第16話 神託が迷惑すぎる
朝、畑に水をやっていると、エリアが来た。
なんか地図を八枚持っていた。
前回より枚数が増えていた。
「また迷いましたか?」
「三回だけ。誤差の範囲です。地図を増やしたのに、なぜ……」
エリアが首を傾けた。 根本的な問題が解決されていない気がするが、口には出さなかった。
「今日は何用ですか」
「王都から、急ぎの話があって」
エリアが荷物から封筒を出した。
「セルジオさんから預かってきました。 直接届けたほうがいいと思って」
封を開けた。
セルジオの几帳面な筆跡で、こう書いてあった。
『ガイウス殿、緊急の連絡です。 先日、王城にて神託の再調査が行われました。 前回の神託——次の王の名が出た件——について、神官団が術式の見直しを行ったところ、追加の結果が出ました。 内容は口頭でお伝えしたいのですが、要約すると—— 「次の王はエーデル村にいる」 という結果が、改めて出ました。 宰相閣下は現在、執務室に籠って三日間出てこられていません。 ご報告まで。 追伸:私も色々と大変です』
俺は手紙を畳んだ。
「……そうですか」
「そうですか、じゃないですよ!」
エリアが声を上げた。
「エーデル村にいる、ってほぼガイウスさんのことじゃないですか」
「他にもいるかもしれません」
「いません、どう考えても」
「俺は農家です」
「農家に神託が出てるんですよ!」
俺は水桶を持ち直した。
「ブルーミントの水やりが終わっていないので」
「聞いてますか!?」
「聞いています。 ただ、今すぐ俺にできることが何もないので、水やりをします」
エリアが額に手を当てた。
「……相変わらずですね」
「そうですか」
「そうですよ」
リナが畑のほうへ歩いてきた。
エリアを見て、「また来たの」と笑った。
「何かあった? エリアさん、顔が青いよ」
「色々あって……」
「とりあえず、お茶飲む?」
「飲みます……」
リナがエリアを宿屋に連れていった。
俺は水やりを続けた。
王都が騒いでいても、ブルーミントは水を必要としている。 優先順位は明確だ。
三日後。
村の入り口に、馬が五頭来た。
近衛騎士が二人、神官服を着た男が一人、仕立てのいい服の貴族らしき男が一人、そして——
「ガイウス殿!」
セルジオだった。
「久しぶりですね」
「久しぶりどころじゃないですよ……」
セルジオが馬から降りた。 目の下に隈がある。
「全員、ガイウス殿を説得しに来た方々です」
「説得」
「王都に来てほしい、と」
俺は四人を見た。
神官は五十代くらいの厳めしい顔の男だ。
貴族は三十代で、いかにも育ちがよさそうな顔をしている。
騎士二人は真面目そうだ。
「全員別々に来たんですか」
「別々に出発したのに、なぜか全員同じタイミングで着きました」
「それは奇遇ですね」
「奇遇で済む話じゃないです」
とりあえず全員を広場に通した。
リナが「何事」という顔で水を出してくれた。
ゴードンが遠巻きに腕を組んで見ていた。
マルクが柱の陰から覗いていた。
(でてくればいいのに‥)
神官が最初に立ち上がった。
「ガイウス・ノア殿。 神託の神は、貴殿を次の王として選ばれた。 これは神の意志であり——」
「お断りします」
「え、早い!」と貴族が言った。
神官が続けた。
「神の意志に背くことは——」
「その前に神託の精度について、いくつか確認したいのですが」
神官が止まった。
「確認?」
「前回の神託で俺の名前が出たとき、術式の検証はされましたか」
「……それは」
「神託の術式は、発動者の魔力状態に影響を受けます。 前回、儀式を執り行ったのは俺ですが、当時三日連続で徹夜していました。 術式に影響が出ていた可能性があります」
神官が固まった。
「今回の再調査はどなたが」
「……神官団の若手が」
「その方の熟練度と、当日の体調は確認されましたか」
沈黙。
「確認してから出直してください」
神官が席に戻った。
次に貴族が立ち上がった。
「ガイウス殿、私はロスベルク侯爵家の者です。 王都にお戻りになれば、相応の地位と——」
「いりません」
「……財産と——」
「いりません」
「……名誉と——」
「いりません」
「……何か欲しいものは——」
「静かな暮らしですね、でもそれは今、叶ってます」
貴族がゆっくりと席に戻った。
セルジオが小声で「言った通りでしょう」と貴族に言った。
貴族が「本当だな……」と呟いた。
事前に警告されていたらしい。
騎士の一人が立ち上がった。
「ガイウス殿。 王国のために——」
「王国のためなら、ここで魔獣を抑えたほうが貢献になります」
騎士が止まった。
「なっ、それは——」
「王都に一人Sランクが増えるより、辺境の街道が安全になるほうが、商人が通れて税収が上がります。 経済的な観点から言えば、俺はここにいるほうが王国のためになっていると思いますが」
騎士がゆっくりと席に戻った。
もう一人の騎士は、最初から立ち上がらなかった。
賢い判断だと思った。
広場が静かになった。
セルジオが深いため息をついた。
「……ガイウス殿」
「なんですか」
「私も一応、説得する側なのですが」
「セルジオさんは最初から無理だとわかっていたのでは」
「……はいソウデスネ」
「なぜ来たんですか」
「な、成り行きで……」
セルジオがまたため息をついた。
隣でリナが必死に笑いをこらえていた。
肩が小刻みに震えている。
ゴードンが腕を組んだまま、「まあ、そういうことだ」と言った。
貴族が恐る恐る聞いた。
「……本当に、何も欲しくないんですか」
「今のところ、特に」
「何か、困っていることは」
俺は少し考えた。
「そうですね、ポーションの瓶が少し不足しています」
「……瓶、ですか」
「ガラス瓶です。 上質なものが手に入ると助かります」
貴族がしばらく黙った。
「……それだけですか」
「それだけです」
貴族が何かを言いかけて、やめた。
それから、「わ、わかりました、手配します」と言った。
「ありがとうございます。 助かります」
夕方、全員が宿屋に泊まることになった。
セルジオが俺の隣に来た。
「……ガイウス殿は、本当に変わらないですね」
「そうですか」
「王都では、あなたのことを色々言う人がいます。 追放されて悔しいはずだ、とか。 いつか戻ってくるはずだ、とか」
「悔しくないですし、戻りませんよ」
「わかってます」
セルジオが空を見た。
「でも正直に言うと——羨ましいです」
「何がですか?」
「こういう暮らしが」
俺は少し考えた。
「辞めればいいんじゃないですか」
「……そう簡単には、家族もいる」
「そうですか」
セルジオがエールを一口飲んだ。
「ガイウス殿は、簡単に言いますね」
「面倒なので、端的に言っています」
セルジオが笑った。
「そういうところですよ」
空が暗くなってきた。
虫の声がしている。
王都から来客があってもエーデル村の夜は静かだった。
翌朝、全員が出発の準備をしていた。
神官が俺の前に立った。
昨日より少し、顔が穏やかだ。
「……昨日指摘頂いた件、持ち帰って検証します」
「お願いします」
「もし術式に問題があったなら……申し訳なかった」
「いえ、確認は必要なことです」
神官が頷いて、馬に乗った。
貴族が箱を一つ持ってきた。
「約束のガラス瓶だ。 王都の工房の上質品を、急ぎで手配した」
俺は蓋を開けた。 透明度が高い、きれいな瓶が三十本並んでいた。
「ありがとうございます。 助かります」
「……これだけで満足されるのか」
「ええ、十分すぎます」
貴族がしばらく俺の顔を見た。
「一つだけ聞いていいかな?」
「どうぞ」
「王になりたくない理由は、本当にそれだけか。?面倒だから、というだけで」
俺は少し考えた。
「王になると、今の暮らしがなくなります。 畑も、ポーションも、エールも、この村も」
「……それだけが理由なのか?」
「それだけですが、俺にとっては十分な理由です」
貴族がしばらく黙った。
それから、小さく笑った。
「……羨ましいような、理解できないような」
「どちらでも構いません」
「なるほど、分かった」
貴族が馬に乗った。
「また瓶が必要になったら、言って欲しい。 手配するよ」
「ありがとうございます」
「あとポーション、買えるかな?王都に持ち帰りたい」
「どうぞ。 今朝仕込んだ分があります」
貴族がまた少し笑って、財布を出した。
騎士二人が出発するとき、一人が俺に言った。
「ガイウス殿、一つだけ」
「なんですか」
「昨日の言葉——辺境の安全が王国への貢献になる、というのは、本当にそう思っていますか?」
「はい、外から来る脅威を防ぐだけでもだいぶ違うと思います」
「……そういう考え方を、王都の人間は誰もしていないです」
「そうですか」
「いいや、したほうがいいと思いました」
騎士が真面目な顔で頷いて、馬に乗った。
セルジオが最後に残った。
「……全員、来た時より顔がいいですね?」
「そうですか」
「ガイウス殿と話すと、なぜかそうなる」
「俺は普通のことを言っているだけです」
「それが——」
セルジオが馬に乗った。
「その普通のことを言える人が、王都には少ないんです」
馬が歩き出した。
「またお世話になると思います」
「どうぞ。 ただ、弟子は取りませんからね」
「弟子入りしようとは思っていませんが……」
セルジオが苦笑して、馬を進めた。
五頭の馬が、街道の向こうに消えていった。
リナが隣に来た。
「全員帰ったね」
「ええ」
「ガイウスさん、瓶もらってたじゃん」
「上質な瓶が手に入りました」
「王都から来た説得団から、瓶をもらって終わるの?」
「必要なものをいただいただけです」
リナが呆れた顔をした。
「貴族が来てるのに、交渉するのが瓶って」
「瓶は実用的ですから」
「王様になれって言われてるんだよ?」
「面倒なので」
「ほらまたそれ」
リナが笑った。
「でもさ、一個だけ聞いていい」
「なんですか」
「もし——もし、神託が本当に正しかったとして。 ガイウスさんが王様になったら、すごくいい王様になると思う。 それでも嫌なの?」
俺は少し考えた。
「なりたくないです」
「なんで」
「王様になったら、リナさんのポーション作りを見ていられなくなるので」
リナが固まった。
「……それが理由?」
「理由の一つです」
「他にも色々あるんでしょ」
「あります。 畑とか、エールとか、ゴードンさんの話とか、グラントさんの無口とか、マルクが騒がしいこととか、スローライフとか」
「わ、私が最初に出てきたじゃん」
「言いましたか?」
「言った」
リナが少し赤くなった。
それから、笑った。
「……本当変な人」
「そうですか」
「うん。でも、そういうとこ、嫌いじゃない」
リナが宿屋に戻っていった。
俺は手に持っていたガラス瓶を確認した。
透明度が高くて、きれいだ。 これなら上級ポーションが映える。
作業場に戻って、さっそく仕込みを再開した。
窓の外で、鳥が鳴いた。
空は今日も青かった。
スローライフは、今日も順調だ。
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