第150話 黒龍先輩の農業指導
四大精霊がエーデル村の「農業研修生」として強制就職してから、数日が経過した。
その日の朝。
俺は村長のゴードンさんから「隣町から新しい農具と種を取り寄せる手続きをしてほしい」と頼まれ、半日ほど畑を空けることになった。
「というわけで、昼過ぎまで留守にします。……ヴェルダ、俺がいない間の畑の管理と、新人の『研修』はお前に任せますよ」
『任せなさい! 伊達に一番長くガイウスの無茶苦茶な農業に付き合ってないよ!』
俺の指示に対し、人間の姿(黒髪のポニーテールにエプロン姿)になった黒龍ヴェルダが、自信満々に胸を叩いた。
俺は頷き、広場に整列している四人の精霊たちに視線を向ける。
「いいですか、皆さん。ヴェルダは俺の畑を誰よりも理解している『現場監督(先輩)』です。
俺がいない間は、彼女の指示に絶対服従すること。
もし俺のトマトや薬草に傷一つでもつけたら……分かっていますね?」
「「「「ヒッ……!! は、はいっ!!」」」」
死の大精霊すら一撃で粉砕する「悪魔の農家」の静かな脅しに、神話の存在である四大精霊たちが肩を震わせて直立不動の姿勢をとった。
それを見届け、俺は安心して村の集会所へと向かった。
ガイウスの姿が見えなくなったのを確認し、ヴェルダはコホンと一つ咳払いをし、腕を組んで四大精霊たちの前に立った。
「さあ、あんたたち! 今日から私がこの農園の『先輩』として、ガイウスの畑で生き残るための絶対の掟を叩き込んであげるわ!」
「せ、先輩……」
「そうよ! 私はあんたたちよりずっと前から、あの規格外の農家のデタラメに付き合って、畑を耕してきたの! この村でのヒエラルキーは、ガイウスがトップ! 次に野菜! その次に私! あんたたちは一番下っ端の研修生よ!」
かつては世界を滅ぼす存在として畏れられた黒龍が、先輩風を吹かせて偉そうにふんぞり返っている。
イグニスが面白くなさそうに口を尖らせた。
「なんだよ、ただのトカゲの分際で偉そうに……。私たち大精霊が、なんでこんな泥臭い畑仕事を――」
『あ? なんか言った? 今日の夕飯の【特製魔力触媒(最高級の魔石)】と、リナ特製のおやつ、抜かれたい?』
「……ッ!! い、いえ! 何でもありません、ヴェルダ先輩ッ!」
イグニスは慌てて口を手で塞いだ。
精霊たちはこの数日で、人間の作る「食事」の恐るべき美味さに完全に胃袋を掴まれていたのだ。食事抜きという罰は、彼女たちにとって何よりも恐ろしい。
「よろしい。じゃあ、今日の作業割り振りを発表するわよ!」
ヴェルダの厳しい(?)指導のもと、四大精霊の農作業が始まった。
「こら、イグニス! 雑草を燃やすのに【極炎】を使わない! 土の表面のバクテリアまで死んじゃうでしょ! ガイウスにバレたらクワで天地返しされるわよ!」
「ひぃぃっ! す、すみません先輩! マッチ程度の火力でピンポイントで焼きますぅ!」
「ウンディーナ! トマトの水やりは根元にそっとよ! 葉っぱに水をかけたら、レンズ効果で葉焼けするって教わったでしょ!」
「はわわっ!? わ、忘れておりましたわ! 優しい霧状にして散布しますわね!」
「シルフィード! 風の調整は完璧だけど、風向きが一定すぎ! 自然な揺らぎを作って、茎を太く鍛えさせるのよ!」
「は、はいっ! ランダムな微風を織り交ぜます、先輩!」
「ノーム! 土の中で寝ない! ちゃんと団粒構造作って!」
「……ふぁい……コネコネ……」
ヴェルダは畑を飛び回りながら、精霊たちの規格外すぎる魔力を「農業に最適なレベル」へと細かく修正していく。
彼女自身も、最初はガイウスに怒られながら学んだことばかりだ。
その経験が見事に活かされ、精霊たちの膨大な魔力は、安全かつ超高効率な「農作業」へと昇華されていった。
「……ねえ、エル。ヴェルダちゃん、なんだかすごく生き生きしてない?」
「ええ……。ずっと自分より強いガイウスさんにこき使われていたので、『後輩』ができて嬉しいんでしょうね……」
日陰で冷たいお茶の準備をしていたリナとエルが、微笑ましくその様子を見守っていた。
やがて、太陽が真上に昇り、昼の休憩時間がやってきた。
「よし! 午前中の作業はここまで! みんな、休憩所(木陰)に集合よ!」
ヴェルダの号令で、泥だらけになった精霊たちがゾロゾロと木陰に集まってくる。
神話の時代から高潔な存在として君臨していた彼女たちが、今は麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いて「ふぅ、腰が痛いですわね」「土いじりも悪くないな」と言い合っている姿は、あまりにもシュールだった。
「お疲れ様ー! 今日のまかないは、ガイウスさんが朝採った特大キュウリとトマトの冷製パスタ、それに……三時のおやつ用の『特製フルーツ・ロールケーキ』だよ!」
リナが籠を広げると、精霊たちの目がパァァァッ! と輝いた。
「ロ、ロールケーキ……! 先日ガイウス様が『疲労回復に効く』と言って作っていた、あのフワフワの甘い食べ物ですね!?」
シルフィードがゴクリと喉を鳴らす。
「ふふん。当然、一番分厚い真ん中の切れ端は、現場監督であるこの私がいただくわ。先輩の特権よ」
ヴェルダが一番大きなロールケーキの皿を確保し、ドヤ顔で言い放つ。
「くっ……! ずるいぞ先輩! 私だって午前中、死ぬ気で雑草を焼いたのに!」
「文句を言うなら、明日の朝早く起きて一番に畑の水路掃除をしなさい。そしたら明日はあんたに一番大きなケーキを譲ってあげるわ」
「……ホントか!? よし、明日は私が一番乗りだ!」
イグニスが負けじと拳を握りしめる。ウンディーナやノームも「私だって負けませんわ」「……ケーキ……食べる……」と闘志を燃やしていた。
かつて世界を巡って争っていた大精霊と黒龍が、今や「ロールケーキの切れ端」を巡って、明日の農作業へのモチベーションを高め合っている。
『……ふむ。どうやら、うまくやっているようですね』
「ひっ!?」
「ガ、ガイウス様!?」
背後から不意にかけられた低い声に、精霊たちが一斉に飛び上がった。
振り返ると、村長との用事を終えて帰ってきたガイウスが、腕を組んで立っていた。
俺は畑の状態をサッと確認した。
雑草は一本残らず処理され、土は適度な湿り気を帯び、作物の葉は太陽の光を浴びて青々と輝いている。俺がいない間も、完璧な管理が行き届いていた証拠だ。
「……素晴らしい。ヴェルダ、お前の指導が良かったようですね。精霊の皆さんも、午前中の作業お疲れ様でした。これなら、今年の収穫は過去最高を記録できるでしょう」
俺が素直に褒めると、ヴェルダは「ふふんっ、当然よ!」と胸を張り、精霊たちもホッと安堵のため息をついて、嬉しそうに顔を見合わせた。
「さあ、まかないを食べたら午後の作業です。今日は南区画の新しい畝作りをやりますよ。ヴェルダ先輩の言うことをよく聞いて、しっかり働くように」
「「「「はいっ、ガイウス様! ヴェルダ先輩!」」」」
青空の下、大精霊たちの元気な返事が響き渡る。
理外の力も、神話の威厳も、ここにはもう必要ない。
俺の愛するスローライフは、優秀な現場監督(黒龍)と、働き者の新人ヘルパー(四大精霊)たちを迎え、かつてないほど賑やかで、そして極めて平和に営まれていくのだった。




