第191話 アダマンタイトと黒龍が託した逆鱗
極低温の魔術によって完全に凍りついたマグマの海。
その中央に、周囲の光を吸い込むような漆黒の結晶。
最高純度を誇る『アダマンタイト』の原石が突き刺さっていた。
「……ついに見つけたぞ。だが、どうやってこれを持ち帰るのだ?」
氷の橋を渡ってきたドワーフ王が、結晶の根元を見て唸り声を上げた。
「これほど純度の高いアダマンタイトは、周囲の岩盤と完全に一体化している。下手に力任せに叩けば、結晶自体が砕けてしまう。普通なら、特殊な薬で何ヶ月もかけて周りの岩を溶かして掘り出すしかないのだが……」
「何ヶ月もかけていては、ヤマトの艦隊が出発してしまいますよ」
俺はボロボロになった相棒のクワを構え、アダマンタイトの根元を見据えた。
「ガイウス殿。まさかまた、先ほどのようなデタラメな破壊魔術を使う気か!?」
ドワーフの王子たちが青ざめて後ずさる。
「いいえ。ここから先は繊細な『収穫』の作業です。……王様、畑で巨大な大根を抜く時、力任せに引っ張るとどうなりますか?」
「え? そ、そりゃあ途中でポキッと折れてしまうだろうが……」
「その通りです。だから、まずは根の周りの『土』を柔らかくほぐしてやるんです」
俺はクワの刃を、アダマンタイトの根元の岩盤にそっと当てた。
そして、破壊の魔力ではなく、土を柔らかくするための魔術を流し込む。
「生活魔術――『土壌ほぐし』」
パキッ……パキパキパキッ!
俺の魔力が浸透すると、鋼より硬い黒曜石の岩盤が、まるで乾いたクッキーのようにボロボロと崩れ始めた。
中心にあるアダマンタイトには一切傷をつけず、周囲の岩だけが綺麗に砂へと変わっていく。
ズズンッ。
最後にクワの柄で軽く持ち上げると、大人の背丈ほどもある超重量のアダマンタイトが、音もなく綺麗に『スポッ』と抜け出した。
「よし、大収穫ですね」
俺は宙に浮いた漆黒の結晶を、空間収納へと収めた。
「……信じられん。神の金属を、まるで畑で芋でも掘るかのように引っこ抜いたぞ……」
ドワーフ王が、呆然と口を開けてへたり込んでいる。
「これで、クワの『刃』の素材は手に入りました。……次は、あなたの番ですよ、ヴェルダ」
俺は振り返り、火口の縁で待つヴェルダへと視線を向けた。
『神殺しの農具』を完成させるための第二の素材。あの魔人の理不尽な攻撃を無効化するための強力な魔力触媒――『長生した古龍の鱗』だ。
「……な、なによ」
ヴェルダはバツが悪そうに視線を逸らした。
「あたしはまだ、自分の鱗をあげるなんて一言も言ってないわよ……。無理やり剥がしたら、すっごく痛いんだから」
「ヴェルダ。あの『堕ちた正義』の断頭剣を打ち破るには、あなたの神話級の鱗がどうしても必要なのです。力を貸してください」
俺が真っ直ぐに見つめて頼むと、ヴェルダはハッとして、己の右肩をそっと撫でた。
そこは、あの魔人に無残に切り裂かれた傷跡だ。
「……ムカつくのよね」
ヴェルダが、ぽつりと、しかしマグマよりも熱い怒りを込めて呟いた。
「神話の時代から、あたしはずっと空の頂点にいた。誰もあたしの鱗に傷一つつけられなかったのに……あのブリキ野郎に、あんなあっさりと斬られて、あんたの足手まといになった」
彼女の瞳から、悔し涙がポロリとこぼれ落ちる。
「ガイウス! あんたの作るその新しいクワは、本当にあのブリキ野郎をぶっ壊せるのね!? あたしのこの、惨めな敗北の借りを……きっちり返せるくらい、最強の武器になるのね!?」
「武器ではありません。最強の『農具』です」
俺は微笑み、ヴェルダの頭にポンと手を乗せた。
「ええ。俺の畑と、俺の大切な相棒の誇りを傷つけた害虫は、跡形もなく土に還すと約束します」
「……なら、持っていきなさいよ! あたしの一番硬い鱗を!」
ヴェルダが天に向かって吠えた。
ゴォォォォォォッ!!
彼女の体が黒い光に包まれ、強靭な黒龍の姿へと変わる。
そして彼女の胸元。龍の心臓のすぐ真上にある、ひときわ大きく分厚い漆黒の鱗――『逆鱗』を指差した。
「龍の力の根源である『黒龍の逆鱗』よ! 一枚剥がせば、あたしの魔力はガタ落ちするわ。だけど、あんたになら託してあげる!」
「ヴェルダ様……! そんな場所の鱗を剥がせば、激痛で気絶してしまいますわ!」
同行していたメリル王女が悲鳴を上げる。
「じっとしていてください、ヴェルダ。……俺が、あなたに痛みなど感じさせません」
俺は黒龍の胸元に跪き、その逆鱗に両手を当てた。
そして、鱗を引き剥がすのではなく、痛みを完全に打ち消す『極大治癒魔術』を全開で流し込みながら、鱗だけを優しく浮き上がらせる。
スゥッ……。
数秒後。俺の手には、熱く脈打つ、手のひらよりも一回り大きな漆黒の逆鱗が握られていた。
「……受け取りました。ヴェルダ、あなたの誇りの結晶です」
「ハァハァハァ…ふん……。言っとくけど、これ一枚で最高級の霜降り肉、千キロは奢ってもらうからね」
人間の姿に戻ったヴェルダが、少し息を切らしながらも不敵に笑う。
これで、最強の『アダマンタイトの刃』と、魔力を束ねる『黒龍の逆鱗』が揃った。
残るは、その圧倒的な力を支えるための『柄』だ。
「さあ、いよいよ最後の素材……『世界樹の枝』を収穫しに行きましょうか」
俺が北の空(中央大陸の方角)を見上げると、ドワーフ王が顔を強張らせた。
「ガイウス殿。エルフの帝国は今、魔神の脅威に怯え、国全体を固い『絶対防壁の結界』で閉ざしているという報告が入っている。……世界樹の枝を譲ってくれと頼みに行っても、門前払いされるだけだぞ」
「ええ。エルフの皆さんは少しばかり警戒心が強いですからね」
俺は、アイテムボックスに素材をしまい、完璧なスマイルを浮かべた。
「ですが、森に引きこもってばかりでは、風通しが悪くなって木が腐ってしまいます。……中に入れてくれないというのなら、農家として、少し強引に『枝打ち(結界破壊)』をして道を作るまでのことです」
俺の言葉に、ドワーフ王たちは「この男、ついにエルフの国を正面からぶち破る気か……」と絶望的な顔で顔を見合わせた。
「行くわよ、ガイウス! タイムリミットまであと九日! エルフの結界ごと、あたしがぶち破ってやるわ!」
逆鱗を託し、覚悟を決めたヴェルダが再び黒龍へと姿を変え、咆哮を上げる。
「ええ、頼みますよ、相棒」
最強の魔人を打ち砕くため。
そして、平穏なスローライフを取り戻すため。
規格外の農家と伝説の黒龍は、エルフの絶対防壁を超えるべく、中央大陸に向けて夜空へと爆音と共に飛び立った。




