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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第139話 開拓の終わり


神話級・魔導トラクターが凄まじい轟音を立てて砂漠を走り始めてから、数日の時が流れた。


かつてエルフの異形と三大精霊が踏み荒らし、生命が完全に絶たれていた数万ヘクタールに及ぶ「灰色の死の砂漠」。


その絶望の景色は今や跡形もなく消え去り、見渡す限りの地平線まで、青々としたクローバーと牧草が風に揺れる「巨大な緑の海」へと変貌を遂げていた。


「……ふむ。土壌も安定し、根粒菌による窒素固定も完璧に機能していますね。これで基礎となる『土作り』は完了です」


俺はトラクターのエンジンを切り、運転席からふかふかの緑の絨毯へと飛び降りた。


何日もトラクターの助手席にしがみついていたエリック殿下は、地面に足がついた途端、緑の草に顔を埋めてボロボロと男泣きを始めた。


「お、おおぅ……! 奇跡だ……。王国の歴史学者たちが『回復に数百年はかかる』と絶望していた死の大地が、たった数日で、以前よりも豊かな緑の平原に生まれ変わってしまった……!」


「ガイウスさん、本当にすごい! どこを見ても緑だよ!」

リナがクワガタでも見つけた子供のように、草っ原を駆け回っている。

エルも「魔族の領地にも、これほど生命力に溢れた土地はありません……」とため息を漏らしていた。

「喜ぶのはまだ早いですよ、殿下」

俺は麦わら帽子を被り直し、広大な緑地を見渡した。


「今はまだ、土台となる牧草が生えただけです。ここから麦や野菜を育てる『農地』として運用していくには、水路を引き、気候を安定させ、害獣から作物を守るための恒久的な『インフラ』を整備しなければなりません」


俺はトラクターの各部に組み込んでいた三つの【精霊の宝玉】を取り外し、大地に巨大な錬成陣を描き始めた。


「トラクターでの役割は終わりました。ここからは、この大精霊の力そのものを、この土地の『環境維持装置』として大地に直接埋め込みます」

まずは、蒼氷の【ウンディーナ・コア】。


俺はそれを緑地の中央に深く埋め込み、術式を起動した。

「【無尽湧水・水源地創成アクア・オリジン】」

ズゴゴゴゴォォッ!


大地が丸く陥没し、そこから透き通るような純水がコンコンと、いや、滝のような勢いで湧き出し始めた。

ウンディーナの無限の水分抽出能力を利用した、絶対に枯れることのない『巨大な湖』の誕生だ。ここから水路を引けば、広大な農地すべての灌漑かんがいが賄える。


次に、真紅の【イグニス・コア】。

俺はそれを湖の中心に立てたミスリルの柱の先端に設置した。


「【恒温気象制御サーマル・ドーム】」

イグニスの熱量が穏やかな温風となり、見えないドーム状の結界となって数万ヘクタールの土地全体を包み込む。これで、冬の寒波も異常気象も完全にシャットアウトし、一年中作物が育つ「常春の気候」が約束された。


最後に、黄褐色の【ノーム・コア】。

俺はそれを緑地の南端――エルフの森との境界線に沿って設置した。

「【絶対防護・重力長城グラビティ・ウォール】」

ズズズズンッ!!


森との境界線に沿って、大地が盛り上がり、目に見えない「数百倍の重力の壁」が形成された。


魔物やエルフがこの壁を越えようとすれば、自らの体重に押し潰されて一歩も進めなくなる。物理的な壁ではないため、日差しや風を遮ることもない完璧な防風・防獣林の代わりだ。

「……完成です」


俺は額の汗を拭い、腰に手を当てた。

「絶対に枯れない水源、一年中最適な温度を保つ気候、そして外敵を寄せ付けない重力の壁。……これにて、王国南部の超大型緑地化プロジェクトを完了とします」


「……」

エリック殿下はもはや言葉を失い、口をパクパクと金魚のように開閉させることしかできなかった。


それはそうだろう。一介の農家が、神話の大精霊の力を利用して、国家予算を百年つぎ込んでも不可能な「永遠の豊穣が約束された理想郷ユートピア」を、たった数日でポンと作り上げてしまったのだから。


「さて、殿下」

俺は呆然とするエリック殿下の肩をポンと叩いた。

「俺の仕事はここまでです。これだけ完璧な環境を整えたのですから、あとは適当に種を撒いても嫌というほど作物が育つでしょう。……この土地の管理と、王都からの開拓民の受け入れ、そして細かい農地の区画整理は、立派な農夫を目指す殿下に『丸投げ』します」


「…………な、なんだとォォォォッ!?」

エリック殿下が素っ頓狂な声を上げた。

「し、師匠!? 待ってくれ! この広大な、それも神々の力が組み込まれた神聖な土地を、私一人の管理に任せるというのか!?」


「ええ。最高の農業修行になるでしょう? 王宮でエルを追いかけ回しているより、よほど国のためになりますよ」


俺はニヤリと笑い、トラクターのキー(魔石)を殿下の手の中に押し付けた。大精霊のコアは外したが、通常の魔石で動く高性能なトラクターとしては十分に使える。


「分からないことがあれば、王都のハーヴェル宰相にでも相談してください。俺は、エーデル村の自分の畑の収穫がありますので、これにて失礼します」


「お、お待ちを! 師匠ォォォッ! 投げっぱなしはご勘弁をぉぉぉッ!」

エリック殿下の悲鳴のような懇願を背に受けながら、俺はヴェルダの背中へと軽やかに飛び乗った。リナとエルも、クスクスと笑いながら続く。


「さあ、帰りましょうヴェルダ。数日家を空けたせいで、俺の愛しいトマトたちの脇芽が伸び放題になっているはずです」

『まったく、あんたのその極端なところ、本当にブレないわね。まあいいわ、今日の夕飯は特製ハンバーグよ!』


黒龍が巨大な翼を広げ、青空へと力強く舞い上がる。

眼下に広がるのは、俺の手によって新しく生まれ変わった、美しき緑の穀倉地帯。その中心で、エリック殿下がトラクターの前で頭を抱えながら、米粒のように小さくなっていく。


王国を揺るがしたエルフの侵攻と、それに続く死の砂漠の緑地化という大事件。

それらはすべて、一人の規格外の農家によって「極上の肥料」と「広大なテスト農場」として利用され、平穏な結末を迎えた。


「やはり俺は、自分の手の届く範囲の、小さな家庭菜園を弄っている時が一番落ち着きますね」

麦わら帽子を押さえながら、俺は清々しい秋の風を胸いっぱいに吸い込んだ。


王国の命運も、精霊の怒りも、国家規模の開拓事業も、俺の愛する「完璧なスローライフ」の前には、ただのちょっとした寄り道に過ぎないのだから。


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