第20話 難民が村に来た
翌朝早く。
北の街道から、人の声がした。
俺が村の入り口に出ると、十人ほどの人間が歩いてくるのが見えた。
子どもを抱えた女性。
荷物を引きずった老人。 怪我をしている男。
全員、疲弊した顔をしている。
「どうかしましたか?」
先頭の男が立ち止まった。
「……ここは、エーデル村か」
「そうです」
「あぁ、助かった」
男がその場に膝をついた。
「北のカルダ村から来た。 昨夜、黒い軍勢が来て——村が——」
男が言葉を切った。
後ろの女性が子どもをぎゅっと抱き締めた。
俺は全員を村の中に案内した。
広場にテーブルを出して、水と食料を用意した。
リナの母親が、すぐに温かいスープを作り始めた。
難民は十三人だった。
カルダ村から逃げてきた人たちだ。
落ち着いてから話を聞くと、こうだった。
昨夜の夜中、北の森の方向から黒い甲冑を着た兵士たちが現れた。
数は、百体以上。
村を囲んで、「この地域は魔王軍の支配下に置く」と宣言した。
抵抗した村人が数人、怪我をした。 逃げられた者だけが、南へ向かった。
「……殺されなかったんですか」とエリアが確認した。
「殺しはしなかった。 ただ、逃げた者は追わず見逃してくれた、というか——なんというか」
男が首を傾けた。
「制圧するというより、占拠する感じで。 村人を追い出して、拠点を作るような」
「拠点」
「そう見えました」
俺は少し考えた。
殺さない。 逃げた者は追わない。 拠点を作る。
通常の魔王軍の動き方とは、少し違う気がする。
「隊長らしき人物を見ましたか」
「いました。 背が高くて、赤い羽根飾りのついた兜をかぶっていた」
「どんな様子でしたか」
男がまた首を傾けた。
「……なんか、めんどくさそうな顔をしていました」
俺はエリアを見た。
エリアも同じことを考えていたらしく、少し首を傾けていた。
「めんどくさそう、か」と俺は呟いた。
「はい。 部下に何か言われるたびに、ため息をついていました」
なるほど。
よくわからないが、なんとなく想像できる気がした。
難民の手当てを終えて、作業場に戻ると、レオとカナが来ていた。
「噂を聞いて来ました」
「どこで」
「ラッセルまで情報が広まっていました。 魔王軍が北から来ていると」
「速いですね」
「俺たちも手伝います」とレオが言った。
前回来たときより、また少し背が伸びた気がする。 目つきも、落ち着いた気がする。
「……成長しましたね」
「ガイウスさんに言われると、嬉しいです」
「まだ戦況がわかりません。 まず情報を整理してから、動き方を決めます」
「わかりました」
カナが言った。
「ガイウスさん私たちにできることは何かありますか?」
「難民の人たちのケアをお願いできますか。 子どもが怖がっているので」
「わかりました」
カナがすぐに広場に向かった。
レオが残った。
「ガイウスさん」
「なんですか」
「一人で行かないでください」
「行くかどうかまだ決めていないですが」
「絶対一人で行こうとするじゃないですか」
「……まあ、そうかもしれないですが」
「なら俺たちも連れていってください。 足手まといにはならないです。 ちゃんと強くなったので」
俺はレオを見た。
初めて来たときの顔とは全然違う。
「……わかりました。 ただ、俺の指示に従ってください」
「もちろんです」
「無茶はしないでください」
「それは難しいです、ごめんなさい」
「なぜ最初から宣言するんですか」
「ガイウスさんが無茶するのを止めるための無茶なので」
俺は少し黙った。
レオが笑った。
夕方、全員が作業場に集まった。
レオ、カナ、エリア、ゴードン、グラント、リナ。
セルジオへの手紙はすでに送った。
返事が来るのは早くて明日か明後日だ。
「魔王軍の先遣隊が、北から来ています。 規模は二百から三百。 現在、エーデル村から約二十五キロさふのカルダ村に拠点を置いています」
「なぜカルダ村を選んだんでしょう」とエリアが言った。
「地の利がいいのかもしれません。 カルダ村は街道の要所にあります」
「つまり、ここも街道沿いだから——」
「次の目標になる可能性があります」
全員が少し黙った。
「村人の避難は」とゴードンが言った。
「明日の朝、希望者をラッセルへ誘導します。 強制はしません」
「わしは残る」
「ゴードンさん——」
「村長が逃げてどうする」
俺は何も言わなかった。
グラントも無言で頷いた。 残る、ということらしい。
「お母さんを先に逃がします」とリナが言った。
「リナさんは——」
「私は残る」
「それは——」
「残るって言ったじゃん」
俺はリナを見た。
「危険です」
「わかってる」
「わかった上で」
「残るって言ったの」
リナが俺の目を見たが逸らさなかった。
「……後で話します」
「話しても変わらないよ」
「それでも話します」
リナが少し口をへの字にしてしぶしぶ頷いた。
「エリアはどうしますか?」
「残ります。 術式で何かできることがあると思うので」
「レオとカナは」
「残ります」と二人同時に言った。
俺は全員を見た。
誰も、逃げると言わなかった。
「……わかりました。 明日、俺が一度偵察に行きます」
「一人で?」とレオが言った。
「一人のほうが速い」
「連れていってください」
「危険です」
「知ってます」
「足手まといに——」
「ならないです」
俺は少し考えた。
「……レオとカナ、二人なら連れていきます。 ただ、俺の指示に従うこと。 危険だと判断したら即座に戻ること」
「わかりました」
「エリアは村でスタンバイしてください。 何かあれば術式で連絡を」
「了解です」
「では明日の朝、早めに出発します」
全員が頷いた。
夜、リナに話しかけた。
「残らないでください」
「嫌だ」
即答だった。
「危険です」
「分かってる」
「私が守れる範囲には限界が——」
「守ろうとしなくていい」
俺は少し止まった。
「……守ろうとしなくていい」
「うん。 ガイウスさんが戦いに集中できるなら、私のことは気にしなくていい」
「気にしますよ」
リナが少し目を丸くした。
「……今、気にするって言った?」
「言いましたが」
「ガイウスさんが?」
「言いましたが、それが何か」
リナがしばらく俺を見た。
それから、小さく笑った。
「……わかった。 じゃあ、絶対安全なところにいる。 ただ逃げないわ、それが私の譲歩できる限界」
俺は少し考えて、「わかりました」と言った。
「ガイウスさんも、絶対帰ってきて」
「わかっています」
リナが頷いた。
夜風が吹いた。
スローライフは、明日から——少しの間だけ——中断する。




