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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第124話 精霊との戦い5

何書いてるんだろう‥


結界の底に広がるのは、ウンディーナの絶対零度の濁流をたっぷり吸い込んだ、広大な泥と特製軽石の層。


その泥沼の上空に浮かぶ俺は、結界の端で強張る炎の精霊イグニスに向けて、極めて事務的な「農作業の指示」を出した。


「さあ、イグニス。ウンディーナのおかげで土壌の水分は十分ですが、このままでは冷えすぎて冬野菜すら育ちません。この温室を、適度な温度まで暖めてもらいましょうか」

暖房器具ストーブの代わりになれ。

炎の大精霊に対する、あまりにも侮辱的で矮小化された宣告。


星の理を体現し、神話の時代から畏怖されてきたイグニスのプライドが、先程まで感じていた本能的な恐怖を完全に塗り潰し、限界突破の怒りへと変わった。


『……人間ノ、分際デェェェェッ!!』

イグニスの巨体が、爆発的に膨張した。

俺の『絶対真空領域』によって一度は鎮火しかけた炎が、奴の体内にある「超高純度精霊結晶エレメンタル・コア」の命を直接燃やすことで、かつてないほどの輝きを取り戻す。


赤色だった炎が、極限まで温度を上げることで青白く変色していく。

それは、すべてを灰にする炎ではなく、空間そのものをプラズマ化させて融解させる「星の破壊エネルギー」の奔流だった。


『……我ヲ暖炉ノ火ト抜カシタカ……! ナラバ望ミ通リ、貴様ノ肉モ骨モ魂モ、コノ閉鎖空間ゴト太陽ノ中心デ焼キ尽クシテヤル……ッ!!』


青白いプラズマの巨神となったイグニスが、両腕を大きく広げた。

結界内の温度が、凄まじい速度で上昇を開始する。マイナス数十度だった空気が一瞬で沸点を超え、数百、数千度へと跳ね上がっていく。


眼下の泥沼で身動きが取れなくなっていたウンディーナが、悲鳴のような思念を発した。

『……ヤ、ヤメロ、イグニス! ソノ熱量ヲコノ密閉空間デ放テバ、我ラモタダデハ済マナイ……ッ!』

『……黙レ! コノ屈辱、精霊ノ誇リニ懸ケテモソソガネバナラヌ! 共ニ星ノ塵トナレェェェッ!』

完全に理性を手放したイグニスから、極大の熱波が放射された。

王都の城壁ですら一秒で気化するほどの、絶対的な死の超高温。


「――っ、これは少し、火力が強すぎますね」

俺は漆黒のローブを翻し、上空へと高く舞い上がった。

いくら防護結界を張っていても、この超高密度の熱線をまともに浴びれば、俺の内包魔力といえど無傷では済まない。

だが、俺は逃げたわけではない。


農業において、冬場のビニールハウス内の温度を急激に上げるための「最高の暖房システム」を構築する、絶好の配置についたのだ。

「【対流循環サーマル・サーキュレーション】――からの、【飽和水蒸気強制発生スチーム・ジェネレート】」

俺が上空から魔力を放った先は、イグニス本人ではない。

イグニスの眼下に広がる、ウンディーナの水分を限界まで吸い込んだ「巨大な軽石と泥の層」だ。


イグニスの放った青白いプラズマの熱波が、俺の誘導に従って眼下の泥沼へと激突した。

その瞬間、俺の狙い通りの「物理現象」が、結界内という巨大な密室で爆発的に発生した。


超高温のプラズマが、水分をたっぷり含んだ土壌を焼いたことで、膨大な量の『水蒸気』が瞬時に発生したのだ。

それはただの湯気ではない。高圧のボイラー室で発生するような、超高温・超高圧のスチーム爆発である。


『……ナッ!? 視界ガ……!?』

真っ白な高圧水蒸気が、イグニスの巨体を包み込み、結界内を瞬く間に満たしていく。

水蒸気は、気体の中でも極めて「熱を伝えやすい(熱伝導率が高い)」性質を持っている。


イグニスの放った破壊的な熱エネルギーは、俺という一点に集中する前に、この膨大な水蒸気によって吸収され、結界全体へと「均等に」分散されてしまったのだ。


「素晴らしい。これぞ理想的な『蒸気暖房スチームヒーター』です」

俺は上空で、水蒸気の流れを魔術でコントロールしながら頷いた。

農業用ハウスにおいて、ただ熱風を送るだけでは植物は乾燥して枯れてしまう。

だが、蒸気を使って空間全体を暖めれば、適度な湿度を保ちながら、全体を均一な温度に保つことができる。


『……コ、ノ……! 小賢シイ真似ヲ……! 我ガ炎ハ、絶対ノ破壊……!』

イグニスが水蒸気の中で暴れ回り、さらに温度を上げようとプラズマを放射する。


だが、イグニスが熱を出せば出すほど、足元の泥沼から新たな水蒸気が発生し、熱は分散され、結界内の『湿度』と『温度』を均一に押し上げていくだけだ。

「さて、温まってきたのは良いですが、このままではサウナになってしまいます。植物にとって最適な発芽温度は、おおよそ摂氏二十度から二十五度。……少し、火力を絞りましょう」


俺は右手を前に突き出し、結界そのものに組み込んでいた術式を起動した。

「【強制気圧制御プレッシャー・コントロール】――『排気と循環』」

結界の天井部分に、目に見えない巨大な「換気扇」が形成された。

結界内の高圧になった熱気と水蒸気の一部を、結界の維持エネルギーとして外部へ排出しつつ、内部の空気を巨大な扇風機のように循環させる術式だ。


ゴオォォォォォッ!

結界内で、人工的な「風」が吹き荒れた。

イグニスの纏っていた青白いプラズマが、強烈な換気扇の風圧と、結界の自動温度調節機能サーモスタットによって、強制的にその熱を削ぎ落とされていく。


『……ガ……ァァ……!? 力ガ……我ガ熱ガ、抜ケテイク……!?』

星を焼くはずだったプラズマの輝きが、みるみるうちに赤色へ、そして夕焼けのような優しいオレンジ色へと「鎮火」させられていく。


「温度よし、湿度よし、風通しよし。完璧ですね。これなら、どんな繊細な種でも三日で芽を出しますよ」

俺は空中で腕を組み、眼下でオレンジ色の小さな火の玉のように縮こまってしまったイグニスを見下ろした。


もはや、破壊の巨神の面影はない。

結界内を適温に保つための、巨大で便利な「ボイラーの熱源」へと完全に成り下がっていた。


『……バカナ……我ガ、炎ノ精霊タル我ガ……コンナ、温室ノ火種ナドニ……』

イグニスの絶望の呟きが、結界内に虚しく響く。

ウンディーナの水分と、イグニスの熱。

二柱の相反する極大エネルギーは、互いに殺し合うように仕向けられた結果、俺の作り出した「完璧な温室環境」を維持するためのシステムの一部として完全に組み込まれてしまったのだ。


「文句を言わないでください。星を無差別に焼くより、命を育む手伝いをするほうが、よほど建設的でしょう?」

俺は冷ややかに言い放ち、これで二柱の無力化は完了したと確信した。


――だが、忘れてはならない。

この結界の中には、まだもう一柱、厄介な大精霊が残っていることを。

ズゴゴゴゴゴゴッ!!

突如として、俺の眼下に広がる広大な「軽石と泥の層」が、生き物のように大きく波打った。


『……調子ニ乗ルナ、人間……! 我ガ土壌ヲ、勝手ニ弄リ回スナァァァッ!』

泥の海の底深くから、先程俺に粉砕されたはずの土の精霊ノームが、無数の岩の触手を生やした異形の姿となって急浮上してきたのだ。


「……ほう。まだ元気がありましたか、ノーム」

『……イグニスモ、ウンディーナモ、我ガ大地ノ上ニ立ツ者ニ過ギヌ! 全テノ重力ハ我ニ在リ! 貴様ノ作ッテモラッタコノ「柔らかイ泥」、逆ニ利用シテヤルワ!』


ノームが咆哮を上げると、結界内の重力が「真横」や「斜め」といったデタラメな方向へと乱れ飛んだ。

そして、泥沼と化した地面から、水分をたっぷり含んで巨大化した何百本もの「泥の腕」が鞭のように立ち上がり、上空にいる俺を捕らえようと一斉に襲いかかってきた。


「……なるほど。泥遊びのお時間ですか」

俺は漆黒のローブをはためかせ、四方八方から迫る泥の腕を躱しながら、口元に薄く笑みを浮かべた。


水と熱の管理は終わった。

ならば次は、この暴れる土壌をしっかりと『固める』ための、根張りの作業だ。


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