第22話 覚悟と心配
夜明け前。
俺は作業場でポーションの最終確認をしていた。
回復薬、解毒薬、上級品。
全部で三十本。
多めに作っておいてよかった。
「ガイウスさん」
リナが入ってきた。
まだ暗い時間なのに、もう起きている。
エプロンをつけていた。
「何かありましたか」
「朝ごはん作ろうと思って。みんな、ちゃんと食べてから行ってほしいから」
「……ありがとうございます」
「当たり前じゃん」
リナが棚のポーションを見た。
「これ、全部今夜作ったの」
「昨夜から仕込んでいました」
「寝てないじゃん」
「少し仮眠をとりました」
リナが俺を見た。
「ガイウスさん」
「なんですか」
「やっぱり、お母さんと一緒に逃げてほしい」
俺は手を止めた。
「……昨日、話しましたよね?残ると」
「昨日と今日で気持ちが変わった」
「なぜ」
リナが少し目を逸らした。
「……寝れなかった。色々考えてたら、怖くなってきて」
「怖いなら、なおさら逃げてください」
「逃げたくないのは変わってない。ただ——お母さんが心配で」
「お母さんと一緒に逃げれば、二人とも安全です」
「ガイウスさんは?」
「俺は残ります」
「なんで私だけ逃げなきゃいけないの」
俺は少し考えた。
「俺は戦えます。リナさんは——」
「戦えないのはわかってる。でも、ここにいたい」
リナが俺を見た。
「……ガイウスさんが、ここにいるから」
静かな声だった。
言ってから、リナが少し顔を赤くした。
「ガイウスさんが帰ってくる場所に、いたい。
誰もいなかったら、帰ってくる意味がなくなると思って」
俺はしばらく何も言わなかった。
リナの言っていることは、わかった。
わかった上で——
「リナさん」
「なんですか」
俺は作業台に置いていたポーションを棚にしまった。
それからリナを、正面から見た。
「逃げてください」
「……ガイウスさん」
「お願いします」
リナが少し目を丸くした。
俺が「お願いします」と言うのは、珍しい。
自分でもそう思う。
「逃げてほしい理由を、正直に言います」
「……うん」
「リナさんがここにいると、俺が戦いに集中できない」
リナが黙った。
「気にするなと言ってくれましたが、無理です。
リナさんのことが心配だと、昨日言いました。
あれは本当のことです」
「……」
「三百体を相手にするのに、余計なことを考えていたくない。だから——逃げてください」
リナがしばらく俯いていた。
作業場に沈黙が続いた。
風が吹いて、窓が小さく鳴った。
「……わかった」
リナが顔を上げた。少し目が赤くなっていた。
「お母さんと、逃げる」
「ありがとうございます」
「でも——」
リナが俺を見た。
「絶対帰ってきてよ。帰ってくる場所、ちゃんと用意しておくから」
「わかりました」
「約束して」
「約束します」
リナが頷いた。
それから、くるりと背を向けた。
「朝ごはん、作ってくる。ちゃんと食べてから行って」
「はい」
リナが出ていった。
作業場に一人残された。
窓の外が、少しずつ明るくなってきていた。
朝食は、宿屋の食堂で食べた。
全員が揃っていた。
レオ、カナ、エリア、ゴードン、グラント、マルク。
それとリナと、リナの母親。
リナの母親が「たくさん食べて」と言いながら、次々と料理を出してきた。
マルクがパンを三枚食べていた。
グラントが無言でエールを——朝なので水を——出してきた。
「お母さん」とリナが言った。
「なに?」
「今日、一緒に出発しよう」
リナの母親が手を止めた。
「……逃げるの?」
「うん」
「リナが逃げると言うの、珍しいね」
「ガイウスさんに、お願いされたから」
リナの母親が俺を見た。
「……わかった。準備してくる」
食事が終わった頃、村の南の出口に十人ほどが集まっていた。
避難を希望した村人たちだ。
リナの母親が荷物を抱えて、リナと並んでいた。
ゴードンが一人ひとりに声をかけていた。
出発の前に、リナが俺のところに来た。
何も言わなかった。
ただ、俺の手に何かを押しつけた。
小さな布袋だった。
「なんですか」
「クッキー。
お母さんが昨夜焼いてた。おやつに食べて」
「……ありがとうございます」
「帰ってきたら、またご飯作るから」
「楽しみにしています」
リナが少し笑った。
泣きそうな顔で、笑った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
リナが母親の隣に戻った。
避難の列が、南の街道を歩き始めた。
角を曲がる前に、リナが振り返った。
目が合った。
俺は先に視線を外した。
残ったのは、俺とレオとカナとエリアとゴードンとグラントだった。
あと何故かマルクがいた。
「お前は行きなさい」とグラントが言った。
「嫌だ」
「なぜ」
「父ちゃんがいるから」
グラントが少し黙った。
「……危ない」
「父ちゃんも危ない」
また沈黙があった。
グラントがため息をついた。
「……宿屋の地下から出るな」
「わかった!」
マルクが宿屋に走っていった。
グラントが俺を見た。
「よろしく頼む」
「任せてください」
こうして準備を進めていく。




