第162話 勇者の反逆失敗そして、大精霊たちの分からせ
照りつける太陽の下、勇者ケンヤたちは、渡された重いツルハシを握りしめたまま、ワナワナと肩を震わせていた。
「……ふざ、けんな……ッ! なんで『大勇者』である俺様が、こんな泥水啜るような土木作業をやらなきゃなんねえんだよ!」
ケンヤがツルハシを地面に叩きつけ、声を荒らげる。
「そうよ! 私のネイル、もう泥だらけじゃない! こんなの絶対おかしい!」
「俺のチートスキルは、こんな石っころを叩くためにあるんじゃねえぞ!」
リカとゴウも、完全にへそを曲げて不満を爆発させていた。
先ほどガイウスの理不尽な魔力(生活魔法)によって叩き伏せられた彼らだったが、その持ち前の傲慢さは健在だった。
彼らは「さっきのは何かの罠か不意打ちだ」と現実逃避し、依然として自分たちがこの世界で最強の存在であると信じ込んでいる。
「おい、そこのお前ら!」
ケンヤが目をつけたのは、少し離れた場所で黙々と土を耕していた四人の若い男女だった。
それはもちろん、ガイウスの畑で「新人アルバイト」として働く四大精霊たちである。
「てめえら、さっきから見てりゃ偉そうにしやがって。俺たちが本気を出せば、こんな村一瞬で灰にできるんだぞ! さっさと俺たちを王都へ送り返す馬車を用意――」
「あぁ? うるせえな」
土まみれの赤髪の青年――炎の大精霊イグニスが、首に巻いたタオルで汗を拭いながら鬱陶しそうに振り返った。
「こっちは今、ガイウス様に任された『極上トマト作り』で忙しいんだよ。遊びたいなら余所でやれ、東のチンピラ」
「チ、チンピラだと……!? 舐めやがって! 俺の【絶対切断】で、てめえの首ごとこの畑を真っ二つにしてやる!」
ケンヤが激昂し、国宝級の魔剣を振り被った。
チートスキルによる不可視の斬撃が、イグニスとその後ろにあるトマトの苗へと向かって飛ぶ。
「――はぁ。本当に、魔力の使い方がなってませんわね」
ため息と共に前に出たのは、ウンディーナだった。
彼女が指先を軽く振ると、空中に『極薄の水膜』が展開された。
ケンヤの【絶対切断】が水膜に直撃するが――斬撃は水膜に触れた瞬間、威力を完全に殺され、波紋一つ残さず霧散してしまった。
「なっ……俺のチート斬撃が、ただの水に……!?」
「ただの水ではありませんわ。ガイウス様直伝、『水圧と表面張力を極限まで高めた、葉っぱを傷つけないための防風水膜』です。あなたの雑な剣圧など、そよ風にも劣りますわ」
ウンディーナが冷たい氷の微笑を浮かべる。
「クソッ! なら俺がぶっ潰してやる!」
ゴウが咆哮を上げ、【剛力無双】を発動させてウンディーナへと突進する。
だが、その足元で、突然土が生き物のように蠢いた。
「……畑で、暴れないで……土が、固まる……」
眠たげな目をした土の大精霊ノームが地脈を操作すると、ゴウの足元の土が泥沼のように変化し、瞬く間に彼の巨体を首まで飲み込んだ。
「うおぉぉッ!? ぬ、抜けねえ! なんだこの重さは!?」
「……ガイウスの教え……『土の密度を極限まで高めて、岩盤より硬くする』……。もう、抜け出せないよ……」
「キャアアッ! なんなのよこいつら! 燃えちゃえ! 全部燃えちゃえ!!」
パニックに陥ったリカが、半狂乱で【極大爆炎】の魔法を乱れ撃つ。
周囲を火の海にして逃げ出そうという算段だ。
しかし、その炎が地面に届くより早く、赤髪のイグニスがニヤリと不敵に笑って指を鳴らした。
「だから、火の扱いが雑なんだよ。……おい、リカって言ったか? 本当の『火力コントロール』ってもんを見せてやるぜ」
イグニスの指先から放たれた極小の火種が、リカの極大爆炎にぶつかる。
次の瞬間、リカの炎はイグニスの火種に完全に「喰われ」、文字通り一瞬にして空の彼方へ吸い込まれるように消滅した。
「え……?」
「いいか? 炎ってのはな、破壊するためだけにあるんじゃねえ。ガイウス様が言うにはな……『土の殺菌』と『堆肥の発酵』に使うのが一番美しいんだとよ!」
イグニスが指をスッと下ろすと、リカの足元数十センチの円形の土だけが、ジュワッという音と共に完璧な温度で「加熱殺菌」された。
髪の毛一本焦がさない、神業の如き熱操作。
リカはその圧倒的な温度差とプレッシャーに腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「最後に、私からお仕置きですわ」
シルフィードが優雅に扇子を扇ぐと、三人の頭上に局地的なつむじ風が発生した。
ただし、それは彼らを切り刻むためではなく――彼らが身につけていた豪華な装飾品、マント、そして武器だけをピンポイントで巻き上げ、遠くの空へと吹き飛ばしてしまった。
「ああっ! 私の宝石が!」
「俺の聖剣がァァッ!!」
「畑に貴金属は不要ですわ。装飾品が作物に当たって傷がついたら、どう責任を取るおつもり? ……さあ、これで身軽な『作業着』になりましたわね」
シルフィードがふふっと笑う。
神話の大精霊たちによる、一切の無駄がない『農業的』な分からせ。
彼らはチートスキルを暴力でねじ伏せるのではなく、「農作業のついで」のような技術で完全に無力化してしまったのだ。
「……あ、あ……ばけもの、だ……」
ケンヤは震える手でツルハシを抱きしめ、もはや立ち上がる気力すら失っていた。自分たちがこの世界で最強だという思い上がりは、田舎の畑の片隅で、無惨に打ち砕かれた。
「おや、皆さん。ずいぶんと土に馴染んできたようですね」
そこへ、冷たい麦茶の入ったヤカンを手にした俺――ガイウスが歩み寄ってきた。
俺は首まで土に埋まったゴウや、絶望してへたり込むケンヤたちを見下ろし、この上なく爽やかな営業スマイルを向ける。
「イグニス、ウンディーナ、ノーム、シルフィード。完璧な魔力コントロールでしたよ。作物を一切傷つけず、見事な鎮圧です。今日のまかないは特大盛りにしましょうね」
大精霊たちが、泥だらけの顔で無邪気に喜ぶ。
「…さあ、研修生の皆さん」
俺はケンヤの目の前にしゃがみ込み、その肩をポンと叩いた。
「ひっ……!」
今日から来たあなたたちは『一番下っ端』です。……さあ、無駄話は終わりです。南区画の岩盤砕き、日没までにあと1000個。終わるまで、夕飯の『アイアン・ボアの絶品ステーキ』はお預けですからね」
「……は、はいぃぃぃッ!!」
チート勇者たちは、涙と鼻水と泥で顔をぐしゃぐしゃにしながら、狂ったようにツルハシを振り下ろし始めた。




