第129話 王都まで黒龍特急で
王都への出発当日。
エーデル村の広場には、旅支度を整えた一行が集まっていた。
村から王都までは、通常の乗合馬車を使えば、どんなに急いでも三日以上はかかる長旅だ。
「……さて、荷物はこれだけか。リナ、忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫! お城でのお土産を入れるスペースも空けてあるよ!」
「……俺も、酒の仕入れ用の空き樽をいくつか持った」
リナが大きなリュックを背負って元気に答え、グラントさんも珍しく大きな荷物を抱えている。
エルは魔族の装束を少し整え、緊張した面持ちで立っていた。
「……あの、ガイウスさん。本当に私のような魔族が王都に行っても、石を投げられたりしませんか……?」
「大丈夫ですよ。宰相が直々に招待しているんです。もし誰かが文句を言ったら、俺がその場で畑の肥やしにしてあげますから」
「そ、それはそれで怖いです……」
俺が淡々と答えると、エルは苦笑いを浮かべた。
さて、問題はどうやって移動するかだ。
揺れる馬車に閉じ込められるのは、農家の腰にも、俺の精神衛生上にもよろしくない。
「馬車で行くのは面倒ですね。……その間に、俺の植えたジャガイモの芽がどれだけ伸びるか。一刻も早く行って、一刻も早く帰ってきたい」
俺の本音に、一行がずっこけそうになる。
そこに、エプロンを脱ぎ捨てて旅装に着替えたヴェルダが、自信満々に胸を張って歩み寄ってきた。
「ふふん、そんなの決まってる。私の背中に乗りなさいよ。黒龍超特急なら、王都まで『数時間』で着かせてあげるわ」
「えっ、ヴェルダさんの背中に!? でも、そんな……滅多なことじゃ龍には乗れないって……」
「いいのよリナ! 私は早くあの『ろーるけーき』を食べたいの! もたもた馬車に揺られてる時間なんて一秒もないんだから!」
ヴェルダは二つ返事で快諾……というか、自分から進んで運び役を買って出た。
食欲に突き動かされた龍の行動力は、恐ろしいものがある。
一行は村の裏手にある広い草原へと移動した。
そこでヴェルダが軽く指を鳴らすと、眩い光と共に、体長数十メートルに及ぶ漆黒の巨躯――『神話の黒龍』が姿を現した。
「……おお……」
「……何度見ても、凄まじい威圧感ですね……」
初めて間近で「本気の龍」を見るリナとエルは、膝をガクガクと震わせて立ち尽くしている。
グラントさんも無言だが、持っていた樽を握る手に凄まじい力が入っていた。
「さあ、乗りなさい。落ちないように【慣性中和】と【気圧防護】の結界をガイウスが張るから」
「ええ、分かっています。リナ、エル、グラントさん。俺の結界の中にいれば、風圧で吹き飛ぶことはありませんから、安心して掴まっていてください」
俺は黒龍の広大な背中の上に、特製の結界を展開した。
おっかなびっくり背中に登る三人。リナはヴェルダの鱗に触れて「温かい……」と驚き、エルは魔族の本能からか、高位存在への畏怖で顔を青くしている。
「……全員乗りましたね。ヴェルダ、出発してください。……なるべく最短ルートで、最高速度でお願いします」
『分かってるわよ! 舌を噛まないようにね! いくわよーーっ!!』
ドラァァァァァンッ!!
ヴェルダが巨大な翼を一度羽ばたかせた瞬間。
広場の草花が一気になぎ倒され、周囲の空間が爆発したような衝撃波が巻き起こった。
「「「ひ、ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!?」」」
次の瞬間、一行の視界からエーデル村が消え失せた。
消えたのではない。ヴェルダが音速を軽く突破し、一瞬で雲の上へと突き抜けたのだ。
眼下に広がる景色が、まるで早送りの映像のように凄まじい速度で後ろへと流れていく。
王国の名山や大河が、瞬きをする間に通り過ぎ、地平線が丸みを帯びて見えるほどの超高度。
「あ、あ、あああああ……! 速い! 速すぎるよガイウスさーん!!」
「目が、目が追いつきません……! 景色が光の線になって……ッ!」
「……(ガクッ)」
リナとエルが悲鳴を上げながら俺のローブにしがみつき、グラントさんは石像のように固まっている。
結界のおかげで無風かつ無音に近い状態だが、目に入ってくる情報量があまりにも規格外すぎて、一般人の彼らには耐え難い衝撃だったようだ。
「……ふむ。これなら、お昼過ぎには王都に着けそうですね」
俺は懐中時計を確認し、満足げに頷いた。
これなら、一週間ほどで観光を済ませて村に戻れる。ジャガイモの芽かき(間引き)の時期には、十分に間に合うはずだ。
『あはははは! 気持ちいいわね! 待ってなさいよ、ろーるけーき!!』
青空を切り裂き、白い飛行機雲を引きながら、黒龍一行は王都へと猛進する。
伝説の魔獣を「自家用ジェット」代わりにする規格外の農家とその一行。
彼らが王都の空に現れるまで、残りわずか数時間の出来事であった。




