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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第193話 エルフの王国と世界樹の管理者

誤字脱字報告ありがとうございます!

どこに書いていいか分からなかったのでこの場を借りてお礼申し上げます。


中央大陸の南東部に広がる大森林、エルフの帝国。

南の大陸へ向かう道中、俺たちはエルフに警告を与えて通り過ぎた。


その時、空路は開かれており、森は静かな緑を湛えていたはずだった。


だが、ヤマトの脅威を肌で感じたエルフたちは、俺たちが南の大陸で素材集めに奔走しているわずかな期間に、国全体を覆う神話級の絶対防壁――『アイギスの壁』を完全に展開しきっていた。

「……見事な結界ですね。マナの密度が異常です。これでは物理的な攻撃も、高位の魔術も、すべて弾き返されてしまうでしょう」


俺はエメラルドグリーンに輝く光のドームを見上げ、感心したように呟いた。

空を覆うだけでなく、地中深くまで結界の根が張られており、ヴェルダの飛行能力をもってしても上から越えることは不可能だ。


完全に外部との接触を断つ、文字通りの『鎖国』状態である。

「感心してる場合じゃないわよ。これじゃ中に入れないじゃない。あたしのブレスで一点集中突破してみる?」


ヴェルダが牙を剥いて凄むが、俺は首を横に振った。

「やめておきましょう。これほどの結界を力技で破れば、反動で森の生態系がメチャクチャになってしまいます。……農家として、無用な環境破壊は避けたいところです」


「じゃあどうするのよ。入り口なんてどこにもないわよ」

「入り口がないなら、結界の『養分』を少しだけ止めて、一時的に枯らせばいいんですよ」

俺はひび割れた相棒のクワを構え、結界の膜が接地している草地へと歩み寄った。


「これほど巨大な結界を長期間維持するには、エルフたちの魔力だけでは到底足りません。必ず、この大地の底を流れる魔力の川……『地脈』からエネルギーを吸い上げているはずです」


農業において、地下水脈の流れを読み、水はけをコントロールすることは基本中の基本だ。

俺はクワの刃先を、結界の境界線のすぐ外側の土に突き立てた。


俺が地中に魔力を流し込むと、ズズズッ……という低い地鳴りが足元から響いた。

結界を維持するために地中から吸い上げられていた魔力の流れ(地脈)を、俺の魔術で一時的に別の方向へ『迂回』させたのだ。


すると、どうだろう。

俺の目の前にある結界の膜だけが、まるで水を与えられずに萎れる葉っぱのように、スゥッと色を失い、人が数人通れるほどの『穴』がポッカリと開いたではないか。


「……嘘でしょ。この結界を、地脈を弄ってショートさせたの……?」

メリルが信じられないものを見る目で呟く。

「さあ、水(魔力)が戻る前に急いで通り抜けましょう」


俺が完璧な営業スマイルで促すと、ヴェルダとメリルは呆れ顔で俺に続き、いとも容易くエルフの絶対防壁を突破した。


♦︎


結界の内側に入った俺たちは、驚愕で固まるエルフの巡回兵たちを尻目に、森の中を全速力で駆け抜けた。


本来であればヴェルダの背に乗って飛ぶのが早いが、これだけ木々が密集している森の中で巨大な黒龍を出せば、それこそ木々をなぎ倒す環境破壊になってしまう。


俺たちは身体強化を限界まで引き上げ、木々の枝を蹴って王都を目指した。

「な、なんだ奴らは!? 結界が破られただと!?」


「追え! 侵入者だ!!」

眼下ではエルフの兵士たちがパニックに陥りながら叫んでいるが、俺たちの速度に追いつける者など一人もいない。


やがて、深い森を抜けた先に、白亜の美しい建造物が立ち並ぶエルフの王都が見えてきた。

俺たちが王城の正門前に降り立つと、そこにはすでに数十人の近衛兵が、震える手で魔杖や弓を構え、俺たちを取り囲んでいた。


一触即発の空気が流れる。

「と、止まれッ! 貴様ら、いかなる方法で結界をすり抜けた! ここをエルフの王都と知っての狼藉か!」

近衛兵の隊長らしき美しいエルフの青年が、声を裏返らせて叫んだ。


俺は敵意がないことを示すため、肩に担いでいたクワをゆっくりと地面に下ろした。 


「突然の訪問、申し訳ありません。俺はエーデル村の農家、ガイウス・ノアと申します。ドワーフの国へ向かった帰りに、エルフの王に急ぎの要件がありまして、結界の地脈を少し『水抜き』させてもらいました」


俺が静かに名を名乗った瞬間。

近衛兵たちの顔から、サーッと血の気が引いた。

「ガ……ガイウス・ノア、だと……?」


「間違いない……! あの麦わら帽子と恐ろしい農具! 先の戦いで、我が軍の精鋭を一人で壊滅させた『エーデルの怪物』だッ!!」


「ひぃッ! な、なぜまたここへ……! 我々が南のドワーフを警戒して鎖国したのがお気に召さず、国ごと滅ぼしに来たのか!?」


近衛兵たちは武器を構えたまま、ガタガタと膝を震わせ、今にも泣き出しそうな顔になっている。中には恐怖で腰を抜かしている者すらいた。


「誤解しないでください。今日は戦争をしに来たわけではありません。……世界を救うための相談に乗っていただきたいのです。どうか、王にお取次ぎを」


俺が丁寧に頭を下げると、隊長の青年は引き攣った顔で後ずさりした。

「ま、待て! い、今、上に確認を取る! 絶対に動くなよ! 動いたら撃つからな!」


青年は半ばパニックになりながら、背後の城門に向かって駆け出していった。

『動いたら撃つ』と言いながら、彼自身が一番逃げ出したそうにしているのが不憫でならない。


「ガイウスさん……。エルフの方々、あなたを見るなり完全にトラウマのスイッチが入ってますよ……」

メリルが同情するような目で俺を見る。


「仕方ありません。以前、彼らの軍勢の足元を『耕して』しまったことがありますからね。農家としては、一度耕した土は柔らかくなるものだと信じたいのですが」


俺が苦笑していると、ほどなくして城門が重々しい音を立てて開いた。


♦︎


通されたのは、王城の最奥にある豪奢な謁見の間だった。

玉座に座るエルフの王は、数百年の時を生きる威厳に満ちた人物のはずだが……今は額に滝のような冷や汗をかき、玉座の肘掛けを白くなるほど強く握りしめていた。


「……よくぞ参られた、ガイウス殿。それに黒龍殿と、ドワーフの王女よ」

エルフの王は、震える声を必死に押し殺して歓迎の意を示した。


「急な訪問をお許しください、王よ。本日は、一つお願いの儀があって参りました」

俺が頭を下げると、王はビクッと肩を跳ねさせた。


「お、お願い、だと……? 南の大陸の脅威については、先日貴殿から警告を受けた。だが、我らエルフは森の外の争いには不干渉を貫くと決めたのだ! 頼む、この森だけは……結界ごと耕すのだけは勘弁してくれ!」


王はもはやプライドを投げ捨て、悲痛な声で懇願してきた。どうやら俺が『結界に引きこもるな』と制裁を加えに来たと勘違いしているらしい。


「落ち着いてください。俺は森を耕しに来たわけではありません。……実は、南の大陸の魔神ヤマトを討つために、究極の『農具』を作っています。その柄の素材として、どうか『世界樹の枝』を一本、お譲りいただけないでしょうか」


俺の要件を聞いた瞬間、謁見の間にいたエルフの重鎮たちが、一斉に息を呑んだ。

エルフの王は驚きで目を見開き、やがて深い溜息を吐いて玉座に深く沈み込んだ。


「……せ、制裁ではないのだな?世界を救うための、枝……」

「はい。アダマンタイトの刃と、黒龍の逆鱗はすでに手に入れました。あとは世界樹の強靭な枝さえあれば、必ずや神話の厄災を打ち砕いてみせます」


俺の言葉に、王はしばらく沈黙し、やがて苦渋に満ちた表情で首を横に振った。


「……ガイウス殿。貴殿の実力と、世界が危機に瀕していることは理解した。だが……我々エルフは、世界樹の枝を『譲る』ことはできないのだ」


「それは、信仰の対象だからですか? もちろん、無償でとは言いません。相応の対価は必ずお支払いします」


俺が食い下がると、王は再び首を振った。

「そうではない。……我々エルフは、世界樹を『管理』しているわけではないのだ。我々はただ、あの偉大なる樹の恩恵を受け、おこぼれに預かって生きているだけの『間借り人』にすぎない」


王は立ち上がり、謁見の間の大きな窓から見える、天を衝くほどの巨大な世界樹を指差した。

「世界樹には、神話の時代からあの樹と共生し、理を司る『世界樹の精霊(管理者)』が住まう。

枝を折るという行為は、我々エルフの許可ではなく、その精霊自身の許可が必要なのだ。

……もし無断で枝を折れば、精霊の怒りを買い、この森の恩恵は永遠に失われ、我らエルフは滅びるだろう」


「世界樹の、精霊……」

俺は窓の外にそびえ立つ、光り輝く巨木を見つめた。


「そういうことなら、話は早いわね」

後ろで話を聞いていたヴェルダが、腕を組んで不敵に笑った。


「要するに、その『管理者』ってやつのところへ直接行って、交渉すればいいんでしょ?」


「……交渉が通じればの話だがな。

世界樹の精霊は、我々エルフの王ですら数百年の一度、言葉を交わせるかどうかの不可侵の存在。

人間や龍が近づけば、森の防衛機構が容赦なく牙を剥くぞ」


王が警告するが、俺の意志は揺るがなかった。

「教えていただき、ありがとうございます。エルフの皆さんに迷惑はかけません。俺たちが直接、世界樹の管理者へご挨拶に伺いましょう」


俺は王に深く一礼し、踵を返した。

農家たるもの、他人の土地の作物(枝)を無断で持っていくような泥棒の真似はしない。

持ち主にしっかりと頭を下げ、正当な対価を払って譲ってもらうのが筋というものだ。


「行きましょう、メリル王女、ヴェルダ。……畑の地主さんとの、直談判です」

俺たちは足早に謁見の間を後にし、王都の中心にそびえ立つ、神聖なる『世界樹』の根元へと向かった。


究極の農具を完成させるための最後の試練。世界樹の管理者との対峙が、今始まろうとしていた。


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