第195話 最高の農具完成1
エルフの帝国で世界樹の管理者と「命の半分」を引き換えにするという、あまりにも重い等価交換を終えた俺たちは、休む間もなく再びヴェルダの背に乗り、南の大陸へと急ぎ舞い戻っていた。
「……ガイウス、顔色が悪いわよ。あんた、人間なんだから少しは休んだらどうなの」
夜空を駆ける黒龍ヴェルダが心配そうに声をかける。
彼女自身も、逆鱗を抜いた上に命を半分削られたことで、普段の底知れぬ魔力の圧がいくらか鳴りを潜めている。
それでも空を飛ぶ力を振り絞ってくれているのだから、頭が上がらない。
「お気遣いなく。農繁期の徹夜作業に比べれば、まだ気力は残っていますよ。……ヴェルダこそ、無理をさせてすみません」
「自分の命を半分取られたくらいでへこたれるようなヤワな龍じゃないよ。それより、その大事な枝を落とさないようにしっかり持っててね」
俺の手の中には、淡い黄金の光を放つ『世界樹の枝』が握られていた。
ただの木の枝ではない。
これ自体が凄まじい生命力と魔力を内包しており、触れているだけで、削られた命を補うかのように微かな温もりが流れ込んでくる。
「ええ、これが俺たちの切り札になりますから」
やがて、眼下に赤々と燃える火口の灯りが見えてきた。
数日前に俺たちがドワーフ王たちを降ろした『鍛冶師の街』だ。
本来ならば精神操作されたドワーフたちが連れ去られ、完全に沈黙していたはずのその街の中心部から、今は天を衝くほどの巨大な炎の柱が上がり、重々しい金属音が夜空に響き渡っていた。
「お父様たちです! 街の溶鉱炉が動いています!」
メリル王女が身を乗り出して叫ぶ。
ヴェルダが街の中央広場にゆっくりと着陸すると、溶鉱炉の熱気が一気に全身を包み込んだ。
「おお! 戻ったか、ガイウス殿! ヴェルダ殿、メリル!」
鍛冶場の中から、上半身裸になり、全身を煤と汗で真っ黒にしたドワーフ王と二人の王子が駆け寄ってきた。
「お父様、お兄様! 無事でしたか!」
メリルが父親の胸に飛び込む。
「ガッハッハ、ドワーフが火の傍で倒れるわけがなかろう! ……ガイウス殿。エルフの国からの帰還、大儀であった。その手にある光り輝く木材……まさか、本当にあの偏屈なエルフどもから『世界樹の枝』を譲り受けてきたのか!?」
ドワーフ王が、俺の手にある枝を見て目玉が飛び出んばかりに驚愕した。
「ええ。少々……『高く』つきましたが、無事に交渉は成立しました。地主の精霊さんは、なかなかに商売上手でしたよ」
俺が苦笑いしながら枝を見せると、王は震える手でその光に触れようとし、あまりの神聖な気配にたまらず手を引っ込めた。
「凄まじい生命力だ。我らドワーフの火の魔力とは対極にある、完全なる『生』の力……。これを柄にすれば、どんな衝撃にも折れず、使用者の魔力を無限に増幅する最高の土台となるだろう」
王は興奮冷めやらぬ様子で頷くと、俺たちを鍛冶場の奥へと案内した。
そこには、火山の地熱を直接引き込んだ巨大な『始祖の溶鉱炉』があり、その中央の金床の上で、一つの『黒い刃』が静かに鈍い光を放っていた。
「……見事です」
俺は思わず感嘆の息を漏らした。
あの奈落の火口で引き抜いた、大人の背丈ほどもある巨大なアダマンタイトの結晶。
それが今や、徹底的に不純物を叩き出され、極限まで圧縮されて、一枚の『分厚く巨大なクワの刃』へと生まれ変わっていたのだ。
表面は光を完全に吸い込む漆黒。
刃先には、空間そのものを切り裂きそうなほどの鋭い波紋が浮かび上がっている。
「我ら王家の秘術と、この街の地熱のすべてを注ぎ込み、三日三晩休まずに打ち続けた。
硬すぎて形を変えるのすら至難の業であったが……なんとか、貴殿の求める『土を穿つ形』に仕上げたぞ」
ドワーフ王が誇らしげに胸を張る。
「ありがとうございます。これほどの刃、どこを探してもそうそうないでしょう。
あの『堕ちた正義』の断頭剣にも、決して当たり負けしません」
俺は漆黒のアダマンタイトの刃に手を触れた。
指先から少しだけ魔力を流してみると、刃は一切の抵抗なくその魔力を吸収し、刃先から恐るべき密度の圧力を発した。
これなら、魔人を覆うあの『魔術無効化の鎧』すら、強引に物理と魔力の複合で叩き割れる。
「さて。これで、三つの素材がすべて『形』になりましたね」
俺は、アイテムボックスからヴェルダの『始祖の逆鱗』を取り出し、金床の上に並べた。
絶対の硬度と密度を誇る『アダマンタイトの刃』。
永遠の生命力と修復力を持つ『世界樹の枝』。
そして、神話の理を中和し、二つの異質な素材を繋ぐ触媒となる『黒龍の逆鱗』。
「……ガイウス殿。ここから先は、我ら鍛冶師の手には負えん領域だ」
ドワーフ王が、金槌を置き、静かに後ずさりした。
「星の核から生まれた金属と、世界を創る生命の樹。
これほど対極にある概念を、人間の金槌や溶接で繋ぎ合わせることは不可能だ。
強引に繋げば、互いの魔力が反発し合って大爆発を引き起こす」
「ええ、分かっています。
対極の素材を融合させるのは、鍛冶屋ではなく『農家』の仕事ですからね」
俺は袖をまくり上げ、金床の前に立った。
違う種類の植物同士を掛け合わせ、より強くて美味しい新しい品種を作り出す。
それは農業において『接ぎ木』と呼ばれる古くからの技術だ。
「ヴェルダ。俺が接ぎ木を行います。
あなたは、その逆鱗に『接着剤』となるように、魔力を注ぎ続けてください」
「……分かったわ。失敗したら、火口ごと吹き飛ぶんだから、慎重にやりなさいよ」
ヴェルダが金床の反対側に立ち、両手を逆鱗にかざして黒い魔力の炎を灯す。
俺は深呼吸をし、アダマンタイトの刃の根元に、世界樹の枝をそっと当てた。
そして、その結合部分を覆い隠すように、ヴェルダの逆鱗を配置する。
俺の両手から、これまでで最大出力の黄金の魔力が放たれた。
それは破壊の力ではない。万物を繋ぎ、育み、一つの『命』として定着させるための究極の結合魔術。
ゴオォォォォォォォッ!!
金床の上で、三つの神話級素材が激しく共鳴し始めた。




