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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第189話 究極の土塊を求めて


王都の地下から空へと舞い上がった俺たちは、黒龍ヴェルダの背に乗り、南の大陸のさらに最南端へと向かっていた。


ヤマトの率いる魔導飛空艇の艦隊が中央大陸へ向けて出撃するまで、残された猶予は「十日」。


それまでに、魔人『堕ちた正義』の絶対防御を打ち砕き、空間の断層をも叩き潰す究極の農具を完成させ、中央大陸へ戻らなければならない。時間との過酷な勝負だった。


「……暑いわね。上空を飛んでるのに、下からの熱気がスケール(逆鱗)越しに伝わってくるわ」

数時間の超高速飛行の後、ヴェルダが忌々しそうに空中で鼻を鳴らした。


彼女の言う通り、眼下に広がる景色は、もはや「過酷」という言葉すら生ぬるい魔境へと変貌していた。


赤茶けた荒野はひび割れ、大地の裂け目からドロドロに溶けたマグマの河が、まるで星の血液のように脈打って流れている。


空は分厚い火山灰の雲に覆われ、太陽の光すら赤黒く淀んでいた。

「ここが、南の大陸の最果て……」


メリル王女が、俺の展開した『防風・温度調整結界』の中で、息を呑んで眼下の地獄絵図を見下ろした。


「左様。神話の時代に星のコアが地上に噴出し、そのまま固まらずに煮えたぎり続けている世界最大の活火山――『奈落の火口アビス・クレーター』だ」


腕を組んだドワーフ王が、王族の証である分厚い外套をはためかせながら重々しく語る。


その隣では、二人の王子たちも真剣な面持ちで眼下のマグマの河を観察していた。


「ガイウス殿の求める『最高純度のアダマンタイト』は、並の地層では決して形成されない。星の重力と、数万度に達するマグマの超高熱、そして膨大な大地の魔力が何千年も圧縮され続けて、ようやく一握りの『塊』となるのだ。

……ゆえに、この火口の最深部、星の核に最も近い場所にしか存在しない」


「なるほど。つまり、最も硬く引き締まった『究極の土塊つちくれ』というわけですね。

農家として、土の極致には非常に興味が湧きます」


俺が感心して頷くと、ドワーフ王は苦笑した。

「これを土塊と呼ぶのは、世界広しといえどガイウス殿くらいであろうな。

……ヴェルダ殿、あの中央に見える、ひときわ巨大な火口の縁に降ろしてくだされ。そこから地下の採掘坑へ入れるはずだ」


「了解。振り落とされないようにね!」

ヴェルダが大きく旋回し、火山の中心にある巨大なすり鉢状のクレーターへと急降下していく。


高度が下がるにつれ、結界の外の温度が跳ね上がっていくのが肌で感じられた。


ズズンッ!!

ヴェルダが火口の縁の黒い岩場に着陸すると、分厚い岩盤が彼女の体重で悲鳴を上げた。

「……着いたわよ。あたしはここで待機してるから、さっさとその石ころを拾ってきなさいよね」

元の黒髪の美女の姿に戻ったヴェルダが、額の汗を拭いながら言う。


龍である彼女ですら長居したくないほどの、圧倒的な熱量と有毒ガスが立ち込めているのだ。

「ふむ……結界を張っていても、この熱気ですか。靴底が溶けてしまいそうですね」


俺は火口から吹き上げる熱風を肌で感じながら、相棒のクワを肩に担ぎ直した。

「メリル、お前はヴェルダ殿と共にここで待っているのだ。ここから先は、我らドワーフの『石の目』を持つ者と、規格外のガイウス殿しか進めぬ死地ゆえな」


「お父様……お兄様たちも、どうかお気をつけて。ガイウスさん、どうかよろしくお願いします」

メリルが祈るように両手を組む。


「ええ、任せてください。……では、少し環境を整えましょうか」

俺はクワの柄で、足元の黒い岩盤をコンと軽く叩き、周囲一帯の空間に魔力を浸透させた。


「農業において、気候に左右されずにデリケートな作物を育てる技術があります。……生活魔術・農作業応用――『温室温度調整』」


カァァァァッ!

俺を中心とした半径数十メートルの空間に、淡い緑色のドーム状の結界が展開された。


その瞬間。肌を焼くような殺人的な熱気と、肺を腐らせる硫黄の有毒ガスが完全に遮断され、結界の内部は『春の陽だまり』のような、ポカポカと暖かく心地よい気温へと固定されたのだ。


「おおおっ!? な、なんだこの快適さは! 息が、普通の空気が吸えるぞ!」

「信じられん……! 火山の火口で、まるで王宮の中庭にいるような快適さだ!」


二人の王子たちが驚喜の声を上げ、ドワーフ王も目を丸くしている。


「これなら、熱中症やガス中毒の心配をせずに、じっくりと『土掘り(採掘)』に専念できますね。結界は俺の移動に合わせてついてくるように設定しました。……さあ、行きましょうか」


俺が完璧な営業スマイルで促すと、ドワーフ王は「農家の温室とは、これほどデタラメなものなのか……」と呆れたように呟きながらも、背中に背負った王家伝来の『ミスリルのつるはし』を力強く握り直した。


♦︎


俺たちは巨大な火口の壁面に開いた、底知れぬ縦穴へと足を踏み入れた。

内部は太陽の光が届かない暗闇だが、壁のあちこちを流れるマグマの滝が、不気味な赤い照明の代わりとなっている。


ドワーフ王と王子たちが先頭に立ち、岩肌の脈やマグマの流れる音を聞き分けながら、迷宮のような溶岩洞窟を的確に進んでいく。


「見事な案内ですね。俺一人なら、どこを掘っていいか分からず、火口ごと吹き飛ばして土をひっくり返さなければならないところでした」


俺が称賛すると、王は豪快に笑った。

「ガッハッハ! いくらガイウス殿でも、星の核を吹き飛ばせばこの大陸が沈んでしまうぞ。……アダマンタイトは、自らが発する凄まじい魔力により、周囲の岩盤に特有の『波紋』を描く。我らドワーフの目は、その土の波紋を読み取ることができるのだ」


王が壁の一角を指差す。

よく見れば、マグマの熱で変成した岩の模様が、ある一点(さらに地下深く)を中心として、同心円状に広がっているのが分かった。


「この波紋を辿れば、必ず最深部の鉱脈へと行き着く。……しかし、問題はここからだ。ガイウス殿、構えられよ」


王が歩みを止め、つるはしを構えた。

その視線の先。

俺たちが進もうとしていた広い溶岩の空洞の奥から、ボコボコとマグマが沸き立ち、巨大な『何か』が姿を現した。


「……ギャルルルルルッ!!」

マグマの滝から這い出てきたのは、体長十メートルを超える、岩と溶岩で構成された巨大な多脚の魔物――『マグマ・センチピード(溶岩百足)』の群れだった。


全身から数千度の超高熱を放ち、顎からは触れた岩盤をドロドロに溶かす灼熱の毒液を滴らせている。


「出たな、奈落の番人ども! 奴らは星の魔力そのものから生まれた精霊に近い魔物。生半可な物理攻撃は通じず、魔術で攻撃してもマグマの体で吸収されてしまう厄介な代物だ!」


王子たちが身構える。

「なるほど。ただの百足なら益虫ですが……畑(結界)の温度を無駄に上げる火の粉を撒き散らすのは、頂けませんね」


俺は肩からクワを下ろし、前へと歩み出た。

刃は欠け、柄には亀裂が入っている。

あの『堕ちた正義』の断頭剣を受け止めた代償だ。


これ以上、無茶な魔力を込めて物理的に硬いものを叩き割れば、このクワは完全に壊れてしまうだろう。


だが、農家には農家のやり方がある。

「物理が通じず、魔術も吸収されるなら……『環境(土壌)』そのものを変えてしまえばいい」


俺は迫り来る三匹の溶岩百足に向けて、魔力を込めたクワを構えることなく、ただ足元の地面に突き立てた。


「生活魔術――『極大・土壌冷却・水撒き(ウォータリング)』」

俺が狙ったのは魔物自身ではない。彼らの足元を流れる、数千度の『マグマの河』だ。


ゴブバァァァァァンッ!!!

クワを通して大地に注入された莫大な水属性の魔力が、溶岩洞窟の地下水脈を強引に引き上げ、巨大な間欠泉となってマグマの河を下からぶち抜いた。


「ギィヤァァァァッ!?」

超高熱のマグマと、極低温の魔力水が激突した瞬間。

凄まじい水蒸気爆発と共に、魔物たちの足場であったマグマの河が、一瞬にしてカチンコチンに凍りつき……否、急速冷却されて『巨大な黒曜石の塊』へと変貌したのだ。


マグマの体を持つ溶岩百足たちは、自らの身体の半分以上を急造の黒曜石の地層に完全に生き埋めにされ、ピクリとも動けなくなってしまった。


「な、なんだと……!? 溶岩の河を一瞬で、黒曜石の硬い地層に変えてしまったというのか!?」

ドワーフの王子たちが、目玉が飛び出んばかりに驚愕する。


「ただの水撒きですよ。土が乾燥(加熱)しすぎている時は、たっぷりと水を与えて土壌を冷やし、固めるのが基本ですからね」


俺は黒曜石に固められて「石像」と化した魔物たちの横を、涼しい顔で通り抜けた。

「ふう……。クワを直接ぶつけずに済んで助かりました。このクワも、もう限界が近いですから」


俺がひび割れたクワの柄を撫でると、ドワーフ王がゴクリと唾を飲み込んだ。

「ガイウス殿……貴殿のそのデタラメな魔力操作の技術があれば、魔人にも勝てそうな気がするのだが……」


「そうはいきませんよ。奴らの持つ『権能』は、この水撒きのような物理現象の理屈すら無視してきますから。やはり、絶対的な強度の『農具』は不可欠です」


俺たちは石化した魔物たちを尻目に、さらに地下深くへと続く暗闇の縦穴へと歩みを進めた。

目指すは星の核の傍ら。


アダマンタイト金属が眠る、最下層の鉱脈である。

「急ぎましょう。ヤマトの飛空艇の出撃まで、時間は限られています」

熱と瘴気の満ちる奈落の採掘場。


その第一層の「害虫駆除」を終えた俺たちは、究極の土塊アダマンタイトを求めて、火山のさらに深く、深くへと潜行を続けていくのであった。


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