第29話 カインとの決闘
カインが長剣を抜いた。 細身の黒い刃だ。
魔力が、刃に沿って走っている。
魔力付与の剣だ。 それも、相当な練度の。
俺は赤い魔石を握った。
「来ていいですよ」
「では、遠慮なく」
カインが——消えた。
速い。 二足歩行の速さじゃない。
「……っ」
右。 来る。
俺は一歩左に動いた。
刃が空気を切った。 遅れて風圧が来た。
(速いな、予想より、二段階は上だ)
カインが地面を蹴った。 また消えた。
今度は上。刃が落ちてくる。
縦に全体重を乗せた一撃。
「《障壁》」
火花が散った。 衝撃が来た。
腕が、少し重い。
(……本物だ油断できない)
カインが着地した。 間合いを取った。
息が、少し上がっている。
ただ、目が全く揺れていない。
「障壁か」
「はい、破るのは難しいと思いますが」
「はっ、抜かせ」
カインが剣を両手で持ち直した。
魔力が、倍になった。
刃が——白く光り始めた。
《魔力解放》だ。
魔族の上位術式。 魔力を一点に凝縮して、爆発的な斬撃を生む。
「《解放・黒刃》」
光が走った。
遅れて轟音。
地面が割れた。 土煙が上がった。
街道が、一直線に抉れた。
俺は——横に出ていた。
紙一重だった。
「……避けたか」
「これくらいは、ね」
嘘だ。 余裕があったわけじゃない。
カインが目を細めた。
「今、貴様本気じゃなかっただろ」
「そこそこ本気でした」
「嘘をつくな」
「……では、少し本気を出します」
「そうしてくれ」
「後悔しないでくださいね」
「しない」
俺は魔石を持ち替えた。
赤から、黒へ。
カインが息を飲む音がした。
黒い魔石は、重力術式の核だ。
「《重力加速》」
発動。 俺の体が、前に引かれた。
速さが——変わった。
地を蹴る。
一瞬で間合いがゼロになる。
カインが反応した、剣を横に薙ぐ。
速い、流石は魔族、人間離れした反射だ。
ただ——俺はその剣の下を、滑り込んだ。
低い。 地面すれすれ。
カインの懐に入った。
「《磁場圧縮・点》」
カインの鎧が、内側から締まった。
軽く。 ほんの少しだけ。
「くっ‥」
それだけで、カインの動きが一瞬止まった。
その一瞬に、俺はカインの剣を持つ手首を——掌で、静かに押さえた。
動けない。
カインが、俺の目を見た。
「……」
「これで終わりです」と俺は言った。
カインが、ゆっくりと剣を降ろした。
「……ああ」
俺が手を離した。
カインが息を吐いた。
「強いな」
「皇太子殿下も、相当なものですよ」
「世辞はいい」
「お世辞ではないです。 魔力をあそこまで制御出来る人間は他に知らないです」
カインが少し黙った。
「……本当か」
「本当のことしか言いませんって」
カインが剣を鞘に収めた。
ベルグが前に出ようとした。
「殿下——」
「下がれ」
そしてカインが俺に向き直った。
「話をしよう」
「そうしましょう」
街道の端に、二人で立った。
ベルグたちは遠巻きにしている。
「聞いていいか」とカインが言った。
「どうぞ」
「王国側に落ち度があると言ったな。 地脈の問題を握り潰した、と」
「可能性があると言いました」
「確認できるか」
「王都に行けば、記録が残っているはずです。 俺が在籍していた頃の報告書が、どこかにあります」
「それを証拠として使えるか」
「使えます」
カインが腕を組んだ。
「……俺は、王国が嫌いだ」
「そうですか」
「三年前、使者を送ったとき——門前払いされた。 それだけじゃない。 使者が、帰り道に追い剥ぎに遭った」
「……それは」
「王国の人間の仕業かどうかは、わからない。 ただ——それ以来、俺は信じられなかった」
俺は少し考えた。
「全員が同じではないです」
「わかっているんだ、頭では、だが信じられない」
「ああ」
カインが空を見た。
「魔族の土地が、年々狭くなっていく。 子どもたちが、北の端に追いやられていく。 それを止めたくて——焦って、間違った方向に走った」
カインが目を閉じた。
「親父に言われた。 やり方が間違っている、と。 わかっていた。 ただ——待てなかった」
俺は何も言わなかった。
「魔王国の国民達は毎年、土地が死んでいくのを見ている。 来年も、再来年も、ここに住めるか、わからないと——そう言っていた」
俺はしばらく黙っていた。
「国民達に絶望を感じてほしく無い、来年も同じ場所にいてほしい。 それだけを思って、動いてきた」
俺は空を見た。
青い空だった。
「必ず交渉を成功させます」
カインが俺を見た。
「……できるのか?」
「わかりません。 ただ——」
俺はカインを見た。
「国民達が来年も同じ場所にいられるように。 それは、やる理由として十分です」
カインが少し目を細めた。
何も言わなかった。
ただ——目が、少し違う顔になっていた。
さっきまでの鋭さではない。
「……信じていいのか」
「やってみてから判断してください」
「正直なやつだな」
「嘘をついても仕方がないので」
カインが小さく笑った。
初めて、笑った。
「わかった」
「わかりました、とは」
「信じてみる、結果が出るまでは」
「それで十分です」
ベルグが前に出てきた。
「殿下、まさか——」
「ベルグ」
「急進派の仲間たちが、殿下の決断を待っています。 この男を信じるということは——」
「俺が決める」
カインが静かに言った。
「お前たちの気持ちはわかる。 焦りも、怒りも、全部わかる。 ただ——」
カインがベルグを見た。
「間違ったやり方で手に入れた土地に、国民たちを住まわせたくない」
ベルグが黙った。
「それだけだ」
また沈黙があった。
ベルグが、ゆっくりと目を閉じた。
「……殿下のご意志に、従います」
兵士たちが、一斉に頷いた。
カインが俺を見た。
「ああ、そうだ、エールとやらを飲ませてもらえるか?」
「どうぞ。 グラントさんに言えば出してもらえます、無口ですが、いい人です」
カインが少し眉を上げた。
「無口、か」
「会えばわかります」
宿屋の食堂に、全員が入りきるか少し心配だったが——なんとかなった。
グラントがエールを出してきた。
カインが一口飲んだ。
そしてしばらく黙った。
「……旨い」
「でしょう」
「なんで辺境にこんな旨いモノがあるんだ」
「グラントさんの腕です」
グラントが無言で頷いた。
カインがグラントを見た。
「……腕がいいな、無口だがな」
グラントが無言で頷いた。
カインが俺を見た。
「本当に無口だな」
「そうでしょう」
「なんで頷くだけで会話が成立しているんだ」
「慣れです」
カインが少し笑った。
今日二度目だった。
ベルグが隅でエールを飲んでいた。 さっきより、顔が柔らかくなっていた。
ドリスが「よかったです、殿下」と小声で言った。
カインが「うるさい」と言った。 ただ、声に棘がなかった。
レオが「なんか、仲いいですね、あの二人」と言った。
カナが「元からそうだったんじゃないですか」と静かに言った。
エリアが「ガイウスさん、バトルの術式が見えてすごかったです」と言った。
「見ていたんですか」
「術式センサーで全部——」
「見なくていいです」
「でも参考に——」
「後で話します」
エリアが眼鏡を直した。
カインがエールを二杯目に入れた。
「交渉の話、具体的に聞かせてくれ、まず何から始める?」
「まず王都の記録を確認します。 地脈の報告書が残っていれば、それを証拠にして正式な交渉のテーブルを作れます」
「テーブルに座らせられるか、王国側を」
「セルジオという騎士と、ロスベルク侯爵という貴族が動いてくれると思います」
「信用できるのか?」
「はい。 どちらも、正しいことをしたい人たちです」
カインが少し考えた。
「……わかった。 こちらは親父——魔王が直接動く。 交渉の場に出ると言っていた」
「魔王様が直接、ですか」
「あとエールを飲みに来ると言っていた」
俺は少し間を置いた。
「エールが目的ですか」
「半分はそうだと思う」
「それでも、来てもらえるなら」
「ああ」
カインがエールを一口飲んだ。
「……何かと面倒をかけるが頼んだ」
「任せてください」
外が暗くなってきていた。虫の声も聞こえる。
食堂が、久しぶりに賑やかだった。
魔族と人間が、同じテーブルでエールを飲んでいる。
変な光景だとは思う。
ただ——悪くはない。
スローライフは、今日も——予想外の方向に——順調だった。
ぜひ評価、ブックマークよろしくお願いします!




