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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第164話 脱走した勇者たちと、農家の優先順位


爽やかな朝日がエーデル村を照らす頃。

村の広場に、炎の大精霊イグニスの苛立った声が響き渡った。


「ガイウス様! あの東のチンピラ三人組がいなくなってるぜ! 宿舎の窓が開けっぱなしで、荷物も消えてやがった!」


泥だらけの長靴を履いたイグニスが、朝摘みのトマトを抱えたガイウスの元へ駆け寄る。

その後ろには、同じく異変に気づいたカインやウンディーナたちの姿もあった。


「……逃げたか。せっかく良い労働力になるかと思っていたんだがな。甘やかしたつもりはなかったんだが」

魔族の皇太子カインが、腕を組んで不満げに鼻を鳴らす。


「やっぱり、あんな連中に農作業の美しさは理解できなかったんですわ。さっさと私が水牢に閉じ込めておけばよかったですわね」

ウンディーナも氷のオーラを微かに漂わせていた。

皆が「勇者に逃げられたこと」に憤りや懸念を抱く中、当の農園主である俺――ガイウスは、縁側でお茶を啜りながらこの上なく平然としていた。


「ええ、知っていますよ。昨夜の夜中頃ですね。俺が彼らに仕掛けておいたマーキングが砕かれましたから」

「……は? 気づいていたのに、放置したのですか?」


カインが驚いて目を丸くする。

「ええ。正確には『追う必要がない』と判断したんです」

俺は持っていた湯呑みをコトリと置き、静かに目を細めた。


「俺のマーキングは、彼ら自身の力では絶対に解除できないよう極限まで魔力を編み込んでいました。それを外部から、いとも容易く粉砕した者がいる。……正体は分かりませんが、ひどく濃密で異質な『闇』の魔力でしたよ」


「外部から? ガイウス様の魔術を破るほどの存在が、この村の近くにいたというのか……!?」

イグニスが顔色を変える。


その時だった。

背後で話を聞いていた風の大精霊シルフィードが、突然顔面を蒼白にさせ、ガタガタと震え出した。


「……嘘、ですわよね。昨晩から、風がひどく淀んでいるとは思っていましたが……ガイウス様の言う『濃密な闇の魔力』……その感覚、私には覚えがありますわ」


「どうした、シルフィード。心当たりがあるのか?」

カインが尋ねると、シルフィードは青ざめた唇を震わせながら、自身の腕を強く抱きしめた。


「間違いない……。かつて、私に理外の闇の力を与え、正気を奪って暴走させたあの厄災……『魔神ヤマト』の魔力ですわ……!」

シルフィードの口から出た『魔神』という単語に、精霊たちの空気が完全に凍りついた。


「ヤマトだと!? あの時、シルフィードを操って俺たちまで散々引っ掻き回した、あの化け物か!」


イグニスが怒りと焦りの混じった声を上げる。

「ええ……。底知れぬ悪意を、親しげな仮面で隠したあの男……。なぜ、あの魔神がまたこんなところに……ッ!」

シルフィードが語る身を以て知る絶望に、カインも額に汗を浮かべた。


「……そんな化け物が、勇者と接触したというのか。事態は最悪だな。魔神が勇者たちを手駒として利用するつもりなら、世界は今度こそ終わるかもしれん。今すぐ追撃して、東の国境あたりで消し炭に――」


「まあまあ、落ち着いてください皆さん」

俺はパンッ、と軽く手を叩いて彼らの静止を促した。


「なるほど、かつてシルフィードに干渉した厄災ですか。魔神が彼らをどう利用するつもりか知りませんが、彼らがどこへ向かい、王都で何をしようと、今の俺たちには関係のないことです。……それよりも、今日はもっと『重大な危機』が迫っているんですよ」


「じゅ、重大な危機……魔神以上の脅威が、この村に……!?」

カインがゴクリと喉を鳴らし、シルフィードたちも緊張に身を強張らせる。


俺は立ち上がり、開拓地の方角をスッと指差した。

「昨日、皆さんが必死に雑草を抜いてくれた畝で……『かぼちゃ』が、想定の三倍のサイズに急成長してしまったんです。


今すぐ収穫しないと、自重でツルがちぎれて地面に落ち、割れてしまいます」

「…………はい?」

全員の間の抜けた声が重なった。


「いいですか、このかぼちゃ…皇帝かぼちゃは味が濃厚で最高のスープになりますが、皮が非常に傷つきやすいんです!。一個あたり推定50キロ、それが十個、割れたら今年の冬の保存食がパーになります」


俺は、魔神の脅威を聞いていた時とは比べ物にならないほどの『焦り』と『真剣さ』を込めて叫んだ。


「ま、魔神の暗躍とカボチャの収穫……天秤にかけるまでもないって顔してるぜ、この農家……」

イグニスが呆れ半分、尊敬半分で呟く。


「当然でしょ! あんたたち、世界が滅びるのと、今日の夕飯の絶品カボチャスープが飲めなくなるの、どっちが重大な問題だと思ってんのよ!」


いつの間にか合流していた黒龍ヴェルダが、ほうきを振り回しながら一喝した。

「……確かに。世界はいつでも救えるが、旬のカボチャは今しか食えんからな」


「ええ。カボチャスープ、絶対に飲みたいですわ……!」

カインとウンディーナが、謎の納得と共に深く頷く。

精霊達はすでにすっかり「ガイウスの農園の住人(胃袋を掴まれた者たち)」に染まりきっていた。


「さあ、皆さんツルが限界を迎える前に、あの爆弾カボチャを傷一つつけずに貯蔵庫まで運びますよ! ベルグさん、クッション用の藁を! ノームはカボチャの下の土を隆起させて、落下の衝撃を和らげる準備を!」


かくして、王都で勇者と魔神が恐るべき陰謀を巡らせているその裏で。

エーデル村の規格外な住人たちは、額に汗を流し、泥にまみれながら「巨大カボチャの運搬」という、彼らにとっての『本物の死闘』に身を投じるのであった。


「右が下がっているぞ、カイン! カボチャが傾く!」

「分かっている、ベルグ! だが重い……! ただ重いだけでなく、魔力が吸い取られるような感覚があるぞ!?」


「それは皇帝かぼちゃの特性です! 魔力に反発して重力場を歪めるので、純粋な『筋肉とバランス感覚』だけで運んでください!」


「無茶を言うなァァァッ!!」

エーデル村のスローライフは、魔神の暗躍などどこ吹く風で、今日も極めて騒がしく、そして平和であった。


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