第166話 魔王と勇者の死闘、そして舞い降りる最凶の農家
北の開拓地は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「あっははは! 燃えろ燃えろー! 全部灰になっちゃえ!」
「ヒャッハー! 魔族なんてただのカカシじゃねえか! 殴りがいがねえぞ!」
リカの放つ黒炎が、エルたちが手塩にかけて育てた金色の麦畑を次々と飲み込んでいく。
ゴウの拳が、必死に消火活動を行おうとする魔族たちを容赦なく吹き飛ばす。
残された魔族の守備隊も決死の反撃を試みたが、ヤマトから与えられた『闇の魔力』を纏う勇者たちには、あらゆる魔法や物理攻撃が届く前に霧散してしまっていた。
「ああ……私たちの、みんなの畑が……」
エルは燃え盛る麦を前にへたり込み、絶望の涙をこぼす。
かつては不毛の更地だったこの場所に、土を運び、石を退け、ようやく実った魔族の未来。
それが今、理不尽な暴力の前に蹂躙されていた。
「泣くなよ、小娘。お前もその無駄な雑草と一緒に――」
ケンヤが薄ら笑いを浮かべ、エルに向けて魔剣を振り下ろそうとした、その瞬間。
ズドドォォォォンッ!!
空から巨大な隕石が落ちたかのような凄まじい轟音と共に、ケンヤとエルの間に土煙が舞い上がった。
吹き荒れる風圧に、ケンヤは舌打ちをして後方に跳び退く。
「……よくも。よくも、我が民の『希望』を焼いてくれたな」
土煙の中から姿を現したのは、巨大な戦斧を構え、全身から怒りのオーラを立ち昇らせる魔界の絶対者――魔王ヴァルドであった。
「ヴァルド様……!」
エルや魔族たちが希望の声を上げる。
一方の勇者たちは、その圧倒的な威圧感に怯むどころか、歓喜に顔を歪ませた。
「おおっ! マジかよ、あの角にあのプレッシャー……間違いない、魔王だ!」
「マジ!? 向こうから出向いてくるとか、超ラッキーな神イベじゃん!」
「へへっ、ここでラスボス倒せば、この世界は完全に俺たちのものだぜ!」
テンションが最高潮に達した勇者たちは、獲物を見つけたハイエナのように下劣な笑い声を上げた。
「……遊び気分か。貴様らのような外道に、我が民の血と汗の結晶を奪わせはせんッ!!」
魔王ヴァルドの怒りが頂点に達する。
彼は戦斧に極限まで魔力を圧縮し、大地が悲鳴を上げるほどの踏み込みでケンヤへと突進した。
「おおおぉぉぉッ! 【魔帝・崩山撃】!!」
山をも砕く、魔王の全力の一撃。
だが、ケンヤはそれを見ても全く動じず、ニヤリと笑って魔剣を構えた。
「無駄だよ、おっさん。俺たちは『勇者』なんだぜ?」
ガキィィィンッ!!
激しい金属音が鳴り響く。
ヴァルドの驚愕に見開かれた目の前で、彼の大技は、ケンヤの魔剣によっていとも容易く受け止められていた。
「なっ……我が全力の一撃が……!?」
「あーあ、せっかくの魔王なのに、ステータスが全然足りてねえな。教えてやるよ、勇者のシステムってやつを」
ケンヤの魔剣が、眩い光と漆黒の闇を同時に放ち始める。
「俺たち勇者のスキルや武器はな、システム的に『対魔王・対魔族』に特化した特効倍率がかかるようになってんだよ! お前がどれだけレベルを上げようが、俺の前じゃただのサンドバッグなんだよ!」
「な……ッ!?」
チート勇者という存在は、世界を救うために『魔王を殺すこと』に完全に最適化された兵器である。そこにヤマトの闇の加護が上乗せされた今、魔族であるヴァルドにとって、彼らは最悪の天敵と化していた。
「リカ! ゴウ! ボコボコにしてやれ!」
「任せろォ! 【剛力無双・連打】!」
「灰になっちゃえ! 【極大爆炎】!」
ゴウの防御力を無視する拳がヴァルドの脇腹を抉り、リカの爆炎が魔王の強固な魔力障壁を紙のように焼き払う。
「ぐふぅッ……!!」
「そしてトドメだ! 【絶対切断】!」
ケンヤの放った不可視の斬撃が、ヴァルドの胸を深く切り裂いた。
鮮血が舞い、魔界の頂点たる魔王が、ついにその場に膝をつく。
「ヴァルド様ぁっ!!」
「来るな!」
エルたちが悲鳴を上げるが、近づくことすらできない。
「はははっ! 弱えー! これが魔王かよ、拍子抜けだぜ!」
ケンヤは血を流すヴァルドを見下ろし、ゲラゲラと笑った。
「……ぐ、おぉ……。すまん、カイン……ガイウス殿……。我は、この畑を守り切れなかった……」
薄れゆく意識の中で、ヴァルドは無念の涙をこぼした。
エーデル村で農業の尊さを知り、自らの民を救うために必死で耕したこの土地が、こんな理不尽な暴力によって奪われてしまうのか。
「じゃあな、魔王。お前の領地も財産も、俺たちが美味しくいただいてやるよ」
ケンヤが、トドメを刺すべく魔剣を大きく振り上げた。
そして、その刃がヴァルドの首を刎ねようと振り下ろされた――まさにその直前。
ガキィィィィンッ!!
「……え?」
ケンヤは、自分の手に伝わった強烈な痺れに目を丸くした。
必殺の【絶対切断】を乗せた国宝級の魔剣。それが、ヴァルドの首に届く数センチ手前で『何か』に弾き返されたのだ。
「……他人の畑を荒らして泥棒を働くとは。勇者というのは、随分と下品な職業のようですね」
地を這うような、恐ろしく静かで、冷え切った声。
燃え盛る熱気の中に、突如として絶対零度の冷気が入り込んだかのように、周囲の空気が一瞬にして凍りついた。
「な、なんだてめえ……!?」
土煙が晴れたそこに立っていたのは、泥だらけの作業着を着た一人の男。
彼は、ケンヤの放った必殺の魔剣を――使い古された、赤錆の浮いた『一本のクワ』で防いでいたのである。
「ガ、ガイウス……殿……」
ヴァルドが震える声でその名を呼んだ。
俺――ガイウス・ノアは、背後に倒れる魔王と、燃え盛る麦畑を静かに見渡し、そして目前の勇者たちへと視線を戻した。
「よく耐えてくれました、魔王様。あとは俺たちにお任せを」
俺の背後から、黒龍ヴェルダが音もなく降り立ち、カインや精霊たちが次々と姿を現す。
彼らの目にもまた、この惨状に対する静かな、しかし確かな殺意が宿っていた。
「あ? なんだお前ら、あの田舎村の農民じゃねえか。せっかく逃がしてやったのに、わざわざ死にに来たのか?」
ケンヤが苛立たしげに魔剣を構え直す。
(エーデル村での事を覚えていない…?どうやら彼らは記憶操作されているみたいですね)
「対魔族特効、と言いましたね。なるほど、理の枠内にいる魔王様には分が悪かったようだ」
俺はクワを肩に担ぎ、完璧な営業スマイルを浮かべた。
「ですが、あいにくと俺はただの人間……しがない農家でしてね。お前たちのシステム(勇者のチート)など、何一つ通用しませんよ」
そして、俺は一切の感情を込めることなく言い放った。
「さあ、害獣駆除の時間です。お前たちのその汚い足で踏み荒らした作物の重み……文字通り、骨の髄まで分からせてあげますよ」




