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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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12/202

第12話 リナの過去

翌朝、市の片付けを手伝っていると、一人の行商人が近づいてきた。

昨日、俺のポーションを買い占めた行商人だ。


彼は周囲を一度、慎重に見渡してから声を潜めた。

「(少し、いいか?)」

「どうぞ」


「あの赤毛の娘……宿屋の看板娘だろ」

「リナさんのことですか?」

バルトは頷き、視線を地面に落とした。

「余計な世話かもしれんが、王都のほうで妙な噂が立っていてな。あの娘の父親……名はカルロと言ったか。元は南部の小貴族、ヴェイン家の出らしい」


ヴェイン家。聞き覚えのない名だ。

「十年ほど前に没落した家門だ。

当主が事業に失敗し、多額の借財を抱えたまま没したと聞いている。家族は夜逃げ同然に散り散りになったはずだが……」

バルトが宿屋の方をちらりと見た。


「その生き残りがこの村に潜んでいるという話が、最近になってルードマン商会あたりから漏れ聞こえてくる。噂が広まれば、ハイエナのような連中が動く。知っておいたほうがいいと思ってな」


「……忠告、感謝します」

「気にするな。あんたのポーション、来月も楽しみにしてるぜ」

バルトはそれだけ言い残すと、馬の腹を蹴って街道の先へと消えていった。

俺は広場に残されたまま、しばし思考を巡らせた。

リナが自分の父親について語りたがらない理由が、ようやく腑に落ちた気がした。


その日の夕方、酒場。

仕事終わりにエールを傾けていると、リナが隣の椅子に腰を下ろした。

「ガイウスさん、またポーション作るの?」

「明日からまた、籠もって補充作業ですね」


「ふふ、また作るんだ。相変わらずだね」

リナはいつものように笑っていたが、その指先は自分のコップを落ち着きなくなぞっている。


「……ガイウスさん」

「なんですか」

「…………ううん、なんでもない」

彼女は勢いよく立ち上がると、逃げるように奥へと引っ込んでしまった。

俺はその背中を見送りながら、小さく呟いた。 「《魔力感知》」


視界の端で、リナが纏う魔力の波長が細かく震えているのが見えた。

感情が高ぶっている証拠だ。

あんなに分かりやすく動揺しているリナを見るのは初めてだった。


俺は残りのエールを飲み干し、グラントに「ご馳走様」と告げて席を立った。


三日後。 朝、作業場で薬草を煎じていると、村の入り口から怒鳴り声が聞こえてきた。

直後、顔を青くしたリナが飛び込んでくる。

「ガイウスさん……来た、来たの」


村の入り口には、不釣り合いなほど立派な馬が三頭繋がれていた。

騎士ではない。

だが、質の良い外套を纏った男が二人と、不気味なほど無表情な御者が一人。

先頭に立つ四十代ほどの男は、冷徹な官僚のような目で村を見定めていた。


「ヴェイン家の隠し子がここにいると聞いた。赤毛の娘だ。どこにいる」

「どちら様ですか」

俺が前に出ると、男は不愉快そうに眉を寄せた。

「ルードマン商会の者だ。貴殿のような農夫に話すことはない」

リナの肩が小さく震える。

知っている名なのだろう。

「ここは俺の住む村です。用件なら俺が聞きましょう」

「……ふん。ヴェイン家は当商会に莫大な借財がある。当主は死んだが、その債務は血縁者に引き継がれる。我々はその回収に来ただけだ」

「金額は?」


男は鼻で笑い、傲慢に言い放った。

「金貨八百枚だ」

リナが息を呑む音がした。

金貨八百枚。この村の年収をすべて合わせても届かないような天文学的な数字だ。

「証文を見せていただけますか」

「なぜ貴殿に——」

「確認させてください。さもなければ、村長を呼び、公的な手続きを踏むことになりますが」


男は忌々しげに舌打ちをし、御者に書類を出させた。

手渡された羊皮紙を広げる。

びっしりと書かれた借財の内容、利息の計算、そしてヴェイン家の署名。

(……ほう)


俺は文書の「ある一点」に目を留めた。

そこには、元宮廷魔導師であった俺だからこそ気づける、極めて精巧な違和感があった。

利息の計算が法外なのはもちろん、署名の日付とインクの劣化具合が一致していない。


「……確認したいことがいくつかあります。今日のところは、村の宿に落ち着いていただけますか」

「今すぐ連れて帰るつもりだ」

「強引な連行は誘拐とみなされますよ。一日待ってください。その間に、こちらも支払いの算段を考えます」


「算段」という言葉に、男の目がぎらりと光った。

「……よかろう。一日だけだ。逃げようなどと考えぬことだな」


村長のゴードンの家で、俺は書類を広げた。 老人は眼鏡をかけ、額の皺を深くしてそれを読み耽った。


「……カルロの死後の日付で、署名がされている。これは、偽造か?」

「ええ。魔法的な処理で古く見せてはいますが、筆跡の魔力残滓が一致しません。カルロさんの生前の直筆があれば、照合できます」

「……あるはずだ。リナの母親に探させよう」


俺は書類を丁寧に畳み、懐に収めた。

「それと、ルードマン商会について調べます。王都の伝手を使いたい」


俺は立ち上がり、窓の外を見た。 夕闇が迫るエーデル村は、いつもと変わらず静かだ。

だが、その静寂のすぐ裏側で、汚い金と欲が渦巻いている。


「ガイウス殿」 ゴードンが重々しく口を開いた。

「お前さんが、そんなに冷たい目をするのを初めて見た。……無理はするなよ」

「無理はしません。ただ、平穏を乱されるのが嫌いなだけです」


嘘だ。

本当は、あんな顔をしたリナを、これ以上放っておきたくなかった。 それだけのことだ。


俺は作業場に戻り、一通の手紙を書き上げた。

宛先は、王都のセルジオ。

内容は——ルードマン商会の不法行為の調査、および、偽造文書の証拠提示。


「バルトさんは、明日の朝だったな」

窓の外では、虫の声が響いている。

スローライフというものは、時として戦わなければ守れないものらしい。

今夜の星空は、いつになく鋭く、冷たく光っていた。


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