺の言葉に、エリアが眼鏡の奥の瞳を鋭くさせた。
もしこれが証明できれば、和平交渉のパワーバランスは一気にこちらへ傾く。
王国側に「加害者」としての責任を突きつけられるからだ。
「……王都にいた頃、不自然に握り潰された報告書を何度も見てきました。調査をお願いできますか」
「任せてください。……ガイウスさんの頼みなら、世界の果てまで調べてきますよ」
三日後。エリアは泥だらけの靴で、だが誇らしげに調査結果を持ってきた。
なぜか地図は一枚しか持っていない。
「……また迷いましたか?」
「いえ、地図を一枚に絞ったら、反比例して迷う回数が減ったんです! 画期的な発見です!」
「それはよかった。……で、結果は?」
エリアが広げた羊皮紙には、歪にねじ曲がった龍脈の流れが記されていた。
「……ビンゴです。二十年前に建設された『王立魔術研究所』が、地脈の流れを南へ強引に曲げ、動力を盗んでいます。そのせいで、北の魔族領への供給が絶たれた」
「確信犯ですね。……よし、王都の文書庫(ゴミ捨て場)を漁りに行きましょう」
「留守番をお願いします、リナさん。あなたがいないと、この村は落ち着かないので」
「……へ?」
王都へ発つ直前、俺がそう告げると、リナが耳まで真っ赤にして固まった。
「今、さらっとすごいこと言った……?」
「事実です。……二日で戻りますよ」
二日後。
俺とエリアは、王都の腐敗の証拠——二十年分の「隠蔽された報告書」の写しを携えて。
それにロスベルク侯爵とセルジオにも根回しは済ませてある。
王都から戻ったのは、夕暮れ時だった。
エリアと二人、村の入り口に馬を止めると、いつもとは違う異様な活気が伝わってきた。
「……ただいま、と言いたいところですが。エリア、何か聞こえませんか?」
「賑やかですね。広場のほうから、まるで祭りのような声が……」
俺たちは顔を見合わせ、広場へ向かった。
そこには、目を疑う光景があった。
無口なグラントが、見たこともないスピードでエールを注いでいる。
リナの母親が、山盛りの料理を次々と運んでいる。 そしてテーブルの特等席には——。
黒いローブを纏った、端整だが圧倒的な覇気を放つ男が座っていた。
確信した。
魔王、ヴァルド・グリム。
魔王という存在が、今、村の長老ゴードンの「若い頃のナンパ話」に身を乗り出して聞き入っている。
「……エリア」
「はい、ガイウスさん」
「あの人、きっと魔王様ですよね」
「ですね。なぜ、ゴードンさんの武勇伝(自称)に感銘を受けているんでしょうか」
「エールが旨すぎて、判断力が鈍っているのかもしれません」
エリアが深く溜息を吐いた。
「……この村にいると、常識という概念が砂のように崩れていくのがわかります」
「あ! ガイウスさん、おかえり!」 リナがこちらに気づいて走ってきた。
「リナさん。……いつから、あの方はあそこに?」
「お昼過ぎくらいかな。護衛の人が『魔王だ』って言うから、とりあえずお茶出したんだけど、グラントさんのエールを一口飲んだらああなっちゃって」
魔王相手に「とりあえずお茶」で済ませるリナの胆力。
やはりこの村で一番恐ろしいのは彼女かもしれない。
ヴァルドが俺に気づき、静かに立ち上がった。 一瞬で広場の空気が張り詰める。
護衛の兵士たちが身構えたが、ヴァルドはそれを手で制して歩み寄ってきた。
「ガイウス・ノアか」
「はじめまして、ヴァルド陛下」
「陛下はやめてくれ。ヴァルドでいい」
「またこのパターンか」とリナが小声で呟く。
「親子ですからね」と俺も返す。
ヴァルドは俺の前に立つと、意外にも穏やかな目で俺を見た。
「あいつ……カインが信じた理由が、少しわかった気がする。……で、例の記録は見せてもらえるか?」
エリアが差し出した羊皮紙の束を、ヴァルドは無言で読み進めた。
「……二十年前から、王国はこれを知っていたのか」
「はい。報告書は組織的に握り潰されていました」
ヴァルドが資料を置いた。その瞳に、一瞬だけ魔王としての鋭い光が宿る。
「……これだけあれば、言葉の代わりに剣を抜く必要はなくなるな。ガイウス、場を作ってくれ俺も正式な場に出る」
「ありがとうございます。……面倒な争いは、早めに終わらせましょう」
「……お前、本当にめんどくさがりだな」
ヴァルドがふっと笑った。
「カインに聞いた通りだ。正直で、嘘をつかない。あいつが人間をこれほど高く評価するのは珍しいことだぞ」
「カイン殿下は、いい皇太子ですよ。……自分の間違いを認められる人は、強い」
ヴァルドは少しだけ驚いたような顔をして、それから嬉しそうに目を細めた。
「……そうか。そうだな」
「ヴァルドさん! 話の続きは!?」
ゴードンが酔っ払った声で呼びかける。
「今行く。……グラント、次の一杯を頼む」
魔王はそう言って、再び宴の輪に戻っていった。
ミラが「陛下、そろそろ品位というものを……」と泣きそうな顔をしているが、ヴァルドは既に五杯目のエールを煽っている。
「ガイウスさんと魔王様って、なんか似てますよね」
隣でリナが、焚き火の光に照らされて笑った。 「そうですか?」
「うん、目が素直」
「……リナさん、俺は農家ですよ」
「わかってるって。……おかえり、ガイウスさん」 「ただいま」
夜風に乗って、魔王の笑い声とグラントがジョッキを置く音が聞こえてくる。
スローライフは、今日も——魔王が居座っていても——概ね順調だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
続きが気になる方はブックマークを面白いと思った方は評価お願いします!
(両方大歓迎です!)




