閑話 東方からの来訪者
アルヴヘイム帝国、最奥の聖域『精霊樹の玉座』。
静寂と、かつてない深い絶望がそこにはあった。
「認めない……。あのような人間の農家風情に、星の理が敗北するなど……絶対に認められない……ッ!」
風の精霊王シルフィードは、美しい顔を憎悪に歪め、ギリッと血が滲むほど唇を噛み締めていた。
だが、現実は残酷だった。
皇帝カエルムをはじめとするエルフたちは、完全にあの男の圧倒的な暴力に当てられ、深い恐怖の底へと沈み切っていた。
彼らは固く国境を閉ざし、森の奥深くへと引きこもってしまったのだ。
もはや彼らは恐怖に震えるだけの存在であり、聖戦のための駒としては全く使い物にならなかった。
頼みの綱であった、最強の矛たる三柱の大精霊も奪われた。
シルフィードはただ一人、玉座の間で深い絶望と、手足をもがれたような無力感に苛まれていた。
「この星の理を正すための駒が……私にはもう、一つも残されていないというのか……」
その時だった。
――カツン、カツンと。
絶対に部外者が立ち入れないはずの聖域に、場違いな足音が響き渡った。
「……何者だ」
シルフィードが鋭く睨みつけると、玉座の間の入り口に、一人の男が立っていた。
王国の騎士でも、帝国のエルフでもない。
見たこともない、異国の変わった意匠の服を羽織っている。
「東方からやって来た者だ。名は、ヤマトという」
男――ヤマトは、不敵な笑みを浮かべながら堂々と歩み寄ってきた。
「東方……? 貴様、どうやってここまで入ってきた。外を警護していた城の者たちはどうした」
シルフィードの鋭い問いに対し、ヤマトは悪びれるそぶりも全く見せずに、あっさりと答えた。
「ああ、“彼ら“なら消したよ。少しばかり、騒がしかったものでね」
「消した……?」
シルフィードは慌てて外の気配を探った。
――いない。
玉座の間を警護していたはずの、数百名に及ぶエルフの精鋭近衛兵たちの気配が、文字通り「完全に」消滅していた。戦闘の音すら一切立てさせず、血の一滴、チリ一つ残さずにこの世から消し去ったというのか。
「お前……ただの人間ではないな」
「さてね。だが、あんたが今、ひどく絶望していることだけは分かる」
ヤマトは玉座の階段の下で立ち止まり、シルフィードを見上げて提案した。
「俺から一つ、提案がある。あんたをコケにしたあの男……ガイウスと言ったか。あいつを殺すための力を、俺があんたに与えてやろうと言ったら信じるか?」
「…力を与えるだと? 笑わせるな。星の理を体現するこの私に、人間風情が何を教えるというのだ」
「その『星の理』とやらが全く通じなかったから、あんたは負けたのだろう?」
ヤマトの言葉が、シルフィードの最も痛いところを正確に抉った。
「俺の持つ力は、この世界の法則には縛られない。いわば『理から外れた力』だ。あの規格外の農家を殺すには、同じ理外の力を使うしかない」
眉唾物の話だった。
突然現れた正体不明の男の戯言など、普段であれば風の刃で八つ裂きにしている。
だが、無音で城の近衛兵を全滅させ、精霊王の放つ威圧感を前にしても平然と立ち尽くすこの男の底知れなさは、紛れもない本物だった。
何より、シルフィードにはもう、あの男に対抗できる手段が一つも残されていないのだ。
「……よかろう」
シルフィードは、ゆっくりと玉座から立ち上がった。
「音もなくここまで辿り着いたその実力に免じて、貴様の提案に乗ってやる。私にその『理外の力』とやらを示してみせろ」
「……賢明な判断だ、精霊王殿」
ヤマトは、暗い歓喜を孕んだ瞳を細め、ニヤリと深く笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
帝国襲撃編は、これにて一旦の閉幕となります。
終盤は少し駆け足気味になってしまったかもしれませんが、ここまでお付き合いいただき感謝です。
物語はまだまだ続きます。
精霊王の動向、そして謎の男ヤマト――その正体とは。
この後は閑話を挟みつつ、本編はさらに動いていきますので、引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。
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それでは、またです。




