第158話 勇者たちの進軍、動き出した物語
勇者たちによって恐怖で支配された前線都市エルバン。
大公の館の最上階で、大勇者ケンヤは退屈そうにあくびをした。
「あー、暇だ。この街の連中もすっかり大人しくなっちまって、いじりがいがない」
高級なソファに寝そべりながら、ケンヤはつまらなそうにワイングラスを揺らす。
召喚されてからというもの、彼らは思いつく限りの暴虐を尽くした。
逆らう者はゴウが力でねじ伏せ、逃げ惑う者はリカが魔法で焼き払う。
今やこの街で、彼らに逆らう愚か者は一人もいなかった。
「なあケンヤ、そろそろ次の街に行こうぜ。もっと歯ごたえのある奴を殴りてぇよ」
ゴウが拳をボキボキと鳴らしながら不満を漏らす。
その時、豪華な扉が控えめにノックされ、恐怖に顔を引き攣らせた王国軍の斥候が這うようにして入ってきた。
「ゆ、勇者様……! 魔王軍の動向について、新たな情報が入りました!」
「あ? 魔王? ……ああ、そういやそんな奴を倒すのが俺たちの本来のクエストだったか。で、どこに引きこもってんだ?」
ケンヤが冷たい目で見下ろすと、斥候は震える声で報告を始めた。
「は、はい! 魔王ヴァルドは現在、居城を空け、魔族領を越えたさらに先……『北の地』にある辺境の村に滞在しているとの情報が! さらに、驚くべきことに……」
斥候が唾を飲み込む。
「その地には、かつて世界を滅ぼしかけたと伝わる伝説の厄災……『黒龍』までが姿を現し、魔王と共闘体制を敷いているとの噂です!」
その報告を聞いた瞬間、退屈しきっていた三人の勇者の目の色が、ギラリと変わった。
「魔王と……黒龍、だと?」
ケンヤがニヤリと口角を吊り上げる。
「マジかよ! 伝説のドラゴンだろ!? 俺の『剛力無双』とドラゴンの突進、どっちが強えか試してやらあ!」
ゴウが興奮のあまり、近くにあった大理石のテーブルを拳一つで粉砕した。
「ちょっとゴウ、埃が舞うじゃない! ……でも、黒龍ってことは、その鱗とか牙とか、すっごい高級な魔法素材になるよね? 私、ドラゴンの素材で超かわいいアクセサリー作りたい!」
リカも目を輝かせ、無邪気で残酷な笑みを浮かべる。
ケンヤは立ち上がり、残っていたワインを一気に飲み干してグラスを床に叩き割った。
「最高じゃねえか。魔王を倒して世界を救った
勇者ってだけでも箔がつくのに、伝説の黒龍までおまけでついてくるなんてな。称号『ドラゴンスレイヤー』……俺の無双伝説の第一章には、ピッタリの獲物だ」
彼らに恐怖や警戒という感情はない。
与えられたチートスキルが、この世界のいかなる存在よりも上回っていると確信しきっているからだ。
神話の存在ですら、彼らにとっては自分たちを立たせるための「レアモンスター(踏み台)」でしかなかった。
「おい、行くぞお前ら! さっさとその『北の地』ってとこに案内しろ!」
ケンヤが斥候の胸ぐらを掴み上げる。
「ひぃぃッ! お、お待ちください勇者様! 北の地へは険しい霊峰が連なっており、陸路で直接北上するのは不可能です! まずはここから『西』へ向かい、海沿いの街道から大きく迂回するルートを取らねばなりません!」
「西か。……チッ、面倒くせえな。だがまあいい、ちょっとした遠足だ。道中の街も全部俺たちが支配して、最高の軍団を作ってから乗り込んでやる」
ケンヤの号令により、勇者たちはついに重い腰を上げた。
圧倒的な暴力と欲望のままに、彼らはエルバンの街を後にして「西」へと進軍を開始する。
「待ってろよ、魔王。それに黒龍。俺のチートの錆にしてやるからな……!」
意気揚々と西の街道を歩く勇者たちの背中には、一切の迷いがない。
彼らは本気で、自分たちがこの世界の頂点に立つと信じていた。
――しかし、彼らは知らない。
彼らが「レアモンスター」として狩る気満々でいるその『黒龍』は今頃、畑で麦わら帽子を被りながら、大量の雑草相手に激闘を繰り広げていることなど。
彼らが思い描く「魔王と黒龍の恐るべき共闘体制」の真実が、「いかに美味しいエールを作るか(飲めるか)」であることを。
そして、彼らが迂回してまで向かおうとしているその最終目的地には、黒龍にすら農業をさせ、大精霊たちに泣きながら玉ねぎを刻ませる、理不尽の化身たる『農家』が待ち構えているということを。
圧倒的な力と傲慢さを武器に西へ向かう勇者たち。
彼らが、世界で最も恐ろしい「スローライフの防衛線」に激突し、そのちっぽけなプライドごとクワで天地返しされる日は、確実に近づいていた。




