第151話 土木工事と、精霊たちの『ミリ単位』の攻防
「冷製パスタ、最高でしたわ……! トマトの酸味とキュウリの歯ごたえが絶妙で……」
「ふふん、分かったかしら? これが我が農園が誇る『採れたて』の威力よ」
昼休憩を終えた四大精霊たちは、すっかりガイウスの畑の虜になっていた。
午後の日差しが照りつける中、腹を満たした一行は村の南区画へと移動する。ここは先日、ガイウスが新しく切り拓いたばかりの広大な平地だった。
「さて、皆さんの魔力のおかげで土の栄養状態は完璧です。午後の作業は、ここに『カボチャ』の苗を植えるための『畝』を作ってもらいます」
ガイウスがクワを片手に説明を始める。
「この種は非常にデリケートな品種です。水はけが命なので、高さはキッチリ三十センチ。そして根を均等に張らせるため、端から端まで『寸分違わぬ真っ直ぐな直線』を描く必要があります。……分かりましたね?」
ニコリと微笑むガイウスの背後に、名状しがたいプレッシャーのオーラが幻視され、精霊たちはゴクリと息を呑んだ。
「と、当然です! 私たちを誰だと思っているのです! 神話の時代から地形そのものをデザインしてきた大精霊ですよ!」
イグニスが胸を張り、他の三人も深く頷く。
「直線を作ればいいのですね? ならば私の【水刃】で土を削り取って……」
ウンディーナが指先に高水圧の刃を作り出し、地面に向かって放とうとした瞬間。
「ウンディーナ」
ガイウスの低く、地を這うような声が響いた。
「……水圧で土を削れば、断面の土の粒子が潰れて『泥化』します。水はけが命だと言いましたよね? もし泥の塊を作ったら、今日のロールケーキは没収です」
「ひゃんっ!? す、ストップ! 今すぐ解除しますわ!」
ウンディーナが慌てて魔法をかき消すと、今度はノームが進み出た。
「……なら、私が。【地脈操作】で、土を、持ち上げる……」
ノームが地面に両手をつくと、ズゴゴゴゴ……と音を立てて、見事なまでに真っ直ぐで、定規で測ったかのように美しい三十センチの畝が隆起した。
「どう……?」
ノームが眠たげな目でドヤ顔を決めるが、ガイウスは無言でその畝にクワを振り下ろした。
カキィィンッ!!
小気味良い金属音が鳴り響き、クワが弾き返される。
「ノーム。形は完璧ですが、土の密度を高めすぎて完全に『岩盤』と化しています。これではカボチャの根が呼吸できません。やり直しです」
「……ショック……」
ノームが項垂れ、土に還りそうな勢いで落ち込んだ。
「あーもう、あんたたち! 揃いも揃って不器用なんだから!」
見かねたヴェルダが、腕を組んで前に出た。
「先輩のお手本を見せてあげるわ! よく見て学びなさい!」
ヴェルダは魔法を使わず、ガイウスから渡されたクワを両手で構えた。
足のスタンスを肩幅に開き、腰を深く落とす。その構えには、一連の無駄がない。
「いい? 農業っていうのはね、自然をねじ伏せるんじゃないの。土の『声』を聞いて、手助けをしてあげるのよ!」
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
ヴェルダがリズミカルにクワを振り下ろす。力任せではなく、自重とクワの重心を利用した滑らかな動き。
すくい上げられた土は適度な空気を含みながら、ふんわりとした完璧な直線の畝を形成していく。
それは、魔力という暴力に頼らない、純粋な「技術」と「土への理解」の結晶だった。
「……お、おおぉ……!」
「なんという美しさ……! 土が、喜んで呼吸しているのが分かりますわ!」
精霊たちが、目を輝かせてヴェルダの作業に見入る。
「素晴らしいですね、ヴェルダ。土の団粒構造を一切壊さず、空気の層を絶妙に残している。俺が教えたことを完璧にマスターしています」
ガイウスが満足げに拍手を送ると、ヴェルダは顔を真っ赤にして「これくらい当然!」と照れ隠しにクワを肩に担いだ。
「さあ、お手本は見たわね! あんたたちも魔力に頼らず、手と腰を使って土と対話しなさい! 日が暮れるまでにこの区画を終わらせないと、おやつは抜きよ!」
「「「「はいっ、ヴェルダ先輩!!」」」」
神話の大精霊たちが、一斉にクワを握りしめ、泥だらけになりながら懸命に土を耕し始めた。
「イグニス、腰が高い! もっと重心を落とす!」
「は、はいっ!」
「シルフィード、風で土を飛ばして誤魔化さない! ちゃんと手で盛り上げる!」
「ば、バレましたか……!」
夕暮れ時。
南区画には、見事なまでに真っ直ぐで、ふかふかの畝が夕日に照らされてどこまでも続いていた。
「……終わった……。腕が、パンパンです……」
「でも……なんだか、ものすごく達成感がありますわね……」
ボロボロになった精霊たちが、自分の作った畝を見て満足げな笑みを浮かべている。
「皆さん、お疲れ様でした。初日にしては上出来です」
ガイウスが労いの言葉をかけると、縁側の方からリナの声が響いた。
「おーい! みんなー! お茶入ったよー! ロールケーキ、切っておいたからねー!」
その声を聞いた瞬間、疲労困憊だったはずの四大精霊たちが、かつてないほどの機敏な動きで縁側へと殺到した。
「一番分厚いのは私よ! 午前中の約束、忘れてないでしょうね!」
「せ、先輩ずるい! 私だってさっき一番綺麗に土を盛りました!」
「喧嘩するな、お前たち。ケーキは逃げませんよ」
黄金色の夕焼けの中、世界を滅ぼしかねない神話の存在たちが、切り株のテーブルを囲んでケーキに舌鼓を打つ。
「美味い……! 労働の後の甘味、五臓六腑に染み渡ります……!」
「明日も……明日も頑張って、土を耕す……!」
ガイウスは、そんな彼女たちの姿を温かいお茶をすすりながら眺めていた。
(やはり、農業はいいですね。どんな存在であれ、土の前に立てばみな平等な『農家』になれる)
エーデル村のスローライフは、今日も極めて平和に、そして着実に開拓を進めていくのだった。




