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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第15話 お祝い

夕方、いつものように畑から戻ると、宿屋の広場が妙に騒がしかった。


酒場のグラントが巨大な酒樽を二つも転がしてきており、息子のマルクがせっせとテーブルを並べている。

村長のゴードンに至っては、自宅から自分用の特等席(椅子)を運び込んでいた。


「……何をしているんですか、あんたたちは」

俺が声をかけると、リナがパッと振り返った。


「お祝いって言ったじゃん! はい、ガイウスさんは主役なんだから、そこに座って」

「言った覚えはありますが、こんな大掛かりな宴にするとは聞いていませんよ」


「当たり前でしょ」

リナはエプロンの上で腕を組み、ふんぞり返ってみせた。

「みんな心配してたんだから。これくらい派手にやらないと、村の気が済まないの」


隣でエリアが何かを手伝おうとして、皿をひっくり返しそうになっていた。

ゴードンが俺の肩を叩き、「覚悟しろ。今夜は長いぞ」とだけ言って、にやりと笑った。


日が暮れる頃には、広場には村中の人間が集まっていた。

グラントが秘蔵のエールを惜しみなく振る舞い、リナの母親が腕によりをかけた料理が次々と運ばれてくる。


具だくさんのシチュー、焼きたての香ばしいパン、採れたて野菜の煮込みに、脂の乗った肉の串焼き。

「すごい量ですね……これ、全部食べるんですか」


「お母さんが張り切っちゃって。ほら、エリアさんなんて、もう三本目だよ」

リナが指差す先では、エリアが両手に串焼きを持って、リスのように頬張っていた。


「美味しいです、これ! 王都の高級店よりずっと……むぐっ」

「気に入ってくれてよかった。エリアさん、もっと食べてね」

リナの笑い声が、夜の空気によく響く。

(いや詰まってる詰まってる‥)


グラントが俺の前に黙ってジョッキを置いた。今月三杯目。

俺の「スローライフ」始まって以来の新記録だ。 隣に座ったマルクが、目を輝かせて俺を見上げてくる。


「ガイウスさん、今日のかっこよかった! あのドレクって人、あんなに怖そうだったのに、ガイウスさんが話し始めたらどんどん顔が青くなってさ」

「見ていたのですか?」

「少しだけ」 直後、グラントがマルクの頭を軽く小突いた。

「危ないから近づくなと言っただろう。……」

グラントはそれだけ言うと、また無言で次の樽を空けに向かった。不器用な男だ。


広場の中央では、ゴードンが「昔、俺が仕留めた大型魔獣はだな……」と武勇伝を始めていた。

聞くたびに魔獣のサイズが大きくなっている気がするが、誰もそれを指摘しない。


「それ記録には残っていますか?」と大真面目に聞き返すエリアと、「記録なんてのは、この俺の拳に刻まれてるんだ!」と豪語する村長。

そんなやり取りに、村人たちの笑い声が重なる。

俺はエールを口に含み、焚き火に照らされた人々の顔を眺めた。

王都での十年間には、決してなかった光景だ。

あそこにあったのは、常に誰かを蹴落とすための策略か、形だけの儀礼的な晩餐会だった。

揺れる炎と、心地よい騒音。……悪くない夜だ。


夜も更け、村人たちが千鳥足で帰り始めた頃。

エリアはゴードンの長い武勇伝を完走し、満足げに船を漕いでいた。


「今夜も泊まっていきますか、エリア」

「……いいんですか? あ、でも、明日はちゃんと帰らなきゃ」

「地図を六枚に増やせば、今度こそ迷わずに帰れるんじゃないですか」

「……それ絶対バカにしてますよね……」


リナが「部屋、用意してあるから行こう」とエリアの肩を支えて連れて行った。

グラントとマルクが手際よく樽を片付け、最後に残ったゴードンが俺の隣に座った。


「ガイウス」

「はい、どうしました?」

「……よくやった。礼を言う」 短く、重みのある言葉だった。

「お前さんがいてくれて助かった。リナも、この村もな。……ゆっくり休め。明日はまた、畑だろう?」

「ええ、そのつもりです」

ゴードンが去り、広場には俺一人になった。

小さくなった焚き火が、パチりと爆ぜる。


遠くで夜鳥の声が聞こえる。

最後の一口を飲み干したエールは、旨かった。

「……起きてたの?」

戻ってきたリナが、俺の隣に腰を下ろした。 二人の間に、静かな時間が流れる。


「ねえ、ガイウスさん。なんであんなに動いてくれたの? ……本当のこと、教えてよ」

「本当のことなら、前に言いました。面倒だったからです」


「またそれ。嘘だって言ったじゃん」 リナが焚き火の残火を見つめたまま、小さく笑った。

俺は少し考え、夜空を仰いだ。

「……リナさんが自分で行くと言い出したとき」 「うん」

「あの時の顔が、嫌だったんだ」

リナが不思議そうにこちらを向く。


「あの顔?」

「……諦めた顔だ。自分が犠牲になればすべて丸く収まる、そうやって無理に納得しようとしている顔。王都で、そういうやつらを何人も見てきた。……だが俺は、一度もそいつらを助けなかった。助ける立場になかったから」


宮廷魔導師という立場は、個人の感情で動くことを許さない。

「だが、ここでは違った。俺にはできることがあり、やる理由もあった。それだけです」


沈黙が降りた。

リナはしばらく火を見つめていたが、やがてぽつりと呟いた。

「……王都で助けられなかった人たちのこと、ずっと覚えてたんだね」

「忘れていないだけです。別に引きずっているわけじゃないですし‥」

「そっか」

リナが膝を抱え、少しだけ俺の方に寄った。


「私、この村が好き。お母さんも、みんなもいるから。……でも、ガイウスさんが来てから、もっと好きになったよ。変な人だけど、いてくれて本当によかった」


焚き火が、静かに灰へと変わっていく。

「……俺も」

「え?」

「俺も、ここに来てよかったと思っています。それは本当です」

リナが驚いたように目を見開き、それから、これまでで一番柔らかく笑った。

「……なんだ、素直じゃん」

「そうですかね?」


夜風が吹き抜け、最後の炎が消えた。

「おやすみ、ガイウスさん」

「おやすみなさい、リナさん」

宿屋へ入っていく彼女の背中を見送り、俺は最後にもう一度空を見上げた。


視界を埋め尽くすほどの星。 不便で、賑やかで、驚くほど平穏な村。


スローライフは、今日からまた——順調に、騒がしく続いていきそうだ。


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