第149話 四大精霊の再就職先は農家でした
広場に大の字で倒れていたシルフィードが、ゆっくりと目を開けた。
「……う、うぅん……」
彼女が視線を上げると、そこには麦わら帽子を被り、壊れたトマトの残骸を悲しそうに見つめる男の背中があった。
「目が覚めましたか、シルフィード」
ガイウスが振り返る。
その瞳には、先ほどの「殺菌消毒」の時のような冷酷さはないが、代わりに「極めて実利的な計算」の光が宿っていた。
「私は、何を……」
「おかしなウイルスに寄生されていたので、クワで天地返ししておきました。今はすっきりしているはずです」
ガイウスは淡々と答え、彼女の目の前に一本のスコップを突き立てた。
「さて、シルフィード。貴女が死の風で枯らした俺のトマト、そして酸化させた土壌……これらを元に戻すには、通常の手段では数年かかります。ですが、俺にはそんな悠長に待っている暇はありません。……分かりますね?」
「……え、ええ。申し訳ないことをしたと思って……」
シルフィードが俯く。
精霊王としての自尊心よりも、理外の力から解放された今の彼女には、自分の犯した「大地の破壊」への罪悪感が勝っていた。
「謝罪の言葉より、労働で示してください。……ちょうどいい、同僚も呼んであげましょう」
ガイウスは空間収納から、南の砂漠で『部品』として使っていた三つの精霊結晶――【イグニス・コア】、【ウンディーナ・コア】、【ノーム・コア】を取り出し、地面に並べた。
「【封印解除】」
ガイウスが指を鳴らすと、三つの結晶から眩い光が溢れ出した。
「アチィッ!? なんだ、急に出しやがって!」(イグニス)
「……ふぅ。あのトラクターの中は少し狭かったですわね」(ウンディーナ)
「……土……懐かしい……」(ノーム)
かつて南の大地を荒らし、ガイウスに収穫(捕獲)された三大精霊たちが、本来の姿で実体化した。
「なっ、貴方たちまで!? ……あ、待って! 精霊たちを解放してこの村に留めるなんて、そんなことをしたら王国の魔力バランスが――」
「バランスなら、俺がこの村の地下に張り巡らせた【循環結界】で調整済みです。……いいですか、精霊の皆さん。貴女たちは南の大地を枯らし、そしてシルフィードは俺の自慢のトマトを灰にしました。これは王国に対する罪である前に、俺の『農家としてのプライド』に対する重大な挑戦です」
ガイウスは四人の精霊を整列させ、ビシッと指を差した。
「よって、本日より貴女たち四大精霊を『エーデル村・農業研修生』として強制雇用します。逃亡は許しません。拒否すれば、今度はクワではなくコンバインで脱穀します」
「き、研修生……? 私たちが!? 精霊の長たる四大精霊が、人間の下で働くというのか!」
イグニスが真っ赤になって怒鳴るが、ガイウスがクワの柄をトントンと手のひらで叩くのを見て、すぐに「……で、具体的に何をすればいいんだ?」とトーンダウンした。
「簡単ですよ。それぞれの属性を活かし、この枯れた土壌を数時間で『極上の黒土』へと復元するんです」
ガイウスはテキパキと指示を出し始めた。
「シルフィード、貴女は死の瘴気を完全に浄化し、新鮮な大気を土に送り込んで。酸素濃度は21%固定です」
「ノーム、貴女は酸化して固まった土を分子レベルで砕き、フカフカに耕し直して。土粒の大きさは直径2ミリで統一です」
「ウンディーナ、貴女は中和された土に、栄養たっぷりの純水を。ミネラル分を少し多めに調整して注ぎ込んでください」
「イグニス、貴女は土の温度を25度に保ち、微生物の活動を一気に活性化させる。……いいですか、一人でも手を抜けば、今日の夕飯は抜きですよ」
「「「「は、はいっ!!」」」」
四大精霊が、一介の農家の号令で一斉に畑へと散っていった。
風が舞い、土が躍り、水が浸透し、大地が熱を帯びる。
本来なら数百年かけて行われる大地の再生が、四大精霊の全力を注ぎ込んだ「超速復旧」によって、瞬く間に進んでいく。
その様子を、リナとエルが遠巻きに眺めていた。
「……ねえ、エル。あれ、世界を滅ぼしかけた四大精霊だよね?」
「はい。……今は、ガイウスさんの指示で土をコネコネしている『新人農家さん』にしか見えませんが……」
数時間後。
そこには、死の灰に覆われていた形跡など微塵もない、湿り気を帯びた黒光りする「極上の畑」が復活していた。
「……ふむ。いい仕事です。これなら明日の朝には新しい苗を植えられますね」
ガイウスは満足げに頷き、ヘトヘトになって地面にへたり込んでいる四人を見下ろした。
「さて、シルフィード。……そして皆さんも。行く当てもないのでしょう? だったら、このままエーデル村の住民として登録しなさい。
ここなら住居も食事も保証します。
その代わり、村のインフラ維持と農作業の手伝いをしてもらいます」
「確かに、我々はこの地を崩壊させようとした、エルフの国にも居づらいですし、それにいいのですか……? 私は、貴方の畑を壊したのに……」
シルフィードが、消え入るような声で尋ねる。
「壊したなら、それ以上の価値をこれから生み出せばいい。俺の作る野菜を毎日食べれば、あんな魔の力に頼ろうなんて気は失せますよ。……それに」
ガイウスはふっと表情を和らげ、麦わら帽子を直した。
「師匠が言っていました。『世界が危機になったら助けてやれ』と。……お前たちの暴走を止めて、居場所を与えてやることも、その『助ける』に含まれるのかもしれません。……まあ、一番の理由は人手が欲しかったからですがね」
シルフィードは、目の前の「悪魔の農家」と呼ばれた男が、実は誰よりも深くこの世界と生命を愛していることに気づき、初めて柔らかな笑みを浮かべた。
「……分かりました。謹んでお受けします、ガイウス様。」
「おい、俺様にも一番いい場所の作物を任せろよ!」
「私は水路の管理をしたいですわね」
「……私……土の中……寝る……」
こうして、かつて世界を震撼させた四大精霊は、エーデル村の「農業従事者」として第二の人生をスタートさせることになった。
村に一人(?)、また一人と規格外な住人が増えていく。
ガイウスのスローライフは、精霊たちを巻き込んで、ますます賑やかでデタラメな方向へと突き進んでいくのだった。




