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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第127話 エルフの絶望と、完璧な朝の収穫


アルヴヘイム帝国、最奥の聖域『精霊樹の玉座』。


そこは今、死のような絶対的な恐怖と沈黙に支配されていた。


「……消えた。炎が、水が、土が……この星の循環から、完全に……」

風の精霊王シルフィードが、力なく床に崩れ落ちている。彼女の透き通るような緑の髪は色あせ、かつての神々しい威厳は見る影もない。


その瞳に浮かんでいるのは、理解を超えた現象に対する底知れない絶望だった。

「シ、シルフィード様? いったい何が起きたのですか! 三柱の大精霊は、あの北の異物を消し去ったのではないのですか!?」

皇帝カエルムは、玉座から転げ落ちるようにしてすがりついた。


「逆です……」

シルフィードは、震える声で虚空を見つめたまま答えた。

「三柱は、存在そのものを『収穫』されました。星のことわりに還ることも許されず、あの男の手の中に、ただの『物質』として圧縮され……奪われたのです」


その言葉に、カエルムは息を呑み、全身の血の気が引いていくのを感じた。

世界を浄化する聖戦? 人間という穢れを払う大義?


そんなものは、最初から成り立っていなかったのだ。彼らが喧嘩を売ったのは、下等な人間などではない。星の法則すらも己の都合でねじ曲げ、大精霊を物理的にすり潰す「次元の違う怪物」だった。


「……全軍に、通達を……」

カエルムはガタガタと歯の根を鳴らしながら、絞り出すように命令を下した。


「北の国境を完全に封鎖しろ。多重結界を張り、エルフは二度と森の外へ出るな。……我々は、決して触れてはならない『神の逆鱗』に触れてしまったのだ……」


かつて王国を滅亡の淵に追いやったエルフの帝国は、この日を境に歴史の表舞台から完全に姿を消す。

彼らは深い森の奥で、北からいつ「あの農家」がやってくるかもしれないという永遠の恐怖に怯えながら、息を潜めて生きることになるのだった。



一方、その頃。

王国辺境、エーデル村。

「ふぁぁ……よく寝た。おはよう、ガイウスさん!」


チュンチュンと小鳥がさえずる爽やかな秋の朝。宿屋の裏庭で、リナが大きく伸びをしながら挨拶をしてきた。


「おはようございます、リナさん。今日は絶好の収穫日和ですね」

俺は首に新しいタオルを巻き、麦わら帽子を被って畑の前に立っていた。


昨夜、世界を滅ぼすほどの気象兵器の激突があったことなど嘘のように、空は高く澄み渡り、心地よい風が吹き抜けている。

「わぁっ! ガイウスさん、見て! キャベツもレタスも、すっごく大きくてツヤツヤだよ!」

畑に駆け寄ったリナが、歓声を上げた。


俺の張った防護結界と、深夜の徹底した「温度・湿度管理(という名の大精霊討伐)」のおかげで、野菜たちは異常気象のストレスを一切受けることなく、最高の状態で実を結んでいた。


「ええ。昨夜は少し『気温の変化』がありましたが、適切に対処しておいたので問題ありません」

俺が包丁でキャベツの根元をスパッと切り落とすと、みずみずしい緑の葉が朝日に輝き、サクッという極上の音が響いた。


「さっそく、朝食のサラダにしましょうか」

「うん! 私、洗ってくるね!」

リナが籠いっぱいの野菜を抱えて厨房へ走っていくのを見送り、俺は新しく増設した「冬用ビニールハウス」の骨組みの方へと歩いた。


そこには、人間に化けたヴェルダが腕を組んで呆れたように立っていた。

「……あんた、本当にやったのね」

ヴェルダの視線の先には、ハウスの支柱や土台に設置された「三つの自作魔導具」がある。


一つ目は、赤い輝きを放つ【炎精の宝玉】を組み込んだ『永久機関ヒーター』。

二つ目は、蒼い輝きを放つ【水精の宝玉】を組み込んだ『全自動・湿度調整散水機』。

三つ目は、土に埋められた【土精の宝玉】から微弱な魔力波を出して土壌の栄養価を保つ『地盤強化システム』。

「ええ。おかげで、今年の冬は快適に冬野菜が育てられそうです。大精霊たちの出力が強すぎるので、魔力抑制のフィルターを十重に重ねるのが少し手間でしたが」


「……四大精霊の三柱が、ただの便利グッズに……。エルフの連中が知ったら、泡吹いて気絶するわよ」

ヴェルダはやれやれと肩をすくめた。


「これで、残りの『風の精霊王』まで引っ張ってくれば、全自動の『換気扇』が完成するわね」

「おや、それは名案ですね。もしまた向こうからちょっかいを出してくるようなら、換気扇の部品として回収しに行くとしましょう」


俺が冗談めかして言うと、ヴェルダは「本気でやりかねないから怖いのよね」とため息をついた。

厨房から、グラントさんがベーコンを焼く香ばしい匂いが漂ってくる。


ジュゥゥゥという音と共に、胃袋を刺激する極上の香りが裏庭にまで届いた。

「ガイウスさーん! ヴェルダさーん! 朝ごはん、できたよー!」

リナの元気な声が広場に響く。


「行きましょうか、ヴェルダさん。採れたてのレタスの味見です」

「ええ。私の肉料理にも合うか、しっかりチェックさせてもらうわ」

俺は麦わら帽子を直し、足取り軽く宿屋へと向かった。


王都の危機も、精霊の怒りも、世界の存亡も。

すべては、この美味い朝食と、穏やかなスローライフの前に片付けられる些末な出来事に過ぎない。


農家ガイウスの平穏な日々は、今日もこうして完璧に守られているのだった。


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