第153話 とある大陸の勇者召喚 ――私利私欲の救世主たち
ガイウスたちがエーデル村で、魔王や大精霊たちと賑やかな宴を繰り広げていた頃。
そこから海を隔てた遥か遠方、人間至上主義を掲げる巨大国家「エリアルド王国」の王城、その地下深くに存在する『儀式の間』では、何百年も禁忌とされてきた大魔術が行われようとしていた。
「おお……! 光が、満ちていく……!」
「魔石の出力、限界を突破! 空間座標、東方の異世界に固定!」
円形に掘られた地下室には、むせ返るような香の匂いと、濃密すぎて息苦しさすら覚える魔力が充満していた。
数十人の宮廷魔術師たちが、文字通り己の命を削り、血を吐くような思いで魔力を注ぎ込んでいる。
床に描かれた直径十メートルにも及ぶ複雑怪奇な魔法陣が、まるで心臓のように脈打ち、眩い光を放ち始めた。
「ついに……ついにこの時が来た! 伝説の『勇者召喚』が成功するぞ!」
玉座に腰掛けるエリアルド王、アルベルトの顔が歓喜に歪む。
エリアルド王国は、長きにわたり魔族との領土争いを続けてきた。だが、現魔王ヴァルドの圧倒的な力の前に軍は敗退を重ね、今や大陸の覇権を失いかけていた。
王は焦っていた。
自らの権威を保つため、そして忌まわしき魔族をこの世界から根絶やしにするため、古の文献を紐解き、異世界からの「規格外の力」を呼び寄せる決断を下したのだ。
カッ、と世界を白く染め上げるような閃光が弾け、魔術師たちが次々と意識を失い倒れ伏す。
やがて光が収まると、魔法陣の中央には、見慣れぬ意匠の服――東方の異世界で『制服』や『ストリートファッション』と呼ばれる衣を纏った、三人の若者たちが立っていた。
「……は? なんだここ。映画のセット?」
「ちょっ、ケンヤ、マジで異世界転生じゃないのこれ!? ヤバッ、ウケるんだけど!」
「うそ、スマホ圏外じゃん。マジ最悪ー。てか、ここ空気カビ臭くない?」
リーダー格の茶髪の少年・ケンヤ。
取り巻きのように彼に付き従う、筋骨隆々で粗暴な目つきの少年・ゴウ。
そして、派手な化粧と露出の多い服を着た少女・リカ。
彼らは突然見知らぬ場所に拉致されたというのに、恐怖や混乱を見せるどころか、周囲を囲む重武装の騎士たちや、豪華なローブを着た老人たちを品定めするように見回していた。
元の世界で、フィクションとしての「異世界召喚」に触れすぎていたが故の、異常な適応力だった。
「よくぞ参られた、東方の異世界より来たりし勇者たちよ!」
アルベルト王が立ち上がり、大仰な身振りで両手を広げる。
「我らは、世界を脅かす邪悪なる『魔王』の脅威に晒されている。民は怯え、大地は魔族の毒によって汚染されているのだ。
どうか、そなたらに宿りし『神なる力』をもって魔王軍を討ち果たし、この世界を救っていただきたい!」
本来ならば、ここで勇者が正義感に燃え上がり、震える手で剣を取る感動的な場面である。騎士たちも、救世主の感動的な宣誓を期待して息を呑んだ。
しかし、ケンヤは王の言葉など半分も聞いていなかった。
彼の網膜には先ほどから、半透明の『ステータス画面』のようなものが浮かび上がっていたのだ。
【名前:ケンヤ】
【職業:大勇者】
【ユニークスキル:『限界突破』『絶対切断』『全属性魔法適性』……】
「……マジかよ」
ケンヤの口元が、ニヤリと下品な三日月の形に歪んだ。
彼は元の世界では、教師からは見放され、弱い者いじめでしか自尊心を満たせないチンピラ同然の学生だった。
だが、今、彼に与えられたステータスは、この世界のどんな英雄をも凌駕する「チート」そのものだった。
「おい、ゴウ、リカ。お前らもなんか見えてるか?」
「ああ。なんか『剛力無双』とか『金剛不壊』とか書いてあるぜ。……ちょっと試してみるか」
ゴウがニタニタと笑いながら、近くにあった大理石の太い柱に無造作に拳を振り下ろした。
ドガァァァンッ!!
という轟音と共に、屈強な騎士が束になっても壊せない大理石の柱が、まるで飴細工のように粉々に砕け散った。
「ヒッ……!?」
周囲の騎士たちが、そのデタラメな威力に後ずさる。
「あははっ、ゴウうけるー! 私なんか『無限魔力』だってさ。ちょっとやっていい?」
リカが指先をパチンと鳴らすと、何の前触れも詠唱もなく、玉座の間の天井に届くほどの巨大な灼熱の炎が渦を巻いた。
熟練の宮廷魔術師でさえ数人がかりで発動する大魔法を、ただの遊び半分で顕現させたのだ。
「す、素晴らしい……! やはり伝承は真実であった! それこそが魔王を打ち倒す奇跡の力!」
王が興奮のあまり身を乗り出す。
だが、ケンヤはポケットに手を入れたまま、傲慢な足取りで王の玉座へと近づき、その一段下の階段に無作法に腰を下ろした。
「……で? 王様。俺たちに何のメリットがあんの?」
「は……?」
予想外の言葉に、アルベルト王の笑みが固まる。
「いやさ、魔王を倒せって言うのはいいけど、タダ働きはごめんだぜ? さっきのゴウとリカの力、見ただろ? 俺はアレより強いんだわ。
つまり、俺たち今、この世界で一番強いわけじゃん?」
ケンヤが底意地の悪い目で、王を見下ろすように睨みつける。
「そ、それはそうだが……勇者たるもの、無償の愛と正義で弱きを助け……」
「ハッ、バカ言ってんじゃねえよ」
ケンヤの冷たい一言に、その場にいた騎士が一斉に剣に手をかけた。
しかし、ケンヤが「あ?」と睨み返しただけで、『大勇者』の持つ圧倒的な威圧スキルが発動し、騎士たちは全員その場に膝をついてガタガタと震え始めた。
「いいか、王様。
俺たちは元の世界じゃ結構退屈してたんだ。
せっかくこんなチート能力もらったんだから、美味しい思いさせてもらわないと割に合わねえ。
金、地位、権力。最高の飯に、極上のベッド。あと、そこの震えてる可愛いメイドや姫様たちも俺の世話係にしろ」
ケンヤはニタニタと笑いながら要求を並べ立てた。
「俺たちが魔王ってやつをぶっ殺してやる代わりに、この国の美味しいところ、全部俺たちに寄越せよ。どうせ俺たちがいないと、魔王に滅ぼされちゃうんでしょ?」
静まり返る召喚の間。
救世主として呼ばれた者たちの、あまりにも露骨で、下劣で、私利私欲にまみれた本性。王宮の者たちは皆、とんでもない化け物を呼び出してしまったと絶望の色を浮かべた。
だが――アルベルト王だけは違った。
彼は怒るどころか、その口角を微かに吊り上げ、内心で舌打ちをしながらも歓喜していた。
(……ふん、正義感に燃える高潔で愚直な馬鹿より、欲望で動く俗物のほうがよほど扱いやすい)
この王もまた、平和などこれっぽっちも望んではいなかったのだ。
勇者のデタラメな武力を使って魔族領を侵略し、尽きることのない資源を奪う。
さらにはその力を見せつけて周辺諸国を武力で平定し、自分が大陸全土の絶対的な支配者となる。それが王の真の野望だった。
欲望で動く若者なら、金と女と特権を与えておけば、勝手に敵国を蹂躙する便利な「兵器」として機能する。
「……よかろう。勇者どのたちの望むままの富と名声、そして特権を与えよう。すべては、この世界に平和をもたらすためだ」
王は鷹揚に頷き、毒を含んだ笑みを返した。
「おっ、話が分かるじゃん、王様! そういうことなら、きっちり仕事してやるよ!」
ケンヤが下卑た笑い声を上げ、三人の『勇者』たちは手を取り合って歓喜した。
「よっしゃ! この世界、俺たちのやりたい放題だぜ!」
「まずは魔族ってやつらの土地を奪って、全員奴隷にしてやるか!」
「邪魔するやつは、私の魔法で全部燃やしちゃえばいいしねー!」
圧倒的な暴力と、抑えきれない欲望。
東方の国から呼ばれた彼らは、世界を救う者ではなく、世界を自分たちの都合の良い遊び場に作り変えようとする『災厄』に他ならなかった。
「待ってろよ、魔王。俺の踏み台にしてやるからな……!」
ケンヤが、まだ見ぬ敵に向けて意気揚々と宣戦布告をする。
――しかし、彼らは知らない。
彼らが思い描く「恐ろしく邪悪で、暗い玉座でふんぞり返っている魔王」が、今頃、遥か遠くの辺境の村で、頭にタオルを巻きながら村で「今年のエール」について熱く語り合っていることなど。
彼らが「自分たちのチートなら楽勝で蹴散らせる」と見下している魔王軍の最高幹部たちが、毎日百キロの岩を素手で砕き、広大な土地を一日で耕す『極限の農作業』によって、魔法の技術も肉体も限界を超えて進化し続けていることなど。
そして、彼らが意気揚々と進軍しようとしている先には、彼らが束になっても勝てない神話の大精霊たちを「ただの新人アルバイト」として顎で使い、伝説の黒龍を「現場監督」としてこき使う、世界最凶の『農家』が待ち構えているということを。
「チートスキル」という生ぬるいおもちゃを与えられただけの、欲望にまみれた勇者たち。
彼らが、手塩にかけて育てた畑を荒らされることを何よりも嫌う「悪魔の農家」の逆鱗に触れ、本当の『絶望(スローライフの洗礼)』を知るのは、もう少しだけ先のお話である。




