第159話 勇者たちの西進 ――蹂躙される自国の領土
エルバンを出発した勇者ケンヤたちは、北へ向かうための迂回ルートとして、聖ガルディア王国の西側領土を進軍していた。
彼らが最初に足を踏み入れたのは、豊かな穀倉地帯を抱える西の要衝『交易都市ウェストリア』だった。
本来であれば、国を救う勇者の到来は歓喜をもって迎えられるはずである。
しかし、ウェストリアの城門は、到着の挨拶よりも先に、ゴウの放った拳風によって木端微塵に粉砕された。
「あっはは! 門番がモタモタ開けてるから、俺が開けてやったぜ!」
ゴウが豪快に笑いながら、瓦礫を踏み越えて街へ侵入する。
「お、お待ちください! 勇者様方、突然の狼藉、いかなる理由が……!」
粉塵の中から、この街を治める領主が青ざめた顔で駆け寄ってきた。
その後ろには、恐怖に震える自国の兵士たちが続いている。
ケンヤは靴の汚れを払うこともせず、傲慢な態度で領主を見下ろした。
「狼藉? 人聞きの悪いこと言うなよ。
俺たちはこれから魔王と黒龍を倒しに行ってやるんだぜ? 世界を救うための『経費』を徴収しに来ただけだ」
ケンヤはニヤリと笑い、要求を突きつけた。
「この街の金庫にある金、全部出せ。あと、最高級の宿と、とびきり上等な飯。それから、俺たちの世話をする若い女を二十人集めろ」
「そ、そんな無茶な! この街の資金は、王都へ納めるための大切な税でもあり……それに、民を差し出すなど……!」
領主が必死に抗議するが、ケンヤの顔からスッと表情が消えた。
「……あのさあ。俺がいなきゃ、この国は魔族に滅ぼされちゃうんだよ? 王様より俺の方が偉いって、なんで分かんないかなぁ」
ケンヤが指を鳴らすと、背後にいたリカが楽しそうに前に出た。
「ねえケンヤ、このおじさんウザい。ちょっと燃やしていい?」
「ああ、街の端っこから少しずつ炙ってやれ。誰が一番偉いか、体に教え込んでやる」
【ユニークスキル:『無限魔力』発動】
リカが無造作に魔法陣を展開すると、空から無数の火球が降り注ぎ、街の西側にあった巨大な穀物庫や商店が次々と炎に包まれた。
「ひぃぃッ! や、やめてくれ! 街が、民の財産が燃えてしまう!」
「あっはは! 花火みたいで綺麗じゃん! もっと泣いてよ、おじさん!」
逃げ惑う人々の悲鳴と、燃え盛る炎。
魔王軍の侵攻などではない。彼らを救うはずの「勇者」の手によって、ガルディア王国の領土は無残に蹂躙されていた。
「分かったか? 逆らえば街ごと地図から消してやる。さっさと準備しろ」
ケンヤの冷酷な言葉に、領主は絶望の涙を流しながら膝を屈するしかなかった。
勇者という名の絶対的な暴力。
彼らは道中にある自国の街や村を次々と襲い、金品を強奪し、逆らう者を容赦なく傷つけていった。その被害は、かつて魔族との国境紛争で受けた損害を、わずか数日で上回るほどだった。
「最高だな、この世界! 何をやっても許される! 俺たちこそが、絶対のルールだ!」
燃え盛る街を背景に、ケンヤは狂気に満ちた笑い声を上げた。
私利私欲にまみれた勇者たちは、もはや誰にも止められない災厄として西の街道を荒らし回っていた。
――その頃、北の辺境『エーデル村』では。
「……ぐぬぬぬぬ……ッ!!」
魔界の頂点に君臨する魔王ヴァルドが、玉の様な汗を滝のように流しながら、畑の土の前で四つん這いになっていた。
彼の巨大な手の中には、ピンポン玉ほどの大きさの、透き通るような赤い果実がある。
「父上、力みすぎです。それでは果実が潰れてしまう」
「分かっておる、カイン! だが、この『幻ガラス苺』、少しでも力を入れるとプツンと弾けてしまうではないか! 我の魔力コントロールの限界を超えておるぞ!」
魔王が涙目で叫ぶ。
幻ガラス苺。
ガイウスが育てた極めて繊細な品種であり、その皮は触れただけで破れるほど薄く、極限の優しさを持った者でなければ収穫すら許されない至高の果実だった。
「ほらほら、魔王のくせにだらしないわね。指先じゃなくて、魔力で空気の層を作って包み込むように取るのよ」
黒龍ヴェルダが、隣でヒョイヒョイと器用に苺を収穫しながらアドバイスを飛ばす。
「……ふむ。魔王様、まだ『破壊』の癖が抜けていませんね。その苺を一つでも潰したら、今日のデザートは抜きだと言いましたよね?」
ガイウスが腕を組み、ニコリともせずに見下ろしている。
「ガ、ガイウス、待ってくれ! 今、最高に優しい心で……土を愛する農夫の心で触れるから……ッ!」
絶対的な暴力で自国を蹂躙する勇者たち。
一方、世界を滅ぼす力を持ちながら、一粒の苺を潰さないために全神経を集中させて冷や汗を流す魔王と魔界の幹部たち。
圧倒的な力を持つ者たちの「力の使い方」は、あまりにも対照的だった。
欲望のままに進む勇者たちが、この「極限の優しさと理不尽」が同居する畑辿り着いた時、果たして何が起こるのか。
世界の命運は、着実に一つの畑へと収束しつつあった。




