第152話 歓迎会。精霊と魔王の邂逅、そして震える大精霊たち
「というわけで、今日は皆さんが農家の『研修生』として正式に加わったことを祝して、歓迎会を行います」
夕暮れ時。
エーデル村の広場には、長い木テーブルがいくつも並べられ、ランタンの温かい光が灯っていた。
テーブルの上には、リナたち村の女性陣が腕によりをかけた料理が山と積まれている。
ガイウスの畑で採れた夏野菜のグリル、特大の猪肉のロースト、そして冷えた特製エールの樽。
「おおぉ……! これが全部、私たちへの歓迎の品……!」
「泥まみれになった甲斐がありましたわ……!」
四大精霊たちは、目の前の豪華なごちそうに目を輝かせていた。
この数日ですっかり「労働の後の飯」の美味さを刷り込まれた彼女たちの胃袋は、すでに限界を訴えている。
「ふふん、感謝しなさいよね。今日の主役はあんたたちなんだから」
ヴェルダがエールが入ったジョッキを片手に、先輩風を吹かせて笑う。
「さあ、皆さん。遠慮なく食べて――」
ガイウスが乾杯の音頭を取ろうとした、その時だった。
『ゴゴゴゴゴ……ッ!!』
突如、村の入り口付近の空間が歪み、圧倒的な魔力の奔流が広場に押し寄せた。
ただの魔法ではない。空気が重く沈み、生物の本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らすような、桁外れの漆黒の気配。
「な、何事ですの!?」
ウンディーナが顔を引き攣らせる。
イグニスが即座に立ち上がり、両手に極炎を宿した。
「この魔力……間違いない、魔族だ! それも並の魔族じゃない、最上位の力を持つ者たちが複数……!」
村の外に姿を現したのは、三人の魔族だった。
鋭い眼光を放つ魔族の皇太子カイン、巨躯から威圧感を漂わせるベルグ、そして飄々としながらも隙のないザルク。
皇太子と魔王軍を支える最高幹部たちである。
「なぜ、魔族がこんな辺境の村に!? しかも一直線にこちらへ向かってくるぞ!」
シルフィードが風の結界を展開し、精霊たちは完全に戦闘態勢に入った。
大精霊vs魔王軍幹部。かつての世界大戦を彷彿とさせる、一触即発の事態――。
「よう、ガイウス! 遅れてすまんな! 今日の堆肥の仕込みに手間取ってな」
「……」
「……はい?」
殺気を漲らせていたイグニスの手から、ボトッと火の玉が落ちた。
魔界の次期王たるカインは、威風堂々たる歩みでテーブルに近づくと、ガイウスの肩をガシッと叩いた。その服装は軍服ではなく、着慣れた『作業着』だった。
「カイン殿、お疲れ様です。ベルグさんもザルクさんも、よく来てくださいました」
「おう。今日は新人の歓迎会だと聞いてな。先輩の『農友』として、挨拶に来ねえわけにはいかねえだろう」
ザルクが笑いながら、空いている席にドカッと座る。
ベルグは黙ってイグニスたちの前に立ち、その巨体から底知れぬプレッシャーを放ちながら――ペコリと頭を下げた。
「……ベルグだ。石拾いと土壌改良が得意だ。よろしく頼む」
「えっ……あ、はい……よろしくお願いします……?」
イグニスが毒気を抜かれたように、ペコッと頭を下げ返す。
「ちょ、ちょっとガイウス様!? なぜ魔王軍の幹部が、まるで近所の農家みたいな顔で混ざっているのですか!?」
混乱の極みに達した精霊たちがガイウスに詰め寄るが、ガイウスは平然とエールを注いでいた。
「ああ、彼らは北の地を開拓している『農友』ですよ。カイン殿はクワの扱いがだいぶ上手くなりましたね」
「魔族の皇太子がクワを……!? この村、どうなっているの……ッ!」
だが、精霊たちの試練はこれだけでは終わらなかった。
「おお! 間に合ったか! 歓迎会をすると聞いたから来たぞ!」
上空からドスンッと重低音を響かせ、一人の巨漢が広場に降り立った。
頭に生えた立派な角、全身から溢れ出る、先ほどのカインたちすら凌駕する文字通りの『魔の王』の覇気。
「ま、魔王ヴァルド……ッ!?」
イグニスが悲鳴のような声を上げた。
四大精霊ですら単独では勝てるか分からない、現魔界の最高権力者。
それが、なぜかマイジョッキを持参して満面の笑みを浮かべている。
「魔王様。いらっしゃいませ。
ですが、着地地点が畑の真横です。
あと十センチずれていたら、お帰り頂くところでしたよ」
「おおっと、すまんすまん! ガイウスの土は柔らかくて気持ちが良いからな! 今日は新人たちの歓迎会だろう? 俺も混ぜてくれ!」
「も、魔王が、人間の農家に謝ったぁぁ!?」
精霊たちは互いに抱き合い、ガクガクと震え上がっていた。
右を見れば魔王、左を見れば魔王軍最高幹部。そして正面には、彼らを平然とあしらう人間の農家と、肉に噛みついている黒龍。
「……あんたたち、いつまで突っ立ってんのよ」
ヴェルダが口の周りをタレで汚しながら、精霊たちに呆れたように言った。
「この村じゃ、魔王だろうが精霊だろうが、ただの『よく食べる客』か『労働力』でしかないのよ。さっさと座って食べないと、カインたちに肉を全部持っていかれるわよ」
「おう、この猪肉美味いな! ガイウス、これどうやって味付けしたんだ?」
「俺が育てた特製のハーブ塩です。カイン殿、野菜もちゃんと食べてくださいね」
「分かっている! 今、このトマトを食おうとしていたところだ!」
皇太子と農家の微笑ましい(?)やり取りを見て、精霊たちの張り詰めていた緊張の糸が、プツンと切れた。
「……もう、どうにでもなれですわ……」
ウンディーナがフラフラと席につき、ヤケクソ気味にエールのジョッキを煽った。
「ぷはぁッ! ……美味しいですわね、これ」
「おっ、嬢ちゃんいい飲みっぷりだな! 俺と勝負するか!」
魔王ヴァルドが上機嫌でウンディーナにジョッキをぶつける。
「負けませんわよ! 私は水の大精霊! 液体でこの私に勝てると思いまして!?」
「わははは! 言うではないか!」
数十分後。
そこには、魔王と肩を組んでエールを呷るウンディーナと、ベルグと一緒に真剣な顔で「効率的な岩の砕き方」を議論するノーム、そしてカインと「どちらがより美しい畝を作れるか」で口論するイグニスの姿があった。
神話も魔界も関係ない。
美味しいご飯と、農業という共通の話題の前に、彼らはただの「エーデル村の仲間」として夜遅くまで語り明かすのだった。
「……ガイウス、うちの精霊たち、完全に馴染んだわね」
「ええ。皆さんが畑で流した汗は本物ですから。仲間になるのも早いでしょう」
ガイウスは騒がしくも平和な宴の風景を眺めながら、満足げに微笑んだ。
スローライフは、今日も神話級のスケールを巻き込みながら、極めて順調だった。




