第135話 農耕具の開発2
深夜の作業小屋。
ノームの結晶を組み込んだ『超重力破砕深耕機』の刃が完成し、残るは巨大な車体を動かすための動力源と、砂漠に生命を吹き込むための水源の錬成だ。
「さて、次はエンジンです」
俺は作業台に置かれた、燃え盛る真紅の【炎精の宝玉】を手に取った。
通常、これほど巨大な鉄の塊を動かすには、純度の高い魔石を大量に消費する。数万ヘクタールの砂漠を耕し切るとなれば、王国の一年分の国家予算を燃料代として燃やすようなものだ。
「ですが、このイグニス・コアを使えば、燃料代は永久に『無料』になります」
「無料、だと……? 炎の大精霊を、魔導機関の燃料にすると言うのか?」
煤だらけになったエリック殿下が、信じられないものを見る目で問い返してきた。
「ええ。大精霊の核は、周囲の大気中から微弱な魔力を自動で吸い上げ、己の属性エネルギーへと変換する『永久機関』としての性質を持っています。これを使わない手はありません」
俺は、先ほど錬成した巨大な魔導金属のエンジンブロックの心臓部に、イグニス・コアを嵌め込んだ。
「【熱量最適化】――『恒温維持・動力変換システム』」
俺が内包魔力で術式を刻み込むと、エンジンブロックがカッと赤熱し、すぐに規則正しい重低音を響かせ始めた。
ドゥルン、ドゥルルルン……!
小屋全体が小刻みに震えるほどの、凄まじい馬力の鼓動。
「おおぅ……! なんだこのエンジン音は! まるで巨大な獣が唸っているようだ……!」
「星を焼く熱量を、完全に『物理的な回転エネルギー』へと変換していますからね。どんな悪路だろうと、泥沼だろうと、このトラクターが立ち往生することはありません。名付けて『プラズマ式・永久燃焼エンジン』です」
俺は手元のレバーを操作し、エンジンの出力をアイドリング状態に落とした。
「さらに、このエンジンの排熱を利用して、後部の排気パイプから摂氏六十度の『温風』を土中に直接送り込むシステムも組み込みました。冷え切った砂漠の土に熱を入れ、後で撒く堆肥の微生物を一気に活性化(発酵)させるためです」
「……走るだけで土壌を温め、堆肥を発酵させる機能までついているのか……。至れり尽くせりだな……」
「農具とは、効率の追求ですから」
俺は満足げに頷き、最後の仕上げに取り掛かった。
蒼氷の輝きを放つ、【水精の宝玉】だ。
「死の砂漠には、地下水脈すら残っていません。外から水を運ぶのも非現実的。よって、水は『その場で作る』のが一番手っ取り早い」
俺はトラクターの車体上部に設置した巨大なミスリル製のタンクに、ウンディーナ・コアを押し当てた。
「【無尽増幅】――『大気水分強制抽出』」
術式が起動した瞬間、タンクの表面が真っ白な霜に覆われた。
ウンディーナの持つ絶対零度の冷気がタンク内を極限まで冷却し、周囲の空気に含まれるわずかな水分を強制的に結露させ、純水としてタンク内に溜め込み始めたのだ。
チョロチョロ……という音が、すぐにゴボゴボッ! という激しい水流の音に変わる。
「『絶対零度式・無限浄水タンク』です。大気がある限り、無尽蔵に水を生み出し続けます。これで、砂漠に海を作ることも可能ですが、今回はあくまで適度な散水に使います」
「……」
エリック殿下はもはやツッコミを入れる気力も失ったのか、口を半開きにして無言で立ち尽くしていた。
神話の時代から畏怖されてきた炎の巨神、絶対零度の水竜、重力を操る土の巨人が、それぞれ「エンジン」「水タンク」「トラクターの刃」という、極めて実用的で地味な農具の部品として完全に組み込まれてしまったのだ。
「……よし。各パーツの接続と、魔力伝導管の調整も完了です」
東の空が白み始めた頃。
徹夜の作業の末、俺たちの目の前には、全長十メートルを超える漆黒の威容を誇る『神話級・魔導トラクター』が完成していた。
重厚な装軌、真紅の光が漏れるエンジン、冷気を纏う巨大な水タンク、そして空間を歪める重力刃。
「ふむ、悪くない出来です。これなら、あの死の砂漠でも快適にドライブしながら耕すことができるでしょう」
「……師匠。これはもう、農具ではなく『城』か『巨大兵器』と呼ぶべきではないだろうか……」
エリック殿下が、顔をヒクヒクと引きつらせながらトラクターを見上げている。
「おや、もう朝ですか。」
「……ガイウスさん、エリック殿下、朝ごはんができましたよー!」
不意に作業小屋の扉が開き、リナとエルが顔を出した。
二人は徹夜で作業していた俺たちのために、おにぎりと温かいスープの差し入れを持ってきてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます、エル殿……! おおぅ、徹夜明けの体に、エル殿の微笑みが染み渡る……ッ!」
エリック殿下がフラフラとエルに近づき、拝むようにしてスープを受け取っている。
「うわぁ……! なにこれ、ガイウスさん! すっごくおっきい鉄の車!」
リナが目を丸くして、完成した魔導トラクターの装甲をペタペタと触っている。
「ええ、南の砂漠を開墾するための専用機です。名付けて『神話開拓用・多目的魔導トラクター壱型』。……さあ、朝食を済ませたら、出発の準備をしましょう」
俺がスープをすすりながら言うと、外から凄まじい地鳴りのような足音が近づいてきた。
『ちょっとガイウス! いつまで油売ってんのよ! 早く私の背中にその鉄屑を載せて、出発するわよ! ろーるけーきのおやつの時間までに、ひと仕事終わらせたいの!』
すでに広場で巨大な黒龍の姿となっているヴェルダが、窓から巨大な目を覗かせて急かしてきた。
「分かりましたよ、今行きます。……殿下、リナ、エル。乗り込んでください。南の死の砂漠を、黄金の畑に作り変えにいきましょう」
俺は首のタオルをキュッと締め直し、いつもの麦わら帽子を深く被った。
規格外の農家と、神話を組み込んだ最強の農具、そしてポンコツ王子を含む愉快な仲間たち。
彼らを乗せた黒龍は、朝日に照らされたエーデル村の空から、再び南の国境地帯へと向かって力強く飛び立っていった。




