第13話 証拠集め
翌朝、街道の入り口でバルトに手紙を託した。
「セルジオ騎士団長宛てか。……あんた、本当に何者なんだ?」
「少し、古い縁があるだけですよ」
「……まあいい。三日以内には必ず届けてやる。任せな」
バルトが馬を走らせ、土煙の中に消えていく。
投じられた賽が、どう転ぶかはセルジオ次第だ。
だが、その返答を待つまでの間、ルードマン商会の使者をどう繋ぎ止めるかが当面の課題だった。
俺はその足で、宿屋の食堂へと向かった。
そこでは、ドレクと名乗った男が、御者たちと冷めた顔で朝食を摂っていた。
俺が入っていくと、彼は不快そうに視線を上げた。
「……確認は終わったか。娘を引き渡す準備はできているんだろうな」
「いえ、まだです。あと数日、時間をいただきたい」
「一日と言ったはずだ。我々も暇ではない」 「書類に看過できない不審な点が見つかりました。法に則った正当な手続きを望むのであれば、精査する時間を与えるのが筋でしょう。それとも——」
俺は、ドレクの瞳の奥をじっと覗き込んだ。
「何か、急いで連れ去らねばならない事情でもあるのですか?」
沈黙が食堂を支配した。ドレクの額に、微かな汗が滲む。
「……疑うというのか。この俺が、偽りの証文を盾にしていると?」
「疑ってはいません。確認しているだけです。非の打ち所がない証文なら、三日や四日の精査で揺らぐことはないはずだ」
ドレクは鼻から荒い息を吐き、忌々しげにフォークを置いた。
「……三日だ。それ以上は一刻も待たん。三日経てば、問答無用で娘を連れていく」
「懸命な判断、感謝します」
俺は背を向け、食堂を出た。
廊下の影に、リナが立っていた。
拳を握りしめ、青白い顔で今のやり取りを聞いていたらしい。
「……三日、なんだね」
「その間に、すべてを片付けます」
「ガイウスさん」
リナが俺の袖を、すがるように小さく掴んだ。
「……もし、どうにもならなかったら。あの書類が、本物だったら……」
「本物ではありません。だから、大丈夫です」
「でも、もしも——」
「大丈夫だと言いました」
俺は、彼女の震える手を優しく解いた。
根拠はまだ、半分しかない。
だが、彼女に「もしも」の絶望を抱かせるわけにはいかなかった。
リナは何度も唇を噛み、やがて小さく「……信じる」とだけ呟いて、厨房へと消えていった。
二日目の夜。
返信を待つ俺の前に現れたのは、手紙ではなく——エリア本人だった。
方向音痴の彼女が、五枚もの地図を握りしめ、涙目で村の入り口に立っていた。
「……なぜ地図が五枚もあるのに、逆方向の隣村まで行っちゃうんですか」
「ま、地図が多すぎると、どれを信じればいいか分からなくなって……逆にな、七色に光る魔力が見えたから、それを目印に走ってきました!」
相変わらずの姿勢に溜息をつきつつ、俺は彼女を村長の家へ招き入れた。
エリアはすぐさま、使い込まれた鞄から分厚い羊皮紙の束を取り出した。
「調べました、ルードマン商会。表向きは中堅の貿易商ですが、裏の実態は最悪です。没落貴族や借金を抱えた平民に狙いを定め、『奉公』という名目で、王都の悪徳貴族や大商家に人手を売っている……」
「人身売買の仲介、か」
「はい。セルジオ団長も激怒して、今、騎士団が本格的な内偵に入っています。今日の夕方には、第二便として正式な告発文書が届くはずです」
エリアが眼鏡の縁を直し、真剣な眼差しを俺に向けた。
「それから……例の署名。王都で一番の筆跡鑑定士に見せました。結論は、『魔法的な偽造』です。カルロさんの筆跡を真似ていますが、ペンの運びの癖が、死亡時期より後の技術を使っているそうです」
「……上出来です、エリア」
「ガイウスさん」
エリアが、少しいたずらっぽく、それでいて探るように微笑んだ。
「あのリナさんって人、師匠にとって『大事な人』なんですね」
「……この村の大切な住人だ」
「うーん、それだけ?」
「それだけですよ」
エリアはしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて「ふーん……」と深く頷いた。
「ま、そういうことにしておきます。師匠がこんなに短期間で王都の伝手まで使うなんて、前代未聞ですからね」
三日目の昼。
セルジオからの第二便が届いた。
そこには、ルードマン商会のこれまでの余罪、被害者リスト、そして商会に対する「活動停止勧告書」まで添えられていた。
俺はこれら一式を抱え、ゴードンの家へと向かった。
すべてを読み終えた村長は、深いため息とともに、絞り出すような声で言った。
「……これほどまでの証拠を、三日で……。ガイウス殿、あんたには感謝の言葉もない」
「いえ、あとはこれを突きつけるだけです。リナさんを呼んで、安心させてやりましょう」
しかし、ゴードンの表情は晴れなかった。
「今朝、あの娘がここに来たんだ。『私が大人しく従えば、村もガイウスさんもこれ以上、商会に睨まれずに済むのか』とな……」
「……彼女は、なんと?」
「……行くと言っていた。ガイウス殿をこれ以上、面倒なことに巻き込みたくない。自分一人が犠牲になれば、エーデル村は今まで通り静かに暮らせるんだと。……あの娘は、一度決めたら梃子でも動かん」
俺は書類を掴み、家を飛び出した。
宿屋の厨房では、リナがいつも通り夕食の仕込みをしていた。
規則正しい包丁の音が、静かな厨房に響いている。
「リナさん」
「あ、ガイウスさん。夕飯? 今日はポトフだよ」 「……自ら商会に従うと言ったそうですね」
リナの背中が、ぴくりと跳ねた。
「村長、口が軽いなあ……。でもね、いいの。エリアさんまで呼び寄せちゃって、これ以上みんなに迷惑をかけるわけにはいかないもん。私さえ行けば、全部終わるでしょ?」
「……それは、俺が決めることです」
「でも!」
「手を止めてください」
低く、けれど拒絶を許さない声。
リナは驚いたように振り返った。
彼女の瞳には、すでに涙がたまっていた。
俺は、手元の書類をテーブルに叩きつけるように置いた。
「証拠は揃いました。署名は偽造、商会は犯罪組織です。明日、これを奴らに突きつければ、すべてが終わる。貴女がどこへ行く必要もありません」
リナは、信じられないというように書類をめくった。
「……三日で、本当に……?」
「エリアとセルジオが動いてくれました。彼らも、貴女のような人が踏みにじられるのを良しとしませんからね」
リナの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「……なんで、そこまでしてくれるの? ガイウスさんにとって、私はただの村人でしょ……?」
「……面倒なことを、早く終わらせたかっただけです」
「嘘。……大嘘だよ」
リナは泣き笑いのような顔で、必死に涙を拭った。
「面倒なことが嫌いなガイウスさんが、こんなに一生懸命動くわけないもん。……本当に、変な人」
「……否定はしません」
「……ありがとう、ガイウスさん」
「礼は明日、奴らを追い払ってからにしてください」
「うん」
リナは、少しだけ、いつもの眩しい笑顔を取り戻した。
「……夕飯、食べていくでしょ?」
「ええ、いただきます」
テーブルに座り、窓の外を眺める。
明日の朝、この村から「毒」を追い出す。
俺の静かなスローライフを、そしてこの少女の笑顔を守るために。
決戦の前の夜は、驚くほど穏やかに更けていった。




