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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第138話 開拓開始3


広大な灰色の死の砂漠の中央で、神話級・魔導トラクターの重低音が静かに響き渡っている。


「……さて。土台作りはトラクターに任せるとして、次は植物が育つための『食事』を用意しなければなりません」


俺はトラクターの運転席から降り、エリック殿下たちに向かってこれからの作業工程を説明し始めた。


「農業において、土作りと同等かそれ以上に重要なのが『肥料』です。植物が育つための三大要素である窒素、リン酸、カリウム。これらをバランス良く土に補給してやらなければ、どれほど土をフカフカにしても作物は育ちません」


「ふむ……。しかし師匠、これほど広大な土地を潤すほどの肥料となれば、それこそ山のような量が必要になるのではないか?」

エリック殿下が腕を組み、深刻な顔で頷く。


「ええ。だからこそ、現地調達するのです。この南の国境地帯には、エルフの軍勢が撤退時に置き去りにした『軍用魔獣』や、大精霊の暴走で住処を追われた『高ランクの魔物』たちが大量にうろついていますからね」


俺が南の地平線を指差すと、魔族であるエルが耳をピクッと動かし、表情を強張らせた。

「……ガイウスさん。確かに、この砂漠の奥から、凄まじい数の魔物の気配が近づいてきています。おそらく、トラクターのエンジン音(イグニスの魔力)に惹きつけられているのだと……」


エルの言葉を裏付けるように、上空から黒龍ヴェルダが舞い降りてきた。

「ガイウス! こっちに向かって、大群が突進してきてるわよ! 砂漠のヌシみたいな巨大なサンドワームに、エルフが使ってた重装甲のオーク、それにキメラの群れまでいるわ! 数はざっと数百ってところね!」


「ひぃッ!? す、数百の魔物部隊だと!?」

エリック殿下が悲鳴を上げ、腰の剣をチャキッと引き抜いた。


「皆の者、戦闘準備だ! 師匠のトラクターを傷つけさせるわけにはいかない! リナ殿とエル殿は下がって……!」


「殿下、剣はしまってください。斬り刻んで血や内臓を砂漠にぶちまけたら、貴重な養分が散らばって回収が面倒になります」


俺はエリック殿下の剣を指先でそっと押し戻し、空間収納アイテムボックスから巨大なミスリル製の『荷台コンテナ』を取り出し、トラクターの後部にガチャンと連結させた。


「あれは敵ではありません。ただの『歩く窒素とリン酸の塊』です。……さあ、収穫ハーベストの準備をしましょう」


俺が再びトラクターの運転席に乗り込み、アクセルを踏み込むと、装軌キャタピラが砂漠を削る轟音と共に、機体は魔物の大群が迫る方角へと前進を開始した。


やがて、土煙を上げて迫り来る異形の群れが目視できる距離に達した。

体長二十メートルを超える巨大な毒ムカデ、鋼鉄の皮膚を持つ突撃猪アーマード・ボア、そして砂の中を泳ぐように進む超巨大なサンドワームたち。


通常であれば、王国の騎士団一個大隊がかりで防衛戦を敷くレベルの災害級モンスターの群れだ。

『グルルルルルルルッ!!』

『ギシャァァァァァァッ!!』


魔物たちが、見慣れぬ黒い鉄のトラクターに向けて、一斉に殺意を剥き出しにして襲いかかってくる。


「殿下、エル。回収漏れがないように、トラクターの左右を固めてください。ヴェルダは上空から、美味しそうな個体がいればおやつにしても構いませんが、骨と内臓は残してくださいね。リン酸とカルシウムの貴重な供給源ですから」


「分かってるわよ! あの猪、いい具合に脂が乗ってそうね!」

俺は迫り来る魔物の波に対し、トラクターのフロント部分に組み込んだ術式を起動した。


「【局所重力圧殺グラビティ・プレス】からの、――【真空吸引回収バキューム・ハーベスト】」

バチュゥゥゥゥゥゥゥンッ!!


魔物たちがトラクターに激突する直前。

俺の放った不可視の重力波が、魔物の群れの先頭集団を上空から文字通り「ペシャンコ」に押し潰した。

断末魔の悲鳴を上げる間もなく、鋼鉄の皮膚を持つアーマード・ボアも、巨大なキメラも、一瞬にして絶命し、原形を留めない肉塊へと圧縮される。


そして次の瞬間、トラクターのフロントから発生した凄まじい吸引力が、その肉塊や血の一滴に至るまでをダイソン顔負けの勢いで吸い込み、後部に連結した巨大なミキサー付きコンテナへと次々に放り込んでいった。


ズモモモモモモモッ……!!

「ひ、ひぃぃぃぃッ!? ま、魔物の大軍が、一瞬でミンチにされて吸い込まれていく……!?」

エリック殿下が、あまりの光景に腰を抜かして震えている。


「殿下、サボらないでください。左右に逃げようとする魔物を、このコンテナに放り込むんです。……エル、お願いします」 


「は、はい! 【影の触手シャドウ・テンタクル】!」

エルが自身の影を無数の触手のように伸ばし、逃げ出そうとする魔物たちの足を絡め取り、次々とコンテナの中へと放り投げた。


エリック殿下も半泣きになりながら、剣の腹を使って魔物を気絶させ、荷台へと運んでいく。


上空では、ヴェルダがキメラを丸焼きにして貪り食い、残った骨だけを器用にコンテナへとペッペッと吐き出していた。

数十分後。


あれほどの大群だった魔物たちは一匹残らず消え失せ、代わりにトラクターの後部コンテナには、高密度の有機物(魔物のミンチ)が山のように積み上がっていた。


「ふむ、これだけあれば数万ヘクタール分の堆肥のベースには十分ですね。……しかし、これだけではただの腐った肉の山です。農業用の『極上堆肥』にするには、一手間必要です」


俺はトラクターを止め、コンテナの中に広がるグロテスクな肉の山を見下ろした。

「エリック殿下。『C/N比(炭素率)』という言葉を知っていますか?」


「し、しーえぬひ? いや、聞いたこともないが……」

「堆肥を作る上で最も重要な数値です。窒素(N)が豊富な肉や血をそのまま土に混ぜても、強烈な悪臭を放って腐敗し、逆に植物の根を痛めてしまいます。

これを良質な肥料に『発酵』させるためには、微生物の餌となる炭素(C)……つまり、落ち葉や枯れ木などを適切な割合で混ぜ合わせなければならないのです」


俺はトラクターを旋回させ、死の砂漠の境界線――エルフたちが潜む深い森の入り口付近へと向かった。


そこには、先日の戦いの余波でなぎ倒され、乾燥しきった巨木の残骸や枯れ枝が大量に放置されている。


「あれをもらいましょう。エル、殿下。あの枯れ木をコンテナに放り込んでください」

数トンの枯れ木がミキサー付きコンテナに投入されたのを確認し、俺は錬金術の術式を起動した。


「【有機攪拌・強制破砕オーガニック・ミキシング】」

コンテナの内部で巨大な魔力の刃が回転し、魔物の肉と枯れ木が均一に混ざり合っていく。


炭素と窒素のバランスが、俺の目論見通りの完璧な黄金比(C/N比20前後)へと調整されていく。

「さて、材料は揃いました。あとはこれを『好気性発酵』させるだけです」


俺は空間収納から、小さな麻袋を取り出した。

「それは……?」

「エーデル村の、俺の畑の土です。この中には、有機物を分解して極上の栄養素に変える『最強の微生物バクテリア群』が眠っています。こいつらを種菌として使います」


俺はその一つまみの土をコンテナの中に振りかけ、トラクターのエンジン――イグニス・コアの排熱パイプをコンテナに接続した。


「発酵には、適切な『熱』と『酸素』、そして『水分』が必要です。イグニスによる摂氏六十度の温風を絶え間なく送り込み、ウンディーナの純水で適度な湿度を保つ。そして俺の魔力で微生物の活動を数万倍に加速させます」


「【超速培養・強制発酵】」

俺が術式を起動した瞬間、コンテナの山から凄まじい白煙(水蒸気)が上がり始めた。


ボコボコと音を立てて、肉と木の破片が混ざり合った山が、まるで生き物のように蠢き始める。内部の温度が急激に上昇し、発酵菌が爆発的な速度で増殖して有機物を分解していくのだ。


本来なら、切り返し(混ぜ合わせ)を何度も行い、数ヶ月から半年かけてじっくりと作る堆肥。


だが、イグニスの熱管理とウンディーナの水分調整、そして俺の魔力による時間短縮の前に、その工程はわずか「十分」で完了した。

シューゥゥゥゥッ……。


白煙が収まり、発酵が終了したサインが出た。

恐る恐るコンテナを覗き込んだエリック殿下が、目を見開いて鼻をひくつかせた。


「お、おおぅ……!? 魔物の死体の山だったはずなのに、血生臭さや腐臭が一切しない! むしろ、深い森の奥で嗅ぐような、香ばしくて甘い土の匂いがするぞ……!」


「ええ。完全に熟成された極上堆肥の完成です」

俺はコンテナから黒々とした土のような塊を一つかみ取り、手の中でパラパラと崩した。

魔物の骨も肉も、枯れ木も、完全に分解され、フカフカで栄養満点の『黒い黄金』へと姿を変えていたのだ。


「これで、死の砂漠を蘇らせるための全てのピースが揃いました」

俺はトラクターの運転席に戻り、エンジンを吹かした。


「さあ、種まきの時間です。このトラクターで岩盤を粉砕しながら進み、同時にこの極上堆肥を散布し、エーデル村から持ってきた『強靭な牧草』と『特製緑肥クローバー』の種を撒いていきます。一気に数万ヘクタールを緑に染め上げますよ」


「は、はいっ! 俺も手伝います、師匠!」

エリック殿下が目を輝かせ、リナとエルも「いよいよだね!」と笑顔を見せた。


死の砂漠を緑に変える、規格外の農家による国家規模の「種まき」。

神話級トラクターが轟音を上げ、黒い黄金の軌跡を描きながら、絶望の大地をひた走るのだった。


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