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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第133話 王宮でのひと時2


ハーヴェル宰相との会談を終え、執務室を出た俺は、王宮の長い廊下で奇妙な騒ぎに出くわした。


白銀の鎧を着た近衛兵たちが、慌ただしく担架を運んでいる。

その担架の上では、第三王子エリックが顔を真っ赤にしてだらしなく口元を緩ませ、完全に昇天したような笑顔で気絶していた。


「……ファレル殿。殿下に何があったのですか?」

頭を抱えながら付き添っていた側近のファレルに尋ねると、彼は疲労困憊といった様子で銀縁眼鏡を押し上げた。


「……大温室の薔薇園で、エル殿が『綺麗な花ですね』と微笑みかけた瞬間、殿下は『おおぅ、我が胸に天使が……!』と奇声を上げて、幸せそうに意識を失われました。……心臓への負荷が限界を超えたようです」


「なるほど。平和な気絶で何よりです」

俺が呆れていると、事の元凶であるエルが、抱えきれないほどの美しい薔薇の花束を持ってひょっこりと顔を出した。


「あ、ガイウスさん。王宮の植物、とても興味深かったです。ただ、エリック殿下が急に倒れられてしまって……人間というのは、急に心臓が止まるほど脆い生き物なのですね。少し心配です」


「大丈夫ですよ、エル。あれはただの『知恵熱』のようなものです。放っておけば治ります」

魔族ゆえの無自覚な可憐さで王族を一人撃沈させたエルを伴い、俺は一行との合流場所であるエントランスへと向かった。


そこには、すでに帰り支度を終えた村の面々が集まっていた。

リナは王宮の料理長から譲り受けたという珍しい香辛料や、見たこともない調理器具を詰めた大きなリュックを背負い、ホクホク顔だ。


無口なグラントさんに至っては、王家の紋章が入った年代物のワイン樽を肩に担いでいる。どうやって地下の酒物庫からそんな代物を交渉してきたのか、全くの謎だった。


そして、一番の大荷物を抱えていたのは、もちろん黒龍ヴェルダだった。


「ふふふ……王宮の地下倉庫にあった小麦粉と砂糖の備蓄、全部『ろーるけーき』にして箱詰めさせたわ! これで当分はおやつの時間に困らないわね!」


彼女の足元には、魔法の氷で冷やされた特注のケーキ箱が山のように積まれている。

王宮の菓子職人たちが、徹夜で過労死寸前までケーキを巻き続けた結果だった。


「ヴェルダさん、少しは遠慮というものを覚えてください。国庫が傾きますよ」

「何言ってんのよ。国を救った大英雄の駄賃としては、安すぎるくらいでしょ? さあ、目的も果たしたし、さっさと村に帰るわよ!」


「ええ、そうですね」と俺は頷いた。

「実は、ハーヴェル宰相から南の砂漠の『緑地化』を頼まれまして。本格的な土壌改良のプロジェクトになるので、一度村に戻って、必要な農具と種、それから資材の準備をしなければなりません」


「緑地化……って、あのバケモノが歩いた後の、死の砂漠を!?」

リナが目を丸くして驚く。


「はい。王国最大の実験農場テスト・フィールドに作り変えるつもりです。皆さんも、村に帰ったら少し手伝ってくださいね」


「もちろん! 美味しい野菜がいっぱい育つなら、いくらでも手伝うよ!」

「……俺も、開墾なら力になれる」


リナとグラントさんが頼もしく頷き、エルも「魔族の魔法で、土を運ぶくらいならできます」と微笑んだ。


王宮の客室。

幸せな夢を見ながら気絶していた第三王子エリックは、エルの心配そうな声でようやく意識を取り戻した。


「……はっ!? 私はいったい……。そうだ、薔薇園でエル殿の笑顔が眩しすぎて、つい天に召されそうに……」


「殿下、意識が戻られたようで安心しました。私たちはこれからエーデル村に帰るところです」

エルの言葉を聞いた瞬間、エリックはガバッと跳ね起きた。


「な、何!? もう帰ってしまうのか!? ま、待ってくれ! 私も、私もエーデル村へ行く! まだ農業の修行が……そう、立派な農夫になるための修行が全く足りていない!」


「殿下、あなた一応この国の王子でしょう。復興作業で忙しいはずですよ」


俺が冷ややかに指摘すると、エリックは必死な形相で食い下がってきた。

「復興はハーヴェル宰相や兄上たちがうまくやってくれる! それよりも、現場を知らぬ王族が真の復興など語れぬ! ガイウス殿、どうか私を再び弟子として……いや、下働きとして連れて行ってくれ!」


「……本音はエルと一緒にいたいだけでしょうに。まあ、いいですよ。南の緑地化には人手が必要ですから、王子の身分を捨てて泥にまみれる覚悟があるなら、いくらでも働いていただきます」


「おおっ! 感謝する、師匠!」

エリックは歓喜に震え、隣で「殿下……また城を空けるのですか……」と絶望的な顔をしているファレルの肩を叩いた。


こうして、予定外の同行者を一人加えた一行は、王宮の中庭に集まった。

そこには、王宮の菓子職人たちが一睡もせずに作り続けた特製ろーるけーきの箱が、山のように積み上げられている。


「ふふふ……これだけあれば、村に帰ってからも毎日がティータイムね。さあ、みんな乗りなさい! 帰りも音速で飛ばすわよ!」

人間の姿から漆黒の巨龍へと変じたヴェルダが、誇らしげに咆哮を上げた。


ろーるけーきの山、そして大量の土産物を抱えた村の面々と、やる気だけは人一倍な王子を背中に乗せ、黒龍は王都の空へと力強く舞い上がった。


見送りに来た宰相や騎士たちが、豆粒のように小さくなっていく。


「うわぁぁぁぁぁッ!? や、やはりこの速度は慣れな……お、おおぅ、エル殿、私の腕に掴まっても良いのだぞ……ッ!」

「いえ、ガイウスさんの結界があるので大丈夫です、殿下」

「そ、そうか……残念だ……」


上空で繰り広げられるいつものやり取りを聞き流しながら、俺は眼下に流れる景色を見つめていた。

王都の喧騒が遠ざかり、懐かしい土の匂いが待つエーデル村へと近づいていく。


「さて、村に戻ったらすぐに準備にかかりますよ。南の死の砂漠を、俺の理想とする最高の農場に作り変える……。大精霊たちの力、存分に活用させてもらうとしましょう」


俺は空間収納の中で静かに輝く三つの結晶を思い浮かべ、小さく口角を上げた。


規格外の農家による国家規模の緑地化プロジェクト。その幕開けは、すぐそこまで迫っていた。


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