第30話 戦いの後
翌朝。
エーデル村の広場には、異様な光景が広がっていた。
朝日を浴びて鈍く光る漆黒の鎧——総勢三十名を超える魔王軍の兵士たちが、行儀よく列を作っている。
「……はい、次の方。熱いから気をつけてな」
その先では、無口な酒場主のグラントが、一人ひとりに温かいスープとパンを配っていた。
魔族の兵士たちが「かたじけない」「……旨そうだ」と小声で礼を言いながら受け取っていく。
「旨いな」 列の先頭でスープをすすっていた皇太子カインが、短く漏らした。
グラントは無言で、だがどこか満足げに一つ頷く。
「殿下、魔族の皇太子ともあろうお方が、人間の村で朝食など……」
側近のベルグが苦言を呈したが、カインは一瞥もせず切り捨てた。
「うるさい。空腹に種族は関係ない」
その頃、俺は自宅の畑で、いつも通り『水やり』に励んでいた。
「ガイウスさん! あれは何ですか?!」 そう言って駆け込んできたレオ。
「そうですか? これくらいの水量なら特に問題は無さそうですが‥」
「水やりの話じゃない! 魔王軍が仲良く朝ごはん食べてるんですよ!」
「ああ、その話なら後で聞きます。今は薬草が水を欲しがっているので」
「今それどころじゃ——!」
「レオさん。魔王軍は待ってくれますが、薬草は待ってくれないんです」
「……この人、本当に何があっても畑なんだなぁ」
レオが呆れ果てた溜息を吐いた、その時だった。
「着いた——えぇぇえええ!?」
村の入り口。
荷物を抱えて戻ってきたリナが、叫び声と共に荷物を落とした。
そりゃそうだ。三日ぶりに帰宅したら、自分の村が黒塗りの軍団に占拠(?)されているのだから。
「あ、リナさん。おかえりなさい」 俺が声をかけると、彼女は三秒ほど硬直し、俺の襟元を掴んで揺さぶった。
「ただいま! じゃなくて! あれ、何!? 誰!?」
「ゆ、ゆさぶらない、で‥」
「あ、ごめんごめん」
——
「魔王軍で昨日から来ています」
「いや、なんでさ!? 私がいない数日の間に何がどうなったらそうなるの!?」
俺はこれまでの経緯を、ごく簡潔に説明した。
「村を守ったらこうなりました」
「……なるほど、さっぱり分からないわ」
リナが深呼吸して天を仰いだ時、広場からカインが歩いてきた。
黒いマントを翻すその姿は、隠しきれない威厳に満ちている。
「ガイウス、今いいか」
「ええ。こちら、宿屋のリナさんです」
紹介すると、カインがリナの前に立った。
鋭い眼光に、リナが身構える。 だが。
「……お前の村を狙ったのは、俺の部下だ。悪かった」
魔族の皇太子が、人間の村娘に深く頭を下げた。
リナは「え、ちょっと待って。え?」とパニックに陥る。
「カインさん……でしたっけ。魔王軍の皇太子が私に謝らないでください、心臓に悪いから!」
「謝罪は必要なことだ。……それと、ガイウス。和平交渉の件、感謝している」
「俺は仲介するだけですから」
リナは、俺とカインを交互に五回ほど見てから、観念したように息を吐いた。
「……わかった。全部飲み込む。それで、交渉って具体的に何をするの?」
「魔族の領地の地脈異常の調査と、王国との正式な和平ルートの開拓です」
「……一日でそこまで話を進めたの? ガイウスさん、本当に何者?」
「ただの農家ですよ」
リナが「いや、絶対違う」と即座にツッコんだ。
「っと、そうだカインさん、夕飯食べてく?」
「……三十人以上いるが大丈夫か?」
「大丈夫!多いほうがお母さんが張り切るから」
夕方。
リナの母親が張り切り、村の広場に特設のテーブルが並べられた。
三十人以上の魔族と、村人たちが同じ卓を囲む。
リナの母親が作るシチューや肉の串焼きが、次々と魔族の胃袋に消えていった。
「殿下、一つよろしいですか。……この串焼き、異常に旨いですな」 さっきまで渋い顔をしていた側近のベルグが、既に四本目の串を手にしていた。
「怖い顔してバクバク食べてるの、なんか面白いね」 リナが俺の隣でクスクスと笑う。
「ガイウス、改めて頼む」 カインがグラントの注いだエールを飲み干し、真剣な目で俺を見た。
「和平のテーブル、本当に作れるのか」
「やってみないと分かりませんが、王都の資料を突きつければ、彼らも無視はできないでしょう。最悪、力ずくで座らせます」
「……お前が言うと冗談に聞こえないな」 カインが小さく笑った。
空には満天の星が広がっている。
魔族と人間が同じ飯を食い、同じ酒を飲む。 かつての戦場ではあり得なかった光景が、ここエーデル村にはあった。
「ガイウスさん、帰ってきてよかった。……おかえり」
「ただいま」
スローライフは、今日も順調だった。
……まあ、数日後には「エールを飲みたい」という理由で魔王本人が来るらしいが、それはまた別の話だ。




