表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

163/205

第156話 玉ねぎと極上ステーキ


「さて、極上のアイアン・ボアの肉は手に入りました。次はこの肉の旨味を極限まで引き出す『特製オニオンソース』の仕込みです」


昼下がり。

村の共同調理場に、ガイウスの声が響いた。

テーブルの上にドンッと置かれたのは、普通の三倍ほどの大きさがあり、微かに青白いオーラを放つ玉ねぎの山だった。


「玉ねぎ……? なんだか、嫌な魔力を感じるんですが」

シルフィードが警戒するように数歩下がる。


「これは『バンシー・オニオン』。

特別交配種です。

非常に甘みが強いのですが、切った時に飛散する『催涙成分』が尋常ではありません。……では、カイン殿、精霊の皆さん。みじん切りをお願いします」


ガイウスはそう言って、彼らの前に包丁とまな板をセットした。

「はっ! たかが野菜の汁だろう。魔界の毒霧すら跳ね返すこの俺が、玉ねぎごときで涙を流すはずが……」


カインが鼻で笑い、自信満々に包丁を握る。

イグニスたち精霊も「大精霊を舐めないでくださいな」と余裕の表情で包丁を構えた。


――五分後。

「うおおぉぉんッ!! 目が……俺の目がァァァッ!!」

「ひぐっ、うぅっ……! なんで、こんなに悲しくもないのに涙が……!」


「目が開けられませんわーッ!!」

調理場は、さながら阿鼻叫喚の地獄と化していた。


カインはまな板に突っ伏して号泣し、イグニスやウンディーナは滝のように涙を流しながら、手探りで玉ねぎを刻んでいる。


バンシー・オニオンの催涙成分は、魔力耐性や物理防御を完全に無視し、「直接粘膜と魂に訴えかける」という極悪な仕様だったのだ。


「イグニス! 目を擦らない! 汁がついた手で触ったら悪化しますよ!」

「だ、だって痛いんですぅぅッ! ガイウス様、これ【極炎】で丸焼きにしちゃダメですか!?」


「ダメです。生から炒めないと甘みが出ません。……ほら、ベルグさんを見習いなさい」

ガイウスが指差した先では、巨漢のベルグが、滝のような涙を流しながらも一切表情を変えず、機械のような正確さで「タタタタタタッ!」と美しいみじん切りを完成させていた。


「ベルグさん……おとこですわ……(ボロ泣き)」

「……何、俺の故郷の冬に比べれば、これしきの痛み……(ボロ泣き)」


「あーあ、あんたたち馬鹿ねぇ。ガイウスの野菜を舐めるからそうなるのよ」

そこへ、水中ゴーグル(ガイウスお手製)と鼻栓を完全装備したリナが、余裕の足取りでやってきた。


「いい? この村で生き残るには、プライドを捨てる防具が必要なの。ほら、交代してあげるから顔を洗ってきなさい」


「ありがとうございます……ッ!」

精霊たちと魔族の皇太子が、リナの優しさに(物理的な涙と共に)感動しながら井戸へ駆け出していった。


日が完全に落ちた頃。

村の広場には、香ばしい肉の焼ける匂いと、飴色になるまで炒められた玉ねぎの甘い香りが立ち込めていた。


分厚く切られたアイアン・ボアの肉が、巨大な鉄板の上で豪快に焼かれている。


ジュゥゥゥゥッ! という音と共に、極上の脂が弾け、炎が舞い上がる。

「よし、焼き加減は完璧なミディアムレアです。ここに、先ほどのバンシー・オニオンと醤油、特製ハーブを煮詰めたソースを……」


ガイウスが、熱々のステーキの上からソースをたっぷりとかける。

ジワァァァッ!! と一気に立ち昇る湯気。

その暴力的なまでの「美味そうな匂い」に、広場にいた全員の喉がゴクリと鳴った。


「…さあ、完成です。存分に召し上がれ」

配られた皿には、顔の大きさほどもある巨大なステーキ。


カインがフォークとナイフを構え、大きく切り分けて口に運んだ。

「――ッ!!」

瞬間、カインの動きがピタリと止まる。


「ど、どうしたカイン! 毒でも入っていたか!?」

ザルクが慌てるが、カインはワナワナと震えながら、天を仰いだ。


「……溶けた。あの鋼鉄のように硬かった猪の肉が、口の中で……。そして、このソース! 涙を流したあの玉ねぎの強烈な甘みが、肉の暴力的な旨味を完璧に包み込んでいる……!!」


カインは狂ったように肉を切り、次々と口へ運んでいく。

精霊たちも一口食べた瞬間、雷に打たれたように目を見開いた。


「なんという生命力……! 嚙み締めるたびに、大地のエネルギーが直接流れ込んでくるようですわ!」

「美味い……! 号泣しながらみじん切りにした甲斐があった……!」


大精霊も、魔王軍の幹部も、もはや言葉を失い、ひたすらに肉と向き合っていた。


朝にあれほどの恐怖と脅威を振りまいた災害級の魔物は、今や彼らの血肉となり、明日への活力へと変わっていく。


「ふふん、どう? 」

ヴェルダが誇らしげに胸を張りながら、自分の分のステーキ(五人前)をぺろりと平らげている。


「ええ。皆さんが畑の土を良くしてくれたから、玉ねぎも過去最高の出来になりました。農業は、手をかけた分だけ必ずこうして『最高の形』で応えてくれるんです」


ガイウスは自分の分の肉を切り分けながら、穏やかに微笑んだ。

「……ガイウス」

ふと、ベルグが皿を空にして口を開いた。


「なんだろうな。

俺は今まで、魔族として何年も戦ってきたが……。今日、自分が耕した土で育った野菜と、自分の手で仕留めた獲物を食っているこの瞬間が……一番『生きている』と実感できる」


その言葉に、カインも、精霊たちも深く頷いた。

力で他者をねじ伏せるだけでは得られない、根源的な充足感。


土に触れ、命を奪い、そしてそれを頂くという、純粋で絶対的な「生」の営み。

「それが、農業ですから」


ガイウスが静かにエールのジョッキを掲げる。

「「「「農業スローライフに、乾杯!!」」」」

大精霊や魔界の王族、そして黒龍。


世界を滅ぼす力を持つ者たちが、今はただの「開拓仲間」としてジョッキをぶつけ合う。

(……それにしても、これほど大量のアイアン・ボアが逃げてくるなんて、東で何が起きているんでしょうね。

まあ、美味しいお肉が手に入ったから良しとしましょう)


ガイウスは星空を見上げながら、遠い地で好き勝手暴れているであろう「勇者たち」のことなど露知らず、最高級のステーキを口に運んだ。


エーデル村のスローライフは、大精霊の涙と極上ジビエの旨味をスパイスに加え、今日も圧倒的に平和であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ